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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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5 呼び出し -7-

 目の前の白いワイシャツからは、先生の匂いがする。

 あの時、屋上で。この胸にすがって泣いたんだ。そう思うと、とても恥ずかしい。こんなに近くに立っていると。リアルに思い出してしまって、顔が赤くなる。

 本当は、今も。あの時と同じように、先生の胸にすがって。怖かったことを聞いてもらいたい。


 でも、きっと。それじゃダメなんだ。

 先生の厳しさは、そう忍に思わせる。


 先生の前に、笑顔で立っていたかったら。

 忍はもっと強くならなくてはいけない。

 忍はもっと、大人にならなくてはいけない。


 いろんなものに立ち向かえるように。

 いろんなものに負けないように。



 駅に電車が止まって、ドアが開く。たくさんの人が乗り降りする。

「失礼」

 先生が言った。後ろから押されたようで、二人の距離が近くなる。忍の顔は先生の胸にくっついてしまいそうだ。腕と腕は。少しだけ、触れ合っている。

 先生が後ろに首を曲げて、そこで大きな声でおしゃべりしていた高校生くらいの女の子たちをにらみつけ、咳払いする。その人たちの声が、少し小さくなった。


「雪ノ下。狭くないか」

 先生は忍に言った。

「大丈夫です」

 忍は頬が熱くなるのを感じながら答えた。

 先生もちょっと困った様子だった。視線が合わない。


「寮に連絡は入れたか」

 先生に聞かれた。

「到着時間を考えると、寮に着くのは七時少し前になるだろう。連絡を入れておくべきだと思うが」

「あ、はい」

 忍はあわててポケットを探った。肘が、先生のおなかに当たった。

「すみません」


「大丈夫だ。失礼、私も連絡しておくところがある」

 先生もじぶんの胸ポケットに手をやる。背広の肘が、忍の二の腕に当たる。

「失礼」

 また先生が言う。三回目だな、と思う。

「大丈夫です」

 自分も何度も同じことを言っている気がする。


 そのまま、二人で黙ってそれぞれの携帯を触った。LINEを開き、ひかりちゃんや他のヒイラギの一年生に配膳の手伝いに出られないと伝え、あやまっておく。寮母さんにも帰寮がギリギリになることを伝えてもらうよう、お願いした。

 それから、ちょっと顔を上げる。先生は難しい顔をして、まだメールを打っているようだった。


 少し体を動かすたびに、お互いの体に腕が当たる。周り中、混雑していて。誰も彼もがそんな状態なのだけれど。そんな先生との距離の近さが。すごく、体を熱くする。


 繁華街の駅で人がたくさん降りて、やっと少し隙間が出来た。

 それでも、二人とも黙っていた。


 繁華街から離れるにつれ、車内に人が少なくなり。空いた席に、並んで座った。さっきと違って、肩や腕が当たらないくらいの、隙間が空いている。それでも先生の傍にいるだけで、忍は安心した気分になれた。

 ほんの一瞬。電車が大きく揺れた時。その肩にコツン、と頭をもたれかけさせてみる。

 ずっとそうしていたかったけれど。すぐに、離した。



 そんな風に二時間が過ぎ。電車を降りて、百花園に向かった。徒歩で十五分ほどの距離を、並んで歩く。

「急ぎなさい。門限に遅刻するぞ」

 先生が急かすので、忍は一所懸命に足を動かす。


 チャペルの屋根が見えて来た時、先生の携帯が鳴った。先生は、忍に目顔で礼をしてから電話に出た。

 先生は優しいな、と忍は思う。


「はい。十津見ですが」

 そう言う先生の声は、ちょっと訝しそうだった。電話が来たのが意外そうな、そんな感じに聞こえた。

 それが、すぐに尖った。

「何ですって。……いえ、近くにおります。すぐ登校できます」

 また腕時計を見る。

「十分くらいで。ええ。その、ちょうど、生徒を指導していたところで」

 本当のことなのに、なんだか言い訳するような口調だった。


 電話を切ると。先生は忍を見下ろし、重苦しい声で言った。

「雪ノ下。大森穂乃花が、刺された」


 一瞬、意味が分からなかった。


「犯人は不明だ。小林の件と関連があるかどうかも分からない。大森は現在、意識不明で病院で治療中だ」


 それでも、君は悪を容認するのか、と。

 先生の唇が、動いた気がした。



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