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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
124/211

8 決意 -3-

 と、別の店員さんが近付いてきた。

「あのう。外にいる方、ご一緒のお客様ですか」

 言いにくそうにたずねてくる。


「私たちだけですけど」

 嵯峨野先生が怪訝そうに言う。

「そうですか、いえあの」

 店員さんがチラッと外を見る。つられて、忍たちもそちらを見た。

「中を見ていらっしゃるお客様がいたので、ご用ですかとお尋ねしたら、皆さまのお連れ様ということでしたので」


 と。件の人物がまた店の中をのぞいた。黒いスーツの、背の高い人影は忍と目が合うと、慌てたように引っ込んだ。

「今の」

「十津見先生?」

 間島さんと都ちゃんが顔を見合わせる。


「同僚です」

 嵯峨野先生が立ち上がった。

「大丈夫です、不審者ではありません。みんな、もうそれで決まったのよね? 先生、十津見先生と話して来るから、お会計してからいらっしゃい」

 そう言って。先に店の外に出て行った。


 商品を受け取って店を出ると、少し離れたところで嵯峨野先生と十津見先生が向かい合って立っているのが見えた。

「君たち。店の外まで聞こえるような声で騒ぎ立てるな。大変みっともない。そのせいで店をのぞきこんでいた人間が何人もいたぞ」

 十津見先生はいきなり、とても厳しい声でそう言った。

「そういう態度が学校の品位を下げ、不審者をうろつかせることになる。気を付けなさい。特に間島美空。君の態度は大変軽率だ」


「その点は、私の監督不行き届きでした」

 嵯峨野先生が苦い顔で言う。

「申し訳ありません。女性用下着店でしたので、私もつい甘くしてしまいました」


「間島美空。また、おかしなものを雪ノ下に買わせたわけではないだろうな?」

 十津見先生はギロリと間島さんをにらむ。

「雪ノ下、見せなさい。この前のこともある、変なものを買っていないかどうか確認する」

 手を伸ばすのを見て、嵯峨野先生が咳払いした。

「先生。下着店で買ったものですし。道端で見せるようなものではありませんし、そもそも男性に見せるようなものでもないです」


 十津見先生は唇の端を上げて嗤った。

「外出許可申請書には、舞台衣装の購入とありましたが。不特定多数の人に見せるものではないのですか」

 それから忍を睨み、

「私に見せられないようなものを身に着けて、舞台に上がる気なのか、雪ノ下」

 低い声で訊ねる。


「ええと、あの」

 忍は困った。見せるものと言えば見せるものなのだが。見せられないと言えば見せられない。やはり、堂々と見せるものではない気がするというか。


「先生」

 嵯峨野先生がもう一度言った。結構、イラッとしているようだ。

「その辺りは、私が気を付けていますから。お信じいただけませんか」

「失礼ですが、嵯峨野先生に限らず、百花園の女性の先生方はあの環境で少々感性が麻痺していらっしゃるようにお見受けするので」

 十津見先生は厭味っぽく言った。

「女性同士のなれ合いというのは、見ていて気持ちのいいものではないですな。確認させていただこう」


「あの!」

 ついに嵯峨野先生が、かなり厳しい声で言った。

「明日のリハーサルでは、衣装を着けて演技しますから。その時にご確認ください」

 十津見先生は嵯峨野先生の顔を見て。ふん、と莫迦にしたように鼻を鳴らしてから、

「では、そういうことにしましょう」

 と引き下がった。

「嵯峨野先生がしっかり監督なさっているでしょうからな」

 しかしその言い方が、何となく逆の意味に聞こえるものだったので。嵯峨野先生の顔色が、忍たちにも分かるほど白くなった。


「私たちはまだ買い物が残っていますので」

 嵯峨野先生は必死で感情をこらえているような言い方で。

「十津見先生はもうお帰り下さい。おつかれさまでした」

 ぴょこりと頭を下げる。だが、十津見先生は礼を返さなかった。


「いや、同行させていただきます。彼女たちにはしっかりした監督が必要そうだ」

 それから間島さんをジロリと見て。

「間島美空。次は何を買うんだ?」

 とたずねた。


「え、ええと、手芸店でレースをいろいろ」

「そうか。三階にあったな。では行こう」

 うなずくと、そう言って歩き出してしまった。


 嵯峨野先生を含め、全員が顔を見合わせた。けれど、十津見先生が一緒に来るのはもう、決定事項のようだ。嵯峨野先生はため息をつき。

「じゃあ、みんな。行きましょうか」

 と言った。



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