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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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6 初稽古 -5-

 忍の顔を見た十津見先生は、

「ああ、雪ノ下忍。このクラスでサロメをやると聞いたのだが、問題になるようなものではないだろうな……」

 と、言いかけて。

「な、何だね君、その恰好は!」

 急に大きな声を出した。


「学校内でなんて恰好をしているんだ。校則違反だ。第三十五条、校内で風紀を紊乱するような行為をすることを禁ずる。君は風紀委員なのに、恥ずかしいと思わないのか」

 早口に言いながら、先生は背広を脱いで忍に押しつけた。

「着なさい。見るに堪えない」

 それを反射的に受け取ってしまってから、やっと。忍は自分が、露出の多いサロメの衣装を着たままだったことを思いだした。


 しかも、ノーブラ。

 パッと、首から上が熱くなる。


「す、すみません。これ、お芝居の衣装で」

 急いで先生の上着に手を通しながら、言い訳する。先生の背広はとても大きくて。袖から手を出すのに苦労する。

 やっと手が出た。急いで胸の辺りを隠す。

「き、君はそんな恰好で公衆の面前に出るつもりなのか」

 先生は唖然とした顔をした。

「あ、いえ。そうではなくて」


 あわてて言い訳しようとするが。

「君、いったい頭は確かなのか? 学校の品位を落とすつもりか。女性としての尊厳はないのか。だいたい、君、まだ子供のくせにそんな恰好をして、どういうつもりだ。だいたい、し、下着を付けないとは、それ自体が校則違反だ」

 立て続けに叱責されて。忍は頭が真っ白になる。


「違います。先生、それ、これから直すんです」

 ひかりちゃんの声がした。

 気が付くと、クラスメートがたくさん、教室から顔を出している。先生の怒った声が、家庭科室の中まで聞こえたのだろう。

「それに、今、採寸してたところだったんです。ホラ、忍のブラ、ここにあります」

 ひかりちゃんは。中から持ってきたらしい、忍のブラジャーを振り回した。


 忍は。気が遠くなるかと思った。

 多分、忍をかばおうとしてくれているのだとは思うが。それは信じているけれど。

 ひかりちゃん、それは。それだけは、しないでほしかった。

 

「遠山ひかり! 何をやっているか。君も仲間か」

 先生のすごい声が響いた。

「そんな物を振り回すやつがあるか。君たちは、ふざけているのか。クラスメートが死んだばかりだというのに、この莫迦げた騒ぎは何事だ。責任者はだれだ? 百花祭実行委員、前に出なさい!」


「わ、私ですけど」

 星野さんがおそるおそる手を挙げた。十津見先生はそれを、ジロリとにらんだ。

「星野志穂。君は、確か小林夏希の友人だと記憶していたが。その程度の付き合いか。友人が悲惨な死を遂げたというのに、こんなふざけた企画を学校に提出するとは。恥を知りなさい。生徒指導室に来い、この騒ぎの責任者としてじっくり反省してもらう」

「そ、そんな」

 星野さんはうめき声をあげた。

「私、ただ。みんながやりたいって言ったから。私のせいじゃないです」

「君が委員なら、学校に企画を提出した責任がある」

 先生は厳しく言った。


「十津見先生。責任者は私です」

 後ろから声がした。間島さんがみんなをかき分けながら、前に出ようとしていた。

「芝居の監督・脚本・演出は全て私がやっています。その衣装を考えたのも私です」

「君か、間島美空」

 先生は嘲るように唇を歪めた。

「入試一位の君の演出とは。唾棄すべき低俗さだ。才能がないな、君は演劇を諦めた方がいい」


「お言葉ですが。他は真面目に宗教劇として作ってます。でも、サロメは俗悪じゃなきゃダメなんです」

 こだわりがあるらしく、キッパリと言う間島さん。

 十津見先生はますます怒った。

「君の浅薄な芸術論になど興味はない。とにかく、責任者だと言い張るなら君も生徒指導室に来なさい。後は、遠山ひかりと雪ノ下忍。君たちもだ」


「私、関係ないのに」

 星野さんが絶望的な声で言う。それを先生がにらんだ。

「星野志穂。君は往生際が悪いな。反抗するつもりか」

 そう言われると。星野さんは、

「いえ、そんなつもりじゃ」

 と、小さな声で言って、下を向いてしまう。


「十津見先生。そんな、大事にしなくても」

 市原先生の声がした。

「先生は、生徒が校内を裸同然の状態で歩くことに問題がないというお考えですか」

 十津見先生は冷たく言う。

「それが女性の権利だとおっしゃる?」

「そんなことは言っていません」

 市原先生の声もきつくなった。


「そんな恰好で廊下に出た雪ノ下さんは軽率です」

 市原先生ににらまれて、忍はびくっとする。

「けれど、被服室では採寸の際、そういう格好になることは有り得ることです」

 と声が続いて、やっと少しほっとする。

「大騒ぎすることではないでしょう。校則違反だのと言うほどのことではないです。この子たちには、私からよく言い聞かせておきますから、先生は次の授業においでください」


「四時間目は空きです」

 十津見先生はむっつりと言った。

「そうですか」

 市原先生もケンカ腰だ。

「でも、こっちは授業なのよ。後は私が話すから、それでいいでしょう」

「良くありません。だから私は反対だったのです。今からでも、やめるべきだ」

「そんな、今さら言っても仕方ないでしょう」

「今からでも中止は出来ます。この件については、理事長に抗議します」


 十津見先生はハッキリと言い。それから星野さん、間島さん、ひかりちゃんを順番に見て、脅すように嗤った。

「そのために、事情をゆっくり聴かせてもらおう。君たち、ついて来なさい」

 その目が忍にとまって。

 先生はあわてて目をそらす。


「雪ノ下忍。君はきちんと服を着てから来たまえ。遠山ひかり、付き添いなさい」

「は、はい」

 忍は真赤になったまま、被服室に飛び込む。みんながまだ廊下で騒いでいる間に、急いで黒いドレスを脱いだ。


「忍、ごめん。ブラ返す」

 追いかけてきたひかりちゃんが、ブラジャーを差し出した。

「もう。ひかりちゃん、びっくりしたよ」

「ホントごめん。だって、ブラ着けてないから校則違反とか言われてるから、つい」


 先生に見られた、と思うとすごく恥ずかしい。

「上着、返さなきゃ」

 制服を身に着けてから。その上着を、ギュッと抱きしめてみる。

 着せかけられた時には。上着に、まだ先生の温もりが残っていて。とてもドキドキした。

 

 クリーニングして返した方がいいのかな、とふと思い、ひかりちゃんに意見を求めている。

「別に、いいんじゃない?」

 ひかりちゃんは懐疑的に首をひねった。

「十津見は、その服を自分でクリーニングに出した方がいいと思うな。それを忍に貸すとか、どういう神経」


「あなたたち。早く生徒指導室に行きなさい」

 市原先生に注意された。他のみんなも教室に戻って来て、それぞれ席に着いている。


 あわてて被服室を出ようと、市原先生の傍を通った時。

「まったく。理事長も、どうして十津見先生に好きなようにさせておくのか」

 という呟きが、聞こえたような気がした。


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