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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
12/211

3 隠れ棲む妖精 -1-

 持ち物検査はたいそうな不評を巻き起こした。

 全員が食堂に集められ、全ての部屋の検査が終わるまで三時間半。その間、生徒たちは何の情報も与えられず、ただ座って待つのみ。そして、検査で没収された私物は大量にわたり、それも紛糾の元となった。

 

 アロマオイル、お香、ハーブティーなど茶葉類。コロンや化粧品類は全て没収。

 化粧品はまあ、元々持ち込み禁止なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。今までは、こんな風に検査されることも没収されることもなかったから、みんなが文句を言う気持ちも、分からなくはない。

 

 他にも、届出されていない薬品類も没収。

 アクセサリー類も元々持ち込み禁止のため、没収。

 過激な表現のあるマンガ類、没収。


 薬物疑惑に加え、本来の校則に基づく持ち込み禁止品の摘発も加わって、被害は甚大なものとなった。

「百花園のレベルも落ちたものだな」

 という十津見の嘲笑が聞こえてくるようで(そして遠からず現実に聞かされる)頭が痛くなる。


 もちろん、寮生たちは反発。それをなだめるのは、寮長(私)と寮母さんの役目。

 小林夏希の薬物使用疑惑については、学校から発表があるまで口外しないよう厳しく言われているので、こちらは有効な反撃がしにくいし、本当に大変だった。


 それでも何とかおさめて、自室に戻ろうとすると、撫子が廊下で待っているし。

「千草さん。驚いたでしょ?」

 なんて、知らない人が見れば無邪気なお嬢様としか見えない顔で笑っている。腹黒女……。

「でも、持ち物検査は意外だったわ。何があったのかしら。寮長会議って、何だったの?」

 情報下さい、と顔に書いてある。


 誰が。

 小林夏希の殺害事件、知ってて黙ってたくせに。なぜにそんな女に何か教えてあげねばならんのですか。


「何も存じません。詳しくは明日、学校側から説明があるはずです。それをお待ちください。では、ご自分の部屋にお戻りくださいね、撫子さん」

 大勢の寮生に言ったのと同じ説明をつっけんどんに繰り返して、目の前でドアを閉めてやった。ざまあみろ、仕返しだ。


 部屋に入って、自分の荷物を確認する。

 もちろん、模範的な百花園生を自認する私は、あからさまに寮則に違反するようなものは持ち込んでいないが。

 アロマオイルだの、父方の祖母が作ってくれた香り袋だの。その辺りは軒並み、没収の憂き目にあっている。


 一番痛いのは、お気に入りのハーブティーコレクションを根こそぎやられたことだ。就寝前にあの中から適当にブレンドして飲むのが、私の癒しタイムだというのに。やってくれたな、十津見。

 いや、悪いのは薬物なんかに手を出していた小林とかいう一年生なんだけど。しかし、なぜか怒りは十津見に向かう。これも人徳と言えよう。


「うっわー。お菓子全部取られた」

 小百合がぶつぶつ言っている。さっき私のあげたお菓子をむさぼり食っていたのに。まだ食べるものを隠していたのか。何でコイツが太らないのか、神の御心が分からん。


 私は不愉快な気分のまま二段ベッドの上段に寝転がり、スマホでニュースを検索した。目当ての記事はすぐに見つかる。

「名門校の女子中学生が刺殺される」

「白昼の悲劇・混雑の中、目撃者少なく」

 などの見出しが躍る。

 

 事件は、一昨日の午後三時過ぎ。都心に近い繁華街で起きた。

 その場所では、ちょうどテレビのレポート番組の撮影が行われており。撮影の模様を見ようと立ち止まる人で、ごった返していた。


 そして、撮影も終わり、人がひき出した頃。

 一軒の店の前で壁に寄りかかり、座り込んでいる女の子を見つけ、その店の店主が肩を揺すり、声をかけた。

 すると、その女の子はぐったりと崩れ落ち。

 店の壁には、赤黒い血がべったりとついていた、という。



 私は鼻の頭にしわを寄せる。

 イヤなニュースだ。

 検索をしていくと、血の付いた壁を撮影した写真もいくつも見つかった。中には、倒れている女の子の体が写っている写真も。

 百花園の制服を着ていた。シニヨンにした髪を束ねたリボンの青い色が、鮮やかだった。

 

 現場は混雑していたのに。目撃情報は少ないという。

 無理もないかもしれない。みんな、レポーターを務める芸能人ばかり見ていたのだろう。そうでなければ、自分の前に立つ人の背中だ。混雑している時って、そんなものだ。自分のすぐ目の前の人のことしか、見えはしない。


 それでも、百花園の制服を着た女の子を見たという人は何人かいるようで。でもそれも、「ひとりで歩いていたように思う」とか。有効な目撃情報はないようだ。

 まあ、あれば警察がとっくに手配しているんだろう。


 背中を鋭利な刃物で突き刺されていた、と書いてある。

 痛かったんだろうか。痛かったんだろうな。

 私は。その瞬間に思いを馳せてみる。

 すぐに、やめた。分かるはずもない。自分が刺されたのではないのだから。


 それでも。

 私たちの姉妹を刺したソイツにたいする怒りはわいた。

 

 私たち、百花園生はみんな「姉妹」だ。

 他の学校なら、上級生とか下級生とか、先輩とか後輩とかOGとかいうところを、うちの学校では「姉妹」と呼ぶ。先に入学した者はみな、「お姉さま」。後から入学した者は、「妹」だ。そういう意味では、殺された子も私の「妹」たちの一人だ。

 話したこともないし、顔も、見たことはないけれど。同じ学校で学んでいた「妹」に、刃を振り下ろして無惨に殺したヤツ。ソイツを、許せないと思った。


 それにしても。

 私の表情は曇る。ニュースに載っている、事件の起きた場所。その街の名前。写真に写った街並み。それは。

 私が克己さんに初めて会った場所から、通りひとつ隔てただけのところ。日にちも場所も。正にあの日、あの時間に重なる。

 では。あの時の、パトカーのサイレンは。救急車は。


 そして。

 あの時は気にしなかった言葉が、気味悪く耳によみがえる。


<しまった! 君じゃなかったのか!>

 叫んだ声。

 そして。

<どちらにしても、もう間に合わない>

 と言った。沈んだ声音。


 あの時。

 克己さんは、いったい誰を探していたのか。

 私を、誰と間違えたのか。

 そして、それは。何のために。


 今まで気にしていなかったことが。

 黒く、胸にわだかまった。


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