8 決意 -5-
学校に戻って、先生方と別れて。生徒用の昇降口で靴を履きかえる。と。
「お姉ちゃん」
掲示板の前に、お姉ちゃんが立っていた。忍と目が合うと、軽く片手を挙げる。
「忍。今、ちょっといいかしら」
小声で言う。挨拶以外のことを話すのは、廊下での私語禁止に当たるからだ。
「どうしたの?」
忍も小声で答える。
「うん、ちょっとね」
お姉ちゃんの答えは歯切れが悪い。
「千草お姉さま、ごきげんよう」
「忍さん、先に行ってるね」
気を遣ってくれたのか、間島さんと都ちゃんはそう声をかけて先に行ってしまった。忍はお姉ちゃんと、二人で残される。
お姉ちゃんは一緒に生徒用ロビーで話そう、と言った。
この前、ここで話した時は姉妹ゲンカみたいになってしまったので、ちょっと気まずい。
でも、お姉ちゃんは怒ってはいないみたいだった。
「昨日、ママからメール来てたでしょう?」
そう聞かれた。
「え。ああ、うん」
来ていた。だいぶ心配している様子のメールが。
うなずくと、
「返信した?」
とまた聞かれる。
「うん。事件のこと、心配してるみたいだから、学校も考えてるみたいだから大丈夫だよって」
それを聞いて、お姉ちゃんは「あー、ふーん」と、ため息をつく。
「私の方に電話が来た」
そう言う。
「アンタの校則違反のこと、だいぶ心配してた。全部、くだらないちょっとした校則に引っかかっただけだ、って説明しておいたけど」
忍は赤くなった。校則違反をすると、家にも連絡が行くのだ。それに、違反者の名前は昇降口に掲示されるから、当然お姉ちゃんも知っている。そう思うと、凄く恥ずかしく。
「ありがとう、お姉ちゃん」
お礼を言う声も、小さくなってしまった。
お姉ちゃんはもう一度ため息をついた。
「アンタも、気を付けなさいね。先に言っておくけど、ママがまた、転校のこと言ってた」
ドキッとする。
やっぱり、ママは今も忍を家に帰したいと思っているのか。
百花園から引き離して、あの家へ。彩名や、その仲間たちが近くに住むあの場所へ、連れ戻そうとしているのか。
やっと、居場所が出来そうなのに。
ひかりちゃんやクラスのみんなや十津見先生。ここにいられれば忍は息がつけるのに、そこから引き離されてしまうのか。
黙り込んだ忍に。
「転校したくないんでしょ?」
とお姉ちゃんが聞く。忍は黙って、首を縦に振った。
「百花園は好き?」
また聞かれる。それにも、忍はうなずいた。
「友達も出来たし。先生も、優しい」
肩に載せられた、十津見先生の大きな手の感触を思い出す。先生がいてくれるだけで。忍はここで頑張れる。そう思える。
お姉ちゃんはしばらく忍を見て。それから、言った。
「ねえ。星野志穂さんのグループと、うまくいっていないんでしょう?」
心臓が止まるかと思った。どうして、お姉ちゃんがそのことを。
「階段から突き落とされたって聞いたわよ。ケガをしないで済んだのは運が良かったけど、ちょっと間違ったら大変なことになっていたわ」
それも。あの時、あそこにいた者しか、知らないことのはずなのに。
忍は顔を上げる。
お姉ちゃんはまっすぐに忍を見ていた。黒くて丸い瞳。力強いまなざし。
お姉ちゃんは正しい。正しくて、強い。
でも。その正しさは、とても厳しい。
「忍。アンタ、本当に大丈夫なの」
まっすぐなその人は。まっすぐに、忍に斬りつける。
「小林夏希さんについて、いったい何を知っていたの」
と。そう、お姉ちゃんは言った。