7 秋の四辺形 -1-
夕方のホームルームでは、嵯峨野先生からも注意があった。
「本当に、上演中止になるところだったから。みんなも、言動には気を付けてね。それだけ、全校の先生方から注目されているんですから」
「雪ノ下さんのせいで、いい迷惑だよね」
古川さんの声が教室に響く。
「ひとりのせいでみんなが迷惑するんだから、気を付けてほしいよね」
忍は返す言葉がない。本当に、あれは自分のうっかりだった。
「古川さん、ひとりを責めない。こう言っては何だけど、十津見先生のカン違いもあったんだから」
嵯峨野先生がそう、たしなめてくれる。
「雪ノ下さんじゃなく、みんなも気を付けること。この学校は女子生徒しかいないから気がゆるみがちだけど、男性の先生もいらっしゃるんだし、慎みを忘れてはいけません」
「はーい」
ひかりちゃんも反省した様子で声を上げる。
都ちゃん他、何人かの子も唱和した。
「それから」
嵯峨野先生は間島さんの顔を見る。
「間島さん、自分の作品について主張を持つのはいいけれど、先生方のおっしゃることには柔軟に対応するように。目上の方に対して、あまり生意気な口をきいてはいけませんよ」
「でも」
間島さんは不満そうだ。
「十津見先生、頭ごなしなんですもの。全然、話を聞いてくれないし」
「それでも、反抗的な態度は良くありません」
嵯峨野先生はキッパリと言う。
「星野さん。大変だと思うけれど、委員としてみんなをしっかりまとめてね。やる気がないとか、思われないように」
星野さんは不満そうに『はい』と返事する。
やる気がない、と、責任転嫁傾向、は生徒指導室で十津見先生にさんざん言われていたから、面白くないのだろう。
「今回の件では吉住先生が、上演が出来るように尽力して下さったから。みんな、ちゃんとお礼を言ってね。サロメの衣装はあまり煽情的にしないよう、市原先生からもご意見いただいていますから、間島さん、衣装担当の皆さん、そこのところは気を付けて。雪ノ下さん、放課後に地学科研究室に行くように、十津見先生から伝言を預かっています。それでは解散」
嵯峨野先生が教室を出て行くと。
「うわあ。忍、十津見に取られたかあ」
間島さんが大きな声を上げた。
「今日は通し練習できないじゃない。これ、嫌がらせか?」
「ホント、迷惑だよね」
古川さんが忍を見て言う。
「雪ノ下。嵯峨野先生にかばわれたからって、許されると思わないでよね。みんなに迷惑かけてるんだから、あやまりなよ」
「古川。あれは私も悪かったから」
ひかりちゃんがかばってくれる。
「そうそう。忍、脱がせたの私だし。みんなの責任だよ」
都ちゃんもそう言ってくれる。
「みんなじゃないじゃん。あんたたちだけじゃん」
古川さんは口をとがらせる。
「そのせいで、志穂まで巻き込まれて叱られてさ。ちゃんと謝りなよ」
「ご、ごめんなさい」
忍は。下を向いて、小さな声で言う。
「なあにー。聞こえません!」
古川さんが大きな声で言った。それで、忍は余計に委縮してしまう。
「もっと大きな声で言いなよ。そんなんで、サロメなんか出来るの? 迷惑ばっかりかけた上に、本番でも失敗なんかしないでよね」
「そうだなあ。声は改善しなきゃだなあ」
いつの間にか間島さんが忍の傍に立っていて。ニッコリ笑うと、おなかに手を当ててきた。
「忍、この辺に力入れて。思いっきり声出してみて。腹式呼吸、教えたでしょ」
忍はとまどった。
そして。
いつの間にか、間島さんの呼び方が。雪ノ下、から、忍、に変わっていることに気付いた。
それに力付けられて。大きく息を吸い込む。
教えてもらったように、肺じゃなく、おなかに息をためるような気持ちで吸い込んで。
それを、一気に吐き出す。
「ごめんなさい! 星野さん、みんな!」
その声は大きく、教室の反対側まで通ったので。みんながびっくりして忍を見た。
忍は恥ずかしくなって。
あわてて口を塞ぐ。
「その調子。でも、本番ではもっと大きな声でもいいな」
そう、間島さんが言った。
「お、大きな声、出るじゃない」
古川さんが、少し怯んだように言った。
「最初から、そういう声出してればいいのよ。おとなしいフリして、小さい声でウジウジ話すからこっちもイライラするんじゃん。志穂、どう?」
「えっ? ああ」
星野さんも、困った様子だった。
「私は、別に。みんなが良ければ」
横を向く。
「誰か、言いたいことあるヤツ、他にいる?」
間島さんがクラスを見渡した。誰も、何も言わなかった。
「じゃ、そういうことで」
間島さんはサバサバと言った。
「十津見のところへ行きな。早くしないと、また怒られるよ。今日は忍抜きで稽古しとくけど、明日も練習するからね。忍はさ、セリフも入ってるし、演技もあれでいいから、後は声。発声練習、ちゃんとやっておいてよね」
そんな風に言って。
間島さんは、忍を教室から送り出してくれた。
ひとりで廊下に立って。
忍は、ドキドキする。
あんな声が、自分から出るなんて思わなかった。
それに。
ひとりだと思っていたのに。
ひかりちゃんが味方してくれることさえ、申し訳ないと思っていたのに。
頑張りを認めてくれる人がいる。
味方してくれる人がいる。
そのことが。
信じられないくらい嬉しいと、そう思った。