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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
125/211

8 決意 -4-

 手芸屋さんでレースを見る。一番使うのは、細かい網状の黒いレースなのだけれど。同じレースで白も使うし、裾や袖口処理のバイアステープ、飾りに使うレースも別に買う。

 チュール、オーガンジー、スカラップ。種類があり過ぎて迷ってしまう。

「これもいいなあ。これも」

 都ちゃんは次々に、レースを忍に当ててみる。

「うわ、どうしよう。すごい迷う」

「早くしなさい」

 十津見先生がものすごくイライラした様子で言った。女性のお客さんが多い手芸専門店の中で、先生の存在はちょっと浮いている。


「はーい」

 間島さんが返事をする。

「中山さ。やっぱり、舞台映えを考えると幅広の、派手なヤツじゃない?」

「そうねえ。そうすると、チュールかな。使いやすさで言うとトーションかなあ」

 首をひねる都ちゃん。


 結局、間島さんと都ちゃんで十五分に渡り議論して、衣装の胸元隠しに使う白のレース、袖口と裾飾りに使う黒のレース、髪を飾るリボン用のレースが購入された。

「うわ、結構買ったね」

 間島さんが呟く。

「黒レースと白レースが量、あるからね。戻ったら急いで縫製しなくちゃ」

 都ちゃんはもう、作業のことを考えている。


「君たちのおしゃべりは放っておくと際限がないな」

 十津見先生は不機嫌な様子で言う。

「みっともない。学校の外であまり恥をさらさないでもらいたい」


「先生、お付き合いいただいてありがとうございました」

 嵯峨野先生がつんとした口調で言った。まだ怒っているようだ。

「これでお帰りになるんですか?」

 聞かれて、十津見先生は首を横に振った。

「いえ。まだ学校に仕事が残っていますので」


 その瞬間のことを。間島さんは後にこう評した。

『嵯峨ちゃんのあんな顔は、あの時以外見たことないよね』


「そ、そうですか。それは、お忙しいところ、わざわざ来ていただいてありがとうございました」

「いいえ。この劇は、時節をわきまえぬ大胆な企画ですからね。風紀担当としても気になりますので」

 十津見先生は冷たい口調で答える。


 嵯峨野先生は、忍たちの方に向き直って、みんなの背中を押した。

「さ、みんな! 帰るわよ。まだやること、いっぱい残ってるんでしょ?」

 何だか、追い立てられているような気がした。


 帰り道は五人になった。忍たち生徒が先に歩き、先生たちが後からついて来る。

 三人でしゃべっていると、十津見先生から静かにするよう注意を受けるのだが。いったんは静まっても、すぐにまたくすくす笑いや小声でのおしゃべりが始まる。女の子同士集まると、それは仕方のないことだろう。

 後ろの先生方は、あまり話がはずんでいないようだが。


 商店街を抜け、お寺の角を曲がると百花園に向かう坂になる。右側は墓地、左側は急な斜面で、住宅地の屋根が見える。

「先生、ここなら発声練習してもいいですか?」

 間島さんが、後ろを振り返って聞いた。


「やめなさい。みっともない」

 と言う十津見先生の声と。

「そうね。少しくらいならいいんじゃない」

 と言う嵯峨野先生の声がかぶった。


 しばし落ちる緊張感。

 それから。

「だ、そうだ。君たちの担任は嵯峨野先生だからな。先生のおっしゃることに従いなさい」

 十津見先生がそう、肩をすくめて言った。


 眼鏡の奥の目が嵯峨野先生に向かい、

「近隣からの苦情があったらよろしく処理していただきたい」

 と冷たく言う。

 嵯峨野先生はまた表情を硬くして、

「分かってます」

 と答えた。


「じゃ、忍。私の後について言ってね」

 間島さんが早速言うと。

「言葉遣い」

 すぐに十津見先生に注意を受けた。

「では、忍さん。私の後について言ってくださいね」

 すかさず言い直す間島さん。演劇部所属のせいだろうか、切り替えが流暢だと思う。


「あめんぼ赤いな、あいうえお」

 昔の詩人の書いた詩を、大声で言いながら坂を上がる。

「ちょっ、間島……じゃない。間島さん、これキツい……キツいですわ。キツくてよ」

 付き合ってくれた都ちゃんが、おかしな百花園しゃべりで音を上げる。

「だからこそ練習になるんですよ、都さん。頑張って、忍さん」

 間島さんは百花園しゃべり、うまいなあ。そして、あんまり息を切らしてないなあ。

 無駄口を叩く余裕がない忍は、そう心で思うだけだ。


 それでも坂を上りきる頃には、三人とも息を切らし、顔を赤くしていた。

「よろしくてよ……忍さん……ずいぶん、声が出るようになって来ましたわね」

 さすがの間島さんも、昔の少女マンガみたいなしゃべり方になって来た。

「うん。じゃなくて、ええ本当に。忍さん、大きな声出るんじゃない。じゃなくて出るんですね」

 都ちゃんは相変わらず、訂正が多い。


「ありがとう」

 忍はいっそう赤くなって、そうお礼を言った。



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