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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
129/211

8 決意 -8-

 あの時もそうだった。屋上で、先生が話を聞いてくれた時。

 ママやお姉ちゃんだって、絶対信じてくれないだろう話を、先生が信じてくれた時。

 嬉しくて。安心して。忍は先生にすがって、泣いてしまった。


 学校説明会の時も。

 その後も、いつだって。

 誰も味方がいなくてひとりぼっちだと感じた時。

 先生が、味方してくれた。


 今も。先生がとても困っているのは分かるけれど。

 それでもしゃくりあげる忍の背中を、優しくなでてくれている。


 ああ。どうして、怖がっていたんだろう。

 やらなくてはいけないことは、初めから分かっていたのに。

 こうやって受け止めてくれる人がひとりいるだけで。

 怖いものなんて、何もないはずなのに。


「先生」

 忍は、先生の胸から顔を離す。涙でびしょびしょの顔が恥ずかしいが、ハンカチでぬぐって、先生を見上げる。

「お姉ちゃんが、殺されます」


 先生はすぐに、表情を引き締めた。

「それは例の、君のカンか?」

 忍はうなずく。

「確かなのか?」

「多分」

 先生は眉間にしわを寄せた。


「雪ノ下千草は、その」

 少し言いよどむ。

「同じなのか? 小林夏希や、大森穂乃花と」


「違います」

 それだけは、ハッキリと。忍は首を横に振る。

「お姉ちゃんは清浄です。ただ、お姉ちゃん……。小林さんのことで、何かを調べているみたいなんです」


 先生は軽蔑したように嗤った。

「好奇心が猫を殺すと言うヤツだな。お節介焼きをするからそういうことになる」

 それは否定できない、と忍も思う。あんなに、ダメだと言ったのに。


「すごく、嫌な感じの言葉を言っていました」

「何だ?」

 忍は声を潜めた。お姉ちゃんがやったのと、同じように。誰かに聞かれるのを恐れるように。聞こえるか聞こえないくらいの声で。

 そっと、囁く。

「フェアリー」


「フェアリー?」

 先生は怪訝な顔をした。

「子供じみているな。その言葉がどう関係している?」

「分かりません」

 忍は、そう言うしかなかった。


「まあいい。一応、参考として聞いておく」

 先生は肩をすくめた。

「他に何かあるか?」

「ありません。今は」


 先生は眼鏡越しに鋭い視線を忍に向ける。

「以前は、あまり乗り気でなかったようだが。心境が変わったか?」

 忍は黙ってうなずく。

「お姉ちゃんを、守りたいです」

「そうか」

 先生は。どうでも良さそうに言った。


 そう。それだけのこと。簡単なことだった。

 自分の大切なものを守る。

 あの黒いモノがお姉ちゃんや、忍の大切な人たちを傷付けるなら。

 出来る限りのことをして、それを止める。


「では、教えてもらおうか。君の言う腐臭のするとかいう生徒の名前を」

 忍は首を横に振った。先生が意外そうな顔をする。

「雪ノ下。どういうつもりだ」


「その人たちは枝葉に過ぎません。捕まえてもキリがありません」

 お祖母ちゃんは、何と言っていただろう。

 そう、確か。


 もし、いつか。忍が悪いモノと対峙しなくてはならない時が来たら。

 はびこる虫を一匹一匹潰しても、意味はない。

 それらの巣食う場所を見つけ、破壊し、祓わなければ。


「中心を見つけます。全ての元になっている人を」

 忍は言った。

「出来るのか?」

 先生が驚く。忍はうなずく。出来るはずだ。あの黒い気配を追っていけばいい。

「少し、時間はかかるかもしれませんが」


 先生は考えるように、あごに手をやった。

「分かった。だが、ひとりでやるのは危険だ。応援を手配する。とりあえず、明日と明後日は百花祭でごたごたしているだろう。やるならその後だな」

「分かりました」

 忍はうなずいた。お芝居の方もあるし、クラスのみんなに迷惑はかけたくない。


「くれぐれも、ひとりで動かないように。危険な相手だということを、忘れないよう」

 先生は、念を押すように言う。

「はい」

 もう一度、忍はうなずく。そして先生を見上げて、微笑む。

「先生が一緒なら、心強いです」


 先生は不機嫌に目をそらした。

「から騒ぎでないことを祈っている。早く教室に帰りなさい。ああ、だがそんな顔のままここから出て行かれても、体裁が悪いな。少し休んでいきなさい。お茶でも飲むかね」

 部屋の隅に置いてある電気ポットや、ティーバッグを身振りで示す。


「私が淹れます」

 忍は言った。

「うちでは、よくやるんです」

「では、お願いしよう」

 もう一度、涙を拭いて。忍は部屋の隅の水道に向かった。



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