7 秋の四辺形 -3-
並んで郵便局を出る。間に合ってよかった。そう思って、緊張が解けた。
見上げると、夜空に星が見えた。郵便局の裏は神社とお寺になっていて、照明が少ないので星がよく見える。
「秋の四辺形が分かるか?」
空を見ている忍に、先生がそう声をかけた。
「ペガサスの四辺形だ」
十津見先生は理科の先生だから、テストをされている気分でまた緊張する。忍は一所懸命空を探したが、それらしい形をなかなか見つけられない。
「分からないのか」
先生は不機嫌に言う。
「カシオペア座は分かるだろうな?」
忍はうなずいた。それなら分かる。北の空のW型の星を探す。
「北極星は分かるか」
駐車場に向かいながら、次々に質問される。何とかそれらしい星を指さすと、先生がうなずく。
「白鳥座がまだ見えているが、見付けられるか?」
西の方に見える、明るく輝く星をいただく十字型を指さした。先生はもう一度うなずいた。
「カシオペアとデネブから、天頂方向に直線を伸ばして見ろ。それが交わる辺りにある星で四角形を作る。そんなに大きくない。ひとつは暗い星だから、分かりにくいかもしれないが」
車の前で立ち止まり、並んで星を見上げた。
先生の左手が忍の肩を抱いて。自分の前に立たせる。
「ほら。分かるか、あそこだ」
長い指が。空を指さす。
その先に。輝く小さな四角形を発見した気がして、忍の胸は躍る。
「あ。あれですか、先生」
腕を伸ばして、天を指す。
「あの星と、あの星と、あの星と……」
指さして、空に図形を描いていく。一つの星は、先生が言ったとおり少し暗い。
「分かったようだな」
先生の満足そうな声がする。
「ペルセウスの物語は知っているか?」
忍は黙ってうなずいた。
見た人を石にする、ゴルゴンの三姉妹を退治しに旅立つペルセウスの冒険。王女アンドロメダとの劇的な出会い、そして恋。ギリシャ神話の中でも、とても好きな物語だ。
先生の手が、忍の左肩から離れる。
今まで、自分のすぐ後ろに先生が立っていた。今さら、そんなことに気付いて。また、心臓がドキドキし始める。
「さあ、もう車に乗りなさい。送っていく」
忍はあわてて車に乗り込んだ。
シートに座ると、
「君、食物アレルギーはあるか」
と質問された。
忍は首を横に振る。
先生は、
「そうか」
とうなずいて。
「仕事を手伝ってもらったのだから、礼はする。何か食べて帰ろう。店は私が選んでかまわないな?」
駐車場から車を出しながら、そう言った。
忍は驚いた。
「でも、寮で食事が。あ、門限が」
それから気付いた。寮の門限は、夕食が始まる午後七時。もう、過ぎている。
「私から連絡は入れてある。業務で君を借りると言ってあるから、心配しなくていい」
忍はビックリした。確かに、運動部所属の生徒たちは、遠征などがある時には門限より遅れて帰ってくることもあったが。調理部にしか入っていない忍は、自分にそんなことは縁がないと思っていた。
考えてみると。
今、先生の車の助手席に乗って、これから一緒に食事。それって。ちょっとすごいことではないだろうか?