6 初稽古 -4-
「忍、寸法取っちゃお。どっちにしても、肩幅は合わせなきゃ」
都ちゃんが声をかけてきた。
「中山、この衣装どうやって直すの?」
ひかりちゃんが訊ねる。
「ダーツ取っちゃう」
ファッションデザイナー志望の都ちゃんはこともなげにそう言った。
「忍、ちょっとブラ取って。ダーツの寸法計るから」
「ええ?!」
忍はビックリしてまた、胸を押さえる。
「だって、そのままじゃどのくらい胸が出るのか分かりにくいし。大丈夫、すぐ終わるから」
「本番、どうするの。胸のとこ」
ひかりちゃんが聞く。
「うーん。忍が気になるなら、当て布してもいいと思うけど。透けないヤツ」
都ちゃんは少し首をかしげる。
「そうしてほしい」
忍が間髪入れずに言うのと。
「それダメ。せっかくエロいのに。レース! レース!」
間島さんが言うのが同時だった。
「間島、エロって言いすぎ」
都ちゃんが呆れたように言う。
「だって、悪人は俗で汚れてないとヨハネが引き立たないじゃない。宮井の時はダンスでそれを表現したんだけど、雪ノ下は違うじゃん」
それを聞いて、忍はちょっと情けなくなる。
宮井さんにはダンスという武器があるけれど。代役の自分は、衣装に助けてもらうしかないわけか。
「はい、これイメージ」
間島さんが描き上がったスケッチをみんなに見せた。
「間島、絵、下手」
笑い声が上がる。
忍も苦笑いした。夏休み前に最初のイメージ画を描いた時にも、間島さんの絵は何というか個性的で。みんなで、何が描いてあるのかいちいち確認したのだ。
「分かんないかなあ」
間島さんは、がっかりした様子で肩を落とす。
「いや、分かるけど。前期のよりは」
都ちゃんが言う。
「うん。つまり、今肌が見えてるところをレースで覆うんだよね。後ろの大きいリボンとか、可愛い感じ。裾、三段かあ。今からやってる時間あるかな」
首をかしげる。
「被服部のお姉さまたちに聞いてみないと、出来るか分からないよ」
都ちゃんは被服部員だ。被服部というのは、要するに服を縫って作ったり編み物をしたりする部である。
「オーケー。市原先生に見せてくる」
間島さんはそう言って、立ち上がった。
「じゃあ、忍、どっちにしても採寸しちゃうから」
都ちゃんに言われ。仕方なく、ブラジャーを外して衣装をじかに身に着け、手を広げて立つ。
少し前まで、ブラは着けていなかったのに。今は、はずすと何だかスースーして落ち着かない。女子校だから、更衣室に行ったりする必要もなく、広い教室の中で堂々と着替え出来てしまうのが、楽なような、恥ずかしいような。
都ちゃんは手際よく採寸を進めていく。頭の中で、もうちゃんと衣装が出来上がってるみたいだ。忍は、言われたとおりに縫うだけだったけれど。都ちゃんは自分で考えて、どこを縫うのか、どこを切るのか全部決める。
百花園には、小学校とは違ういろいろな人がいて。やっぱり、面白いなと思う。
脚の長さをはかり終わったところで、三時間目終了のチャイムが鳴った。
この後も続けて家庭科なので、みんなのんびりしている。都ちゃんは別のグループの採寸に呼ばれて行った。
「間島、まだ市原先生と話してるね」
ひかりちゃんがそっちを眺めて言った。間島さんは、市原先生に『エロの必要性』を訴え続けている。
「アイツも変わってるよね。優等生かと思ってたけど」
確かに。
忍もつい、うなずいてしまう。普段の間島さんは冷静な優等生という感じなのだが、お芝居のことになると人が変わるみたいだ。
「忍ー。四時間目、衣装の手伝いしてくれる? ヨハネやヘロデ王の衣装を先にやっつけちゃうから」
都ちゃんが離れたところから声をかける。
「分かった」
忍はそう言って。
「これ、脱いだ方がいいかなあ?」
と。サロメの衣装を指してひかりちゃんに聞く。
「そうだね。もう制服に着替えてもいいんじゃない?」
ひかりちゃんもうなずく。
こういう時は更衣室が欲しいな、とちょっと思う。女子しかいないこの学校に、女子更衣室というものはないが。いくら女子同士でも、みんながいるところで、自分ひとりだけ着替えるのはちょっと恥ずかしい。
と、思った時。
「雪ノ下さん、十津見先生が呼んでるよ」
廊下側にいたクラスメートが声をかけた。
「急げって」
「え、十津見先生?」
何の用だろう。風紀委員の連絡かな。忍は手に取りかけていた制服を置いて。あわてて家庭科室の外に飛び出した。