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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
113/211

6 初稽古 -2-

 一度、通してやってみると。みんなの評価は、驚くほど変わった。

「雪ノ下、うまい」

「そういえば、朗読とか得意だよね」

「声小さいけどね。発声練習、した方がいいよ」


 忍はクラスでは目立たない方だ。幼稚園の頃から、ずっとそうだった。

 こんな風にみんなからほめられたことがないので、逆に緊張してしまった。


「宮井さんのとは違うけど、何かいいよね」

「つうか、悪役ハマるね、雪ノ下」


「ちょっと。それ、ホメてるの、けなしてるの?」

 ひかりちゃんが言う。それに、

「ホメてる、ホメてる」

「遠山、コワイ」

 と笑い声が上がる。


「ちょっと。厳粛にやってよね」

 古川さんが不機嫌に言った。

「今度はヨハネが主人公で、悲劇なんだから。サロメは悪役でしょ。雪ノ下、媚び過ぎじゃない? キモい。もっと悪役っぽくやってよ」

「ゴ、ゴメン」

 忍は小さな声で言う。台本の通りにやったつもりなのだが。媚びてる、と言われるのがどこのことなのか。自分では分からない。


「イヤ。私はこれでいいと思う」

 間島さんの声がした。

「恋愛描写は可能な限りカットしたけれど、殺人の動機がヨハネへの恋なんだから、サロメは色っぽい方がいい。元の台本では、宮井のダンスでそれを表現するつもりだったが、それも出来なくなったからね。今の路線で、むしろもっとエロくしたい」


「間島さん。それはちょっと」

 嵯峨野先生が困ったように言う。

「ダメですか」

 間島さんの問いに、嵯峨野先生は黙ってうなずく。脚本家兼監督は、残念そうにため息をついた。

「仕方ないなあ。でも、とにかく雪ノ下は今のまんまでいい。そのままの方がコワくていい」


 忍は目を白黒させた。色っぽいとか、怖いとか。思いもしない言葉が間島さんの口から出てくる。しかもその二つは、正反対の属性な気がするのだが。本当に大丈夫なのかな、とちょっと心配になる。


「古川と星野は、最後のお悔やみの言葉に集中していいよ。劇の方は、私が責任もってやるから」

 間島さんが、きっぱりとした口調でそう言うと。

「それ、口を出すなってこと?」

 古川さんが口をとがらせる。

「そう受け取ってもらってもいいが。二人は劇からは外れたんだし」

 間島さんの口調が辛辣になる。


「ほら、また。みんな、ナーバスにならないで……と言ってもムリかもしれないけれど。まだ事件も解決していないし」

 嵯峨野先生が間に入り、ため息をついた。

「雪ノ下さん、いいよ。でも、やっぱり声が小さいなあ。間島さん。演劇部だから、発声指導してあげてね。最悪、ピンマイクかな」

 そして忍にも、笑顔を向けてくれる。忍はそれで、ちょっとだけ安心する。


「古川さんと星野さん、一番辛い役だけど、二人だから伝えられるメッセージがあると思うから。間島さんは、劇が暴走しないように、ちゃんと悼みの気持ちを伝えられるものになるように作ること。みんな、頑張ってね」


 嵯峨野先生のその言葉で。ホームルームは、一応落ち着いた。

 ちなみに、かなり挑戦的なこの『洗礼者の殉教』の上演については、実行委員会でも職員会議でも、かなりもめたらしい。


 それでも、翌朝のホームルームで嵯峨野先生から、

「上演が認められました」

 と報告があった。ただし、練習を校長先生や理事長先生や、いろいろな人たちが見に来る。そして、過激すぎると思われたシーンは削られるかもしれない、とのことだった。

 

「そんなの。検閲だと思います。検閲は芸術の敵です」

 間島さんが不満そうに言う。

「芸術ではなく、ただの悪趣味になってしまうかもしれないからみんな心配しているのよ」 

 嵯峨野先生が言った。

「とにかく。たくさんの先生方が稽古を見にいらっしゃるけど、落ち着いて進めてね。そして、意見をいただいたら迅速に対処すること。分かりましたか」


「はあい」

 と、みんなは間延びした声で返事をした。



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