9 当日 -1-
次の日の午後は、講堂でリハーサルがあった。衣装を着けて、本番と同じつもりでやる。ただし。
「早変わりはしなくていいからねー」
と、間島さんに言われた。
「あれは、本番のお楽しみだからね。あ、ガーターベルトも今日はしなくていいから」
それでいいのか? と思う。
「でも嵯峨野先生に、あれ使わないのって聞かれるよ?」
何しろ一緒に買いに行った。
すると、間島さんはにんまりと笑う。その笑い方が、何となく悪だくみをしている時のお姉ちゃんを思い出させて、忍は大変悪い予感がした。
「大丈夫。あれは使わないことにしました、って言うから。舞台には驚きがないとねー」
クライマックスのために、マジック同好会に入っているクラスメイト、山中さんが作っていた仕掛けも今日は使わないと言う。
「それじゃクライマックス、全然盛り上がらないじゃん」
というツッコミにも。
「いいのいいの。リハーサルはあくまで、舞台感覚の確認のためなんだから。一番おいしいところは取っておくんだよ」
間島さんは譲らない。
「ちょっと。間島。問題になるようなことしないでよね、私のせいになるんだから」
星野さんが心配そうに文句を言う。
「大丈夫だってば。いざとなったら私が代表して叱られるから、星野は安心していて」
間島さんは言うが。星野さんは浮かない顔だ。
リハーサルには驚くほどたくさんの先生方が見学に来て、忍は緊張した。
嵯峨野先生はもちろん、十津見先生や演劇部顧問の清原先生。百花祭実行委員顧問の吉住先生などを初め、かなりの数の先生が講堂に集まっていた。
校長先生や教頭先生、さらには理事長先生の姿まで見える。
「大丈夫だからね。忍は、とにかくお腹から声を出すことだけ考えるんだよ」
間島さんはそう、はげましてくれた。
その言葉に。とにかく、それだけでも頑張ろうと思えた。
たくさんの人が自分を見つめているのを舞台の上から見てしまうと、頭がクラクラするけれど。
十津見先生も見ているし、みんなも期待してくれている。みっともないところは見せられない。そう思って、精一杯演技をした。
リハーサルが終わって。
講堂の後ろの方まで行っていたひかりちゃんと都ちゃんが、腕で大きくマル印を作ってくれた。
「オッケー、大丈夫。セリフ、後ろの方でも聞こえたよ、忍」
そう聞いて、安心する。
「本番はお客さんがざわつくから、もうちょっと大きい声でもいいな」
間島さんには注文を出されたが。
もっと大きな声。そんなの出るのか、心配になる。
「良かった。だいたい好評よ。打ち合わせを聞いていて、もっと過激にするつもりかと思ったけれど、無難に抑えてくれたのね」
ホッとした様子で嵯峨野先生が感想を言ってくれた。
「ええ、まあ」
と答える間島さんの笑顔が黒く見えるのは気のせいなのか。
これで、明日は元々の計画通りに上演するとしたら。星野さんでなくても、先行きが心配になる。
「あの。大丈夫なのかな」
と、小声で言ってみると。
間島さんはニヤアと笑って、
「どうせ怒られるなら、一度はお客さんの前で上演しないとね」
と言い放った。
「ヤバい、間島確信犯だ」
ひかりちゃんが呟く。忍もそう思う。
「美空さんとお呼び」
間島さんは少女マンガのお嬢様っぽくポーズを付けて言う。
「ヤバいわ、美空さん確信犯だわ」
それにノッて、ひかりちゃんもお嬢様口調で言い直したので、爆笑になった。
教室に帰る途中で。十津見先生に声をかけられる。
「くだらない劇だな」
冷たい口調でそう言われる。他の人、とくに間島さんに聞かれるとバトルが勃発しそうなので。あわてて足を止めて、みんなには先に行ってもらう。
「君にはサロメ役は似合わないと思うが」
そうも言われた。ちょっと自信をなくす。
「下手ですか?」
「そういう問題じゃない。君には合わないと思うだけだ」
間島さんにはぴったりだと言われてるんだけどなあ、と忍は肩を落とす。
「例の件はどうなっている?」
先生は声を落とした。
「まだです。とりあえず、百花祭の方が先ですし」
忍も答える。
感覚は解放している。
恐れて、怖がって。縮こまっているのはやめた。
あの日、中庭でやったように。わだかまる黒いモノを恐れずに。
その存在を感じることはやっている。
ただ。こちらからその中枢に手を伸ばすことは、まだやっていない。
忍はそれほど器用じゃない。お芝居と、戦い。両方を同時進行することは出来ない。
「そうか」
先生は少しホッとしたように言った。
「とにかく、無理はするな。昨日も言ったが、やるのは私が一緒の時の方がいい。その時には声をかけなさい」
「はい」
忍はうなずいた。
心配してくれているのが、嬉しかった。




