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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
117/211

7 秋の四辺形 -1-

 夕方のホームルームでは、嵯峨野先生からも注意があった。

「本当に、上演中止になるところだったから。みんなも、言動には気を付けてね。それだけ、全校の先生方から注目されているんですから」


「雪ノ下さんのせいで、いい迷惑だよね」

 古川さんの声が教室に響く。

「ひとりのせいでみんなが迷惑するんだから、気を付けてほしいよね」

 忍は返す言葉がない。本当に、あれは自分のうっかりだった。


「古川さん、ひとりを責めない。こう言っては何だけど、十津見先生のカン違いもあったんだから」

 嵯峨野先生がそう、たしなめてくれる。

「雪ノ下さんじゃなく、みんなも気を付けること。この学校は女子生徒しかいないから気がゆるみがちだけど、男性の先生もいらっしゃるんだし、慎みを忘れてはいけません」


「はーい」

 ひかりちゃんも反省した様子で声を上げる。

 都ちゃん他、何人かの子も唱和した。


「それから」

 嵯峨野先生は間島さんの顔を見る。

「間島さん、自分の作品について主張を持つのはいいけれど、先生方のおっしゃることには柔軟に対応するように。目上の方に対して、あまり生意気な口をきいてはいけませんよ」

「でも」

 間島さんは不満そうだ。


「十津見先生、頭ごなしなんですもの。全然、話を聞いてくれないし」

「それでも、反抗的な態度は良くありません」

 嵯峨野先生はキッパリと言う。

「星野さん。大変だと思うけれど、委員としてみんなをしっかりまとめてね。やる気がないとか、思われないように」

 星野さんは不満そうに『はい』と返事する。

 やる気がない、と、責任転嫁傾向、は生徒指導室で十津見先生にさんざん言われていたから、面白くないのだろう。


「今回の件では吉住先生が、上演が出来るように尽力して下さったから。みんな、ちゃんとお礼を言ってね。サロメの衣装はあまり煽情的にしないよう、市原先生からもご意見いただいていますから、間島さん、衣装担当の皆さん、そこのところは気を付けて。雪ノ下さん、放課後に地学科研究室に行くように、十津見先生から伝言を預かっています。それでは解散」


 嵯峨野先生が教室を出て行くと。

「うわあ。忍、十津見に取られたかあ」

 間島さんが大きな声を上げた。

「今日は通し練習できないじゃない。これ、嫌がらせか?」


「ホント、迷惑だよね」

 古川さんが忍を見て言う。

「雪ノ下。嵯峨野先生にかばわれたからって、許されると思わないでよね。みんなに迷惑かけてるんだから、あやまりなよ」


「古川。あれは私も悪かったから」

 ひかりちゃんがかばってくれる。

「そうそう。忍、脱がせたの私だし。みんなの責任だよ」

 都ちゃんもそう言ってくれる。


「みんなじゃないじゃん。あんたたちだけじゃん」

 古川さんは口をとがらせる。

「そのせいで、志穂まで巻き込まれて叱られてさ。ちゃんと謝りなよ」


「ご、ごめんなさい」

 忍は。下を向いて、小さな声で言う。

「なあにー。聞こえません!」

 古川さんが大きな声で言った。それで、忍は余計に委縮してしまう。

「もっと大きな声で言いなよ。そんなんで、サロメなんか出来るの? 迷惑ばっかりかけた上に、本番でも失敗なんかしないでよね」


「そうだなあ。声は改善しなきゃだなあ」

 いつの間にか間島さんが忍の傍に立っていて。ニッコリ笑うと、おなかに手を当ててきた。

「忍、この辺に力入れて。思いっきり声出してみて。腹式呼吸、教えたでしょ」

 忍はとまどった。

 そして。

 いつの間にか、間島さんの呼び方が。雪ノ下、から、忍、に変わっていることに気付いた。


 それに力付けられて。大きく息を吸い込む。

 教えてもらったように、肺じゃなく、おなかに息をためるような気持ちで吸い込んで。

 それを、一気に吐き出す。


「ごめんなさい! 星野さん、みんな!」

 その声は大きく、教室の反対側まで通ったので。みんながびっくりして忍を見た。


 忍は恥ずかしくなって。

 あわてて口を塞ぐ。

「その調子。でも、本番ではもっと大きな声でもいいな」

 そう、間島さんが言った。


「お、大きな声、出るじゃない」

 古川さんが、少し怯んだように言った。

「最初から、そういう声出してればいいのよ。おとなしいフリして、小さい声でウジウジ話すからこっちもイライラするんじゃん。志穂、どう?」

「えっ? ああ」

 星野さんも、困った様子だった。

「私は、別に。みんなが良ければ」

 横を向く。


「誰か、言いたいことあるヤツ、他にいる?」

 間島さんがクラスを見渡した。誰も、何も言わなかった。

「じゃ、そういうことで」

 間島さんはサバサバと言った。

「十津見のところへ行きな。早くしないと、また怒られるよ。今日は忍抜きで稽古しとくけど、明日も練習するからね。忍はさ、セリフも入ってるし、演技もあれでいいから、後は声。発声練習、ちゃんとやっておいてよね」


 そんな風に言って。

 間島さんは、忍を教室から送り出してくれた。


 ひとりで廊下に立って。

 忍は、ドキドキする。

 あんな声が、自分から出るなんて思わなかった。

 それに。

 

 ひとりだと思っていたのに。

 ひかりちゃんが味方してくれることさえ、申し訳ないと思っていたのに。


 頑張りを認めてくれる人がいる。

 味方してくれる人がいる。

 そのことが。

 

 信じられないくらい嬉しいと、そう思った。



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