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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
112/211

6 初稽古 -1-

 穂乃花お姉さまのことは誰にも言うな、と先生に念を押され。寮に戻った忍は、暗い気持ちで夕食を取り、ベッドに入った。

 蹴られて、アザになっているところを触る。あの時は痛かったし、恐ろしかった。腐臭がきつくて、まっすぐに相手を見られなかった。

 

 だけど。必死な声だった。

 どうして、あの時、あの人はあんな風に凶暴になったのか。

「死んじゃえ」

 と怒鳴った彼女の声が。耳から離れない。


 あの人は、小林さんと同じように、誰かに刃物で刺されて。今は、病院のベッドの上で。

 ……もう死んでしまっているのかもしれない。

 そう思うと、体の芯が冷たくなる気がする。確かに生きていて、自分と会話をしていた人が。この世から、いなくなる。

 そんなことが、続けて身近で起こっていることが、恐ろしかった。


 あの時の穂乃花お姉さまの、声は。

 小林さんの声に似ていた。


 どうして二人はあれほど忍に辛く当たったのか、分からない。

 分からないのに、あの声が。目の前から消えてしまえ、と呪う声が。耳から離れない。

「君は悪を容認するのか」

 先生の声が、それに重なって響く。

 忍は。布団の中で固く目を瞑り、丸くなる。


 だって、どうしたら良いのか分からない。どうしたら、それに立ち向かえるのか。自分に何が出来るのか、何が期待されているのか、分からない。

 だから、夜の中。耳を塞いで、ただ小さくなった。



 翌日も、晒し場に自分の名前があった。罪状は『外出中の制服不着用』。仕方ないとはいえ、気が重い。

 ここに書いてあることは全部、ママとパパにメールで知らされているはずだ。後期は始まったばかりなのに、もう二回目。そろそろ、ママが騒ぎ出すかもしれない。


「忍ってさ」

 ひかりちゃんがそれを見ていった。

「十津見に気に入られてるのか、目を付けられてるのか、ビミョウなところだよね」

 気に入られているなら言うことはないのだが。多分後者だ、と思うと忍はため息が出てしまった。


 一時間目はまた、緊急集会だった。

 校長先生が、穂乃花お姉さまの事件について説明した。入院している、という説明だったので。まだ生きているんだ、と少しホッとした。

 学院祭は予定通り開催されるということだった。

「こんなことになってもやるんだね」

 ひかりちゃんが呟いた。忍も黙ってうなずいた。


 去年、実行委員長だったお姉ちゃんは。

『百花園は私立だから、百花祭で入学希望者にアピールしなきゃいけないのよ』

 と言っていたけど。

 これではちょっと、小林さんや穂乃花お姉さまに冷たい気がした。



 その後は、授業も通常通りだった。三時間目は、担任の嵯峨野先生の授業時間だったので、百花祭の相談をするためにホームルームにしてもらった。

「それじゃ、皆さん。学院祭は『洗礼者の殉教』をやるということで、企画書を提出していいですね?」

 星野さんがみんなに確認する。もう全員に話が回っていたので、みんなうなずいた。


「新しい台本」

 間島さんが言って、みんなに配ってくれる。

「一部、配役変更があるけど。異議がある人、自分が立候補したいって人がいたら言って」

 台本をめくってみると、サロメ役のところにあらかじめ自分の名前が印刷してあった。


 他にも、少し役の変更があるようだ。

 全体も短くなっているようだし、古川さんと星野さんは女官役を外れて、別の子の名前が書いてあった。

 それ以外にも、名前が新しくなっているところがいくつかある。

 お芝居には出たくない、と言い出した子が多いのかな、と思った。


「これでいいですか? 反対の人、いませんか?」

 教壇の上から、星野さんが聞いている。誰も挙手しない。


「雪ノ下、サロメやるんだ」

 前の席の子が振り向いて、忍に話しかける。

「意外。大丈夫? 声小さいと、セリフ聞こえないよ?」

「うん」

 忍はうなずいた。

「頑張る……」

 そう言う語尾が、また小さくなってしまって。ダメだなあ、と思った。

 

「雪ノ下で大丈夫なの?」

 とか。

「宮井さんの後だと、見劣りするよね」

 とか。そんな声が聞こえる気がする。


 昨日は、つい調子に乗って引き受けてしまったけれど。出過ぎたことだったろうか。そう思って、忍はまた、下を向いてしまう。


「大丈夫だよ。忍はちゃんと、全部セリフ覚えてるんだから」

 ひかりちゃんがハッキリと言ってくれた。

「そんなの当たり前でしょ。出来もしないのに役引き受けるとか、有り得ない」

 古川さんが意地悪い声音で言った。


「まあまあ。とにかくみんな、一度通し稽古してみたら?」

 嵯峨野先生が声をかけてくれた。

「台本と企画については、通してもらえるよう私も吉住先生に頼んでみるから。難しい題材だけど、挑戦するからにはいい劇にしようよ。応援するからさ」


 その、元気のいい声に押されて。

 みんなは席を立ち、机を後ろに寄せて、稽古を始めることになった。



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