5 呼び出し -6-
気が付くと、駅の近くにいた。
どうやってここまで来たのか、思い出せない。小さい頃から住んでいる町だから。無我夢中で走って来てしまったのだろう。
このまま帰ろう。そう思った。
学校は遠い。それに寮生活だ。寮に閉じこもってしまって、メールも電話も着信拒否にしておけば。……もう、彩名と関わらなくて済む。家に帰って来ても、あまり外に出ないようにしよう。そうすれば、きっと大丈夫。きっときっと、大丈夫。
駅舎に続くスロープを上ろうとして。ドキリとした。
前から、見覚えのある姿が下りてくる。茶色い髪、ピアス。派手な服装。タケヒロと呼ばれていた、あの男の人だった。
彩名に言われて、自分を探しているのかもしれない。そう思うとまた。心臓が早鐘を打ち始める。急いで、物陰に隠れた。上ろうとしていたスロープの横を通って。柱の陰に身を隠す。
そっとのぞいて見ると、彩名とも、彩名のお母さんとも違う人が一緒に歩いていた。
髪が長くて、背が小さいその女の人の顔を。どこかで見たことがある気がした。はいているスカートは、百花園の制服に見えた。
どこで会った人だろう。確かに会ったことのある人だけれど、思い出せない。
柊実寮のお姉さまではないと思う。さすがに、同じ寮のお姉さまなら顔くらいは分かる。
二人が行ってしまった後も、そこで考え続けていると。
後ろから誰かに肩を叩かれて、心臓が凍りつきそうになった。
彩名か? タケヒロか? それとも、ママ?
恐ろしくて、振り返れない。
その緊張を。
「雪ノ下忍」
聴き慣れた低い声が、ほどいてくれた。振り返ると、忍の肩に手を置いて立っている人は、十津見先生だった。
「ここで何をやっている?」
そう言ってから、先生は。自分の左腕にはめた腕時計を見て、時間を確認した。
「寮まで二時間はかかるはずだが。今から戻ったらギリギリなのではないかね」
「あ、あの」
忍はあわてて言った。
「今、帰ろうとしたところで」
「それに、その服装は校則違反だな」
先生は忍の言葉を最後まで聴かずに、厳しく言った。
「学期中に寮から外出する時は制服だと、校則に書いてあるはずだが。読んでいないのか」
「申し訳ありません」
忍は下を向いた。それについては、申し開きできない。
先生は忍の肩をぐいと押した。
「私も戻るところだ。寮まで送ろう」
メガネ越しの目が、ジロリと忍をにらむ。
「寮へ戻らず、どこかへ遊びに行かないようにな」
「そんなことしません」
思わず、忍は先生の顔を見上げ、強く言った。自分が今いたいのは、百花園で。先生の傍なのだ。
他のところになんて。行きたくない。
先生は驚いたように忍を見て。それから、ぱっと手を離した。
「では、急ぎなさい。電車が来てしまう」
そう言って。速足で、前を歩き出す。忍は慌てて、その後を追った。