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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
114/211

6 初稽古 -3-

 三時間目、家庭科の時間。担当の市原先生に頼みこんで、練習兼衣装直しの時間にさせてもらう。

「まあ、被服実習と言えなくもないから。でも、今回だけよ」

 市原先生はちょっと厳しくて怖いが、話はちゃんと聞いてくれるのでみんなから人気がある。

 ただ、すぐ話が『女性への虐待』とか『女性の解放』にいってしまうのだが。


「サロメを、色情狂みたいに演じちゃダメよ。それは男性からの偏見に満ちた人物像です」

 衣装合わせをしていた忍のところに市原先生が来て、そう言う。

「そんな脚本にしたつもりはありません」

 間島さんが返事をする。


 サロメの衣装は元々宮井さん用に作ったものだから、忍が着るにはいろいろなところを直さなくてはいけない。

「でも、この衣装。少し、挑発的ではないの。そういう姿勢は男性におもねっているということですよ」

 それを市原先生は、疑わしそうな目で見た。

「ほら。胸が開きすぎて、ブラジャーが見えちゃってるじゃないの」


 忍はあわてて胸を隠した。

「あのう。今から、直すところなんです」

 小さな声で言う。市原先生にはよく聞こえなかったみたいで、何、と聞き返された。

「宮井用に作ったヤツで、寸法が合わないからこれから直すんです」

 ひかりちゃんが代わりに言ってくれた。


「でも、確かに」

 ひかりちゃんは忍を見て言う。

「宮井の時はそうは思わなかったんだけど。忍が着ると、何かエロいね」

「ええ?」

 ひかりちゃんからそんなことを言われると思わなくて、忍はびっくりする。

「うん。エロい」

 間島さんもうなずいた。

「雪ノ下の方が肩幅が小さくて、胸はあるんだな。結果、胸元が宮井の時より深く開いてる。脚も、宮井より長いから若干丈が短くなっているし」


「ナニー。誰が短足の上、胸ぺったんで肩幅広いってー」

 宮井さんが聞きつけて言い返す。ちょっとドキッとしたが。

 冗談っぽい言い方だったので、忍はホッとする。


「宮井はダンスやって、筋肉がついているから、それでいいんだ。元はダンスシーンがあったし、軽快で野性的なサロメをイメージしてたから。ところが」

 間島さんはあっさり言って、忍を見直す。

「個性の差なのか、雪ノ下が着るとこれはエロい。宮井の時は野性的に見えたデザインが、雪ノ下だとひたすらエロい。これをどうするか」


「もちろん、デザイン変更よ」

 市原先生が言った。

「こんな恰好で舞台に出るなんてダメです。スカートも、何でこんなにスリットを入れてるの」

 市原先生は太ももの付け根辺りまで切りこまれたスリットを指さす。みんなの目が脚に向いて、忍はとても恥ずかしい。


「それは、下にスパッツをはいて踊る予定だったからです。どうするかなあ、でも雪ノ下じゃスパッツってイメージじゃないし」

「いいじゃないの」

 と先生。でも、間島さんは頑固に首を横に振る。

「ダメです。ミニスカジャージくらい台無しな感じです。このエロさは生かしたいなあ。吉住先生も、わざわざサロメの衣装がエロいかどうか確認に来たし」

「それは、煽情的な衣装はふさわしくないと注意を受けたんでしょう」

 市原先生の言葉を、間島さんは、

「いえ。あれはむしろ、エロい方がいいという言い方でした」

 と否定する。


 市原先生の眉が上がる。

「吉住先生も困ったものね。いいですか、皆さん。既婚者で教師とはいえ、男性は男性です。決してそのことを忘れないように。皆さんを守るのは、皆さん自身なのですよ」

 演説になる。

 吉住先生、後で市原先生に怒られるんじゃないかなあ、と忍は心配した。


「あのう。スリットのところに布を足して、塞いだらどうでしょうか」

 忍は恐る恐る言った。もともとは衣装係だったので、この衣装もかなりの部分、自分で縫っている。

「それで、裾も長くしたいんですけど」


「ああ、そうね。それがいいわね」

 市原先生はうなずく。忍はそれに勇気を得て、もう少し言葉を続ける。

「袖もつけたいんです。胸元も、布を足して襟を付けたらいいんじゃないでしょうか」

 市原先生がうんうんとうなずく。

 しかし。


「ダメ。却下。ダサい」

 間島さんに一蹴されてしまった。

「そんなじゃあ、いかにもツギハギじゃない。マッチ売りの少女とかじゃないんだよ。貧乏人じゃないんだから。王女で、情熱の恋に身を焦がすんだから、そんな変な衣装ダメ。エロくなきゃダメなんだよ、エロくなきゃ」

 

 そう言われても、と忍は思う。

 露出の多い衣装は活発な宮井さんには似合っていたが、忍は恥ずかしくてたまらない。


 市原先生も、

「間島さん。そんなこと大声で言うのは好ましくありません。男性に付け入る隙を与えますよ」

 と注意している。


「じゃあ、レースだったら?」

 その時。

 一緒に衣装係をやった、中村都ちゃんが話に入ってきた。 

「胸元も袖も、スリット塞ぎもレースにするの。そしたら、ツギハギしても、そんなに不自然じゃないし。間島が言うようなエロ感も出ると思うよ」


「レースねえ」

 市原先生は首をひねったが。

 間島さんの目は、輝いた。


「黒レース……透け感……エロ……チラ見え……ガーター……」

 何やら、ぶつぶつつぶやいている。

 それから。

「よし、それでいこう! 中村、いいことを言ってくれた。今、イメージデザインを出すから、衣装係、詰めてくれないか」

 そう言って、机に向かい、何かを描き出す。

 みんな呆れた。


「あまり挑発的なものはダメですよ。そのデザイン画、出来たら見せなさい」

 市原先生はそう言った後で、洗礼者の衣装直しをやっているグループに助言を求められ、行ってしまった。



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