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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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7 秋の四辺形 -2-

 地学研究室に向かう途中の廊下で、十津見先生と会った。先生は、書類や封筒がいっぱい入ったかごを三つ抱えていて、忍の顔を見るとイライラした様子で言った。

「雪ノ下忍、遅いぞ。何をしていた」

「す、すみません」

 何と答えたらいいんだろう。クラスのみんなに迷惑が掛からない言い訳は……と、考えているうちに。

「もういい。印刷室にもう一つかごがあるから、それを持って研究室に来てくれ」

 そう言うと、先生は長い脚で大股に歩きながら行ってしまった。


 てっきり怒られるのだと思っていた忍は、わけがわからないままに印刷室へ行ってそれらしいかごを取って来た。名前と住所が印刷された学校名の入った封筒が、いっぱいに入っていて重かった。

 研究室にたどり着き、扉をノックしようとして……両手がふさがっていて出来ないことに気付く。

 仕方ないので、体を横にして右手を引き戸の取っ手に持って行き、ほんの数センチだけ戸を開けてから、

「雪ノ下です」

 と声をかける。

「早く入りなさい」

 と、先生の声がした。


 中に入ると。

「手伝ってくれ。私一人ではらちが明かん」

 先生は、頭痛でもするようにこめかみを揉みながら、机の上を指して言った。そこには所狭しと、さっきの封筒や紙の束が置いてあった。

「君のせいだぞ。吉住先生に押しつけられた」

 先生は眼鏡の向こうから忍をにらむ。

「全校生徒の保護者あての、百花祭の招待状だ。今日の午後七時までに郵便局に持って行かなくてはいけない」


 忍は壁の時計を見た。

 あと三時間十五分。いや。郵便局まで持って行く時間を考えると、三時間ない。


「午後の授業の空き時間に詰めた分はここにあるから」

 と、先生は籠にいっぱい入った、封のしていない封筒の山を示す。

「君は、この名簿を元に、中身が合っているかを確認した上、糊で封をしてくれ。私はさっき追加で印刷してきた分を封筒に詰める」

 そう言って、先生は。忍の持っていたかごを受け取り、軽々と机の上に置き。代わりに、ダブルクリップでまとめた分厚い書類を忍に渡した。それから、自分ははじっこの席に座って袋詰め作業にとりかかる。


「あの、先生」

 忍は恐る恐る言った。

「これ、もっと人がいた方がいいんじゃ?」

 とにかく、人数さえいれば。一時間くらいで片付くような気がする。ひかりちゃんとか、クラスの子を呼んだ方がいいだろうか。

 そう思った忍を、先生は顔を上げてにらんだ。


「あいにく、個人情報を扱わせても誰にも洩らさない、と思える生徒を君以外に知らん。吉住先生は校長と手分けして、近隣のあいさつ回りに出かけて夜まで帰って来ない」


 他の先生に手助けは頼めないのだろうか。

 ……頼めないのだろうなあ、と。先生の表情を見て、何となく忍は思った。


「君なら、秘密を洩らすことなく迅速に仕事をしてくれると見込んだのだが。そうでないなら私の見込み違いだったことになる。どうなんだ?」

 また、ジロリとにらまれる。


 忍は慌てて、

「やります」

 と言った。先生に信頼されているなら、嬉しい。

「やります。やらせてください」

「だったら、さっさと仕事にかかりなさい。時間がない」

 そう言った先生は、もう手元に目を戻していた。


 それから二時間半。二人はろくに口もきかず働いた。六時三十分に糊付けが終わり、それから二人がかりでそれを集めて、片っ端からかごに入れる。かご三つに入れてもまだ、入りきらなくて。先生が職員室に行ってもらってきた紙袋二つに、残りを詰め込んだ。

 先生がかごを重ねて持ち、忍が紙袋を両手に持った。

 裏の駐車場に行き、先生の軽自動車に荷物を載せる。


 忍も一緒に乗るように言われて、助手席に座った。シートベルトをすると、車が走り出す。車は、マニュアル車というヤツで、おじいちゃんの家でしか乗ったことがないタイプだ。

『俺はこれしか運転できないんだよ』

 ママの方のおじいちゃんはいつもそう言って、『オートマの方が楽なのに』と言われる。ママはオートマしか乗らない。パパは、たまにしか家に帰って来ないから、それでいいらしい。


 その、うちの車とは違う操作をする先生の左手の動きを。忍はつい、見守ってしまう。少し顔を上げると、先生の横顔が見えて。

 そんな角度で、こんなに近くで。先生の顔を見ることはそんなにないから。また、ドキドキする。


 郵便局に着くと、先生は先に忍を下ろした。

 二つの紙袋を持って、中に飛び込む。七時五分前。窓口の前には、五人ほどの列が出来ていた。

 先生が駐車場に車を停め、かごを持って追いついてきたのは時計の長針が十二という数字にたどり着く、ほんのちょっと前だった。


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