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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
128/211

8 決意 -7-

「言っても信じない」

 お姉ちゃんは眉をひそめた。

「言ってもいないのに、決めつけることないでしょう」

「言わなくても分かる」

 ますます強くスカートを握る。後でアイロンをかけなくてはいけない。


「忍」

 お姉ちゃんはまっすぐに忍を見て言った。

「私、アンタを心配してる。困ったことになっているんじゃないかと思ってる。もしそうなら、絶対に助けるから。だから、話して」


 忍は泣きたくなった。

 お姉ちゃんは分かっていない。困ったことになるのはお姉ちゃんで。それを助けたいのが忍だ。

 なのに、どうして。気持ちはこんなに、伝わらないんだろう。

 どうして自分は。他の人に理解してもらえる言葉を持っていないんだろう。


「私は大丈夫」

 忍は、スカートの皺を見つめたまま言った。

「お姉ちゃんの方が危ない」


「私?」

 お姉ちゃんは目を丸くする。

「私は大丈夫よ。関係ないもの」

 何を言っているんだ、と言うように、笑う。その鈍感さが、気に障った。


 一瞬、頭の中でひらめいた。あの赤い世界の中で、白い顔をして倒れているお姉ちゃんのイメージを思い出すだけで。忍は恐ろしくて、気が遠くなりそうなのに。お姉ちゃんは自分のことに、無頓着すぎる。


「危ないのはお姉ちゃんよ。だから、気を付けて」

 それ以上、顔を見ていられなくて。忍は、立ち上がる。

「あ。待ちなさい、忍」

 お姉ちゃんの声が。後ろから、追いかけてくる。


 一度だけ、忍は振り向いた。

「大丈夫。私の話を聞いてくれる人、ちゃんといるから。だから、お姉ちゃんは自分を大事にして」


 ママのこと、教えてくれてありがとう。

 そう付け加えて。忍はお姉ちゃんを置いて、ロビーを出た。お姉ちゃんが追ってくる前に、廊下を走り出す。


 問い詰められたら、困る。

 いつまで話しても、忍はお姉ちゃんを納得させられるような話は出来ない。

 それなのに、お姉ちゃんは追ってくる。自分の後ろから、足音が聞こえる。

 忍は。ただひたすら逃げる。


 走っているうちに。いくつも並ぶ、扉の一つががらりと開いた。

「廊下を走るのは禁止だ。堂々と校則を破っているのは、誰だ?」

 厳しい声で言う人と、目が合う。


 その顔を見た途端。忍は、思い切り、先生に抱きついていた。

「ど、どうした」

 十津見先生の慌てた声。

「雪ノ下忍。何かあったのか。教室に戻って、縫物をしているはずではないのか」


 後ろから、お姉ちゃんの足音が。だんだん近付いてくる。


「とにかく、中へ入りなさい」

 先生は忍を引っ張って部屋に入れ、扉を閉めた。そこは地学研究室だった。傍まで来ていたのに、ちっとも気付いていなかった。


 廊下の足音が止まる。忍の姿を見失って、お姉ちゃんは困っているようだ。

 先生は忍に黙っているように合図し、扉を開けた。

 しばらくの間、先生とお姉ちゃんが言い合う声が廊下に響いていた。やがて、お姉ちゃんの足音が遠ざかる。


 先生は戻って来て、扉をぴしゃりと閉めると。忍の顔を見て、たずねた。

「姉妹ゲンカか?」

 忍は黙って首を横に振った。


 そんなものじゃない。

 ただ、忍がお姉ちゃんの期待に応えられないダメな妹である、それだけだ。


「だったらどうして、そんな顔をしている」

 先生がため息をついて、かがみこむ。忍の顔を覗き込む。

「子供じゃないのだから、めそめそするのはやめなさい」

 言いながら、ポケットを探している。ハンカチを探しているのかもしれない、と思った。

 

 そんな仕草を見ていると。忍は、涙が止まらなくなってしまった。

 もう一度、先生にしがみつく。

「雪ノ下。やめなさい」

 先生は困ったようだったが。無理に忍を引き離すことはしなかった。

 その胸の中で、忍は思い切り泣いた。



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