7 秋の四辺形 -5-
「ふざけるな」
先生は口許をふいて、お兄さんに向き直る。すごく怒った顔をしている。
「そんなことではない。彼女にはただ、学校の仕事を手伝ってくれた礼をしているだけだ。それと、君のようないかがわしい男に生徒は紹介できない。分かったら、さっさと厨房に戻って鍋でも洗っていろ」
まっすぐにカウンターの奥を指さす。
お兄さんは笑った。
「冗談だよー、本気にしなくても。教育委員会に電話なんかしないから大丈夫。大先生が来たらしゃべるけど」
笑いながら行ってしまう。先生はすごく不機嫌な仕草でお味噌汁に口をつけた。
そのまましばらく黙って食事をしてから、
「念のために言っておくが」
と、ぶっきらぼうな口調で言う。
「そんなことではないから、誤解しないよう。仕事を手伝ってもらったのだから、当然のことだ」
そうして、またご飯を食べ始める。
「わ、分かってます。大丈夫です」
忍は大慌てでうなずく。
もちろん、からかわれたと分かっている。先生は先生で、大人なんだし、そんなことがあるわけはない。
先生は黙ってうなずいて、また二人でひたすら食事を食べた。
美味しかったような気はするけれど、お兄さんの冗談のせいで緊張してしまって、しっかり味わえなかった。
食事の後で、お兄さんは忍の分だけケーキもサービスしてくれた。何だか先生に申し訳ない気がしたが、『食べなさい』と言われたので素直にいただいた。美味しかった。
店を出ると、もう八時をだいぶ回っていた。
車を運転する先生の横顔を、忍はまた、そっと盗み見る。二度とないだろうこんな幸運を大事にしたくて。黙って、先生をチラチラと見ながら、ただ座っている。
車が学校の門をくぐる。裏門はカードキーで自動開閉することになっているのだと、初めて知った。
駐車場から寮まで、先生は付き添ってくれた。
「大丈夫です」
と言ったけれど、
「今は物騒だ。そういうわけにはいかない」
と先生が言ってくれて。厚意に甘えた。
寮の建物のすぐ前で。
「ありがとうございました。ごちそうさまでした」
と、頭を下げる。
「こちらも助かった。だが、食事のことは他の生徒には言わないように」
無表情なままの先生の顔が、少し赤くなったような気がした。
「何人もの生徒にたかられても困る」
忍はうなずいた。
「それから」
先生は振り返ろうとして、思い返したように言った。
「あー、あの衣装だが。その、あまり過激なものはやはりふさわしくないと思う」
「はい」
忍も赤くなって、うなずいた。
「それじゃあ。私はまだ仕事があるから」
先生は校舎の方へ去っていく。
もう一度、
「ありがとうございました」
と頭を下げて。忍はしばらく、その後ろ姿を見送っていた。
寮へ戻ると、ひかりちゃんが。
「大変だったね。ご飯食べられた?」
と、心配してくれた。
今日の幸運を話したい。そんな気持ちでいっぱいになる。
でも。先生と約束したから、言えない。
「大丈夫。ずっと先生と一緒で、楽しかったよ」
とだけ言って。
跳ね回っている心臓を抑え込むように、置いてあったクッションを持ち上げて、ギュッと抱きしめた。