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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
121/211

7 秋の四辺形 -5-

「ふざけるな」

 先生は口許をふいて、お兄さんに向き直る。すごく怒った顔をしている。

「そんなことではない。彼女にはただ、学校の仕事を手伝ってくれた礼をしているだけだ。それと、君のようないかがわしい男に生徒は紹介できない。分かったら、さっさと厨房に戻って鍋でも洗っていろ」

 まっすぐにカウンターの奥を指さす。


 お兄さんは笑った。

「冗談だよー、本気にしなくても。教育委員会に電話なんかしないから大丈夫。大先生が来たらしゃべるけど」

 笑いながら行ってしまう。先生はすごく不機嫌な仕草でお味噌汁に口をつけた。


 そのまましばらく黙って食事をしてから、

「念のために言っておくが」

 と、ぶっきらぼうな口調で言う。

「そんなことではないから、誤解しないよう。仕事を手伝ってもらったのだから、当然のことだ」

 そうして、またご飯を食べ始める。


「わ、分かってます。大丈夫です」

 忍は大慌てでうなずく。

 もちろん、からかわれたと分かっている。先生は先生で、大人なんだし、そんなことがあるわけはない。

 先生は黙ってうなずいて、また二人でひたすら食事を食べた。

 美味しかったような気はするけれど、お兄さんの冗談のせいで緊張してしまって、しっかり味わえなかった。


 食事の後で、お兄さんは忍の分だけケーキもサービスしてくれた。何だか先生に申し訳ない気がしたが、『食べなさい』と言われたので素直にいただいた。美味しかった。



 店を出ると、もう八時をだいぶ回っていた。

 車を運転する先生の横顔を、忍はまた、そっと盗み見る。二度とないだろうこんな幸運を大事にしたくて。黙って、先生をチラチラと見ながら、ただ座っている。

 車が学校の門をくぐる。裏門はカードキーで自動開閉することになっているのだと、初めて知った。


 駐車場から寮まで、先生は付き添ってくれた。

「大丈夫です」

 と言ったけれど、

「今は物騒だ。そういうわけにはいかない」

 と先生が言ってくれて。厚意に甘えた。


 寮の建物のすぐ前で。

「ありがとうございました。ごちそうさまでした」

 と、頭を下げる。

「こちらも助かった。だが、食事のことは他の生徒には言わないように」

 無表情なままの先生の顔が、少し赤くなったような気がした。

「何人もの生徒にたかられても困る」

 忍はうなずいた。


「それから」

 先生は振り返ろうとして、思い返したように言った。

「あー、あの衣装だが。その、あまり過激なものはやはりふさわしくないと思う」

「はい」

 忍も赤くなって、うなずいた。


「それじゃあ。私はまだ仕事があるから」

 先生は校舎の方へ去っていく。

 もう一度、

「ありがとうございました」

 と頭を下げて。忍はしばらく、その後ろ姿を見送っていた。



 寮へ戻ると、ひかりちゃんが。

「大変だったね。ご飯食べられた?」

 と、心配してくれた。


 今日の幸運を話したい。そんな気持ちでいっぱいになる。

 でも。先生と約束したから、言えない。


「大丈夫。ずっと先生と一緒で、楽しかったよ」

 とだけ言って。

 跳ね回っている心臓を抑え込むように、置いてあったクッションを持ち上げて、ギュッと抱きしめた。


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