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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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2 百花園の三魔女 -4-

 ところで。私がこの学校に在籍しているのには理由がある。

 花の十代を、女ばかりでこの狭い天地に閉じ込められる。そんな境遇を、私は自ら選択した。理由はシンプルだ。あの、男子などという、愚劣な生物と同じ空間で過ごすのが、我慢ならなかったのである。

 頭が悪くて粗暴でウルサイ。声は大きいし動作は繊細さに欠け、下品で他人をからかうことが面白い遊びだと勘違いしている知能の低い輩。小学校の六年間で、彼らの存在にはほとほと嫌気がさした。


 そして、私は見つけたのである。女子ばかりで六年間を過ごせる場所。通学途中で、見知らぬ男どもと遭遇する惧れもない。職員も九十五パーセントが女性という素晴らしい理想郷。その場所こそが、この百花園女学院なのだ。


 なのだ、が。

 天然自然の理に従って、この場所からも完全に男という生き物を追い出すことは出来ない。生徒を盗撮するという言語道断な真似をしていたあの用務員もそうだった。

 九十五パーセントが女性ということは、裏を返せば。五パーセントは男がまぎれこんでいるということである。


「雪ノ下千草。君が最後か。浦上は君にちゃんと伝言をしなかったのか」

 生徒指導担当を務める、この教師もそうなのだった。

 十津見恭祐。三十歳、独身。女子校で独身の男教師なんて、モテて当然の存在だが。それにも関わらずまったく人気がないという、稀有な個性の持ち主である。

 フレームレスの眼鏡の向こうの爬虫類めいた顔が、冷たく私を見下ろす。薄い唇の間からは二つに分かれた細い舌がのぞきそうだ。イヤなヤツ。それに尽きる。


「お待たせしたようで申し訳ありません。十分後と聞いたのですが、間違っておりましたか」

 私は優雅に微笑んで、壁の時計に目をやる。

「まだ、三分あるようですけれど」

 この教師には、言われるままになっていてはならない。生徒に難癖をつけるのが趣味のこの男には、言うべきことは言わないと。

 放っておくと、とんでもない校則違反をしたことにされたりして、勝手に不良生徒に仕立て上げられたりしてしまう。そんな羽目になるのは御免だ。


 十津見は、不服そうに眉間にしわを寄せたが、何も言わなかった。言えるはずがない。こっちは時間前に来てるのだから。

「生徒指導室に移動する」

 十津見は先に立って歩き出した。今の一幕は、私の勝ちだな。


 校舎の中も、外と同じく静まり返っていた。

 おしゃべりはしない。百花園では、廊下でのおしゃべりは厳禁だ。女子校ゆえ、自由にしゃべらせていたらそこら中とんでもない騒ぎになることはまあ、目に見えているので妥当な措置と言えるだろう。

 もちろん、寮長を務めるほどの六年生だから、私を含めてだれ一人、禁を破ろうとするものもいない。十津見の後を、粛々とついて行く。

 後ろからでも、ワイシャツがよれよれで、襟の辺りが黒くなっているのが分かった。汚いな。いくら独身でも、もう少しキチンとできないのか。ズボンのポケットのボタンも取れそうになってるし。だらしない。 


 ちなみに、重箱の隅をつつくように生徒の粗さがしをし、しかもしつこくそれを責め、仮借のない対応を取り。生徒を見る目は、常にゴミを見るようなこの教師は、ゴキブリのごとく皆から忌み嫌われている。

 社会科の吉住先生などは、四十代妻子持ちなのにいつもファンに取り囲まれていることを思うと、人徳って大切だ。


 そんなことを考えている内に、一階の突き当りにある生徒指導室に着く。

 十津見がポケットから鍵を出し、がちゃがちゃと回した。蛍光灯の灯りがつく。暗闇の中、その光は何だか頼りなく見えた。

 戸が開けられ、「入れ」と低い声が言った。そんな、脅すように言わなくても。まるで牢に入れられる囚人にかける声だ。


 席順は決まっていて、窓側から桜、藤、楓、柊と座るのが伝統である。ということで、私は一番窓側の席に腰を下ろす。

 十津見は私たちに立ったまま向かい合う。ただでさえ背が高いんだから、座ってくれればいいのに。そんな威圧効果いらないし。

「既に新聞やニュースで目にしていることと思うが」

 重い声が言った。

「一年竹組、楓葉寮の小林夏希が一昨日、死亡した」


 その言葉に私はギョッとする。一年竹組。それは妹の忍のクラスだ。

 そうでなくても、一年生なんてこの前まで小学生だった、子供ばかりなのに。そんな子が、死んだ?


 しかし、それだけでは済まなかった。

 十津見の次の言葉は、落雷のように私に衝撃を与えた。


「白昼、繁華街の人混みの中で何者かに背中から刺された。これは我が校始まって以来の不祥事だ」


 刺された? 後ろから? それは……殺されたっていうこと?

 いったい誰に。何があったの?


 動揺する半面、冷静な自分もいて。

 そうか。撫子がほのめかしていたのは、このことか。そう、考えている。 

 確かに大事件だ。こんなことを知らなかったとは。人生の一大事に忙しかったとはいえ、私も抜けている。

 ボケボケの小百合を笑えない。そう思って、ギュッと唇をかみしめた。


「あの」

 それでも。十津見の言い方が気に障って、私はつい声を上げる。

「小林さんは被害者では。哀しい事件でありますが、不祥事という言い方はどうでしょうか、先生」


 十津見は嗤った。こんな場面で嗤うから、厭なヤツだと言われるのだ。

「雪ノ下千草。君は人の話を聞くということが出来ないのか。最上級生で寮長たる君がそれでは、桜花寮の程度が疑われる」

 アンタが教師でいる時点で、うちの学校の程度が疑われると思いますが。


「その理由については今、話そうとしていたところだ。静かに聞きなさい。明日、警察が報道関係に発表することになっているから、それまでは内密にしておいてもらいたいのだが」

 また少し間。

「小林千夏の持ち物から、合成カンナビノイドを含む薬物が発見されたそうだ」


 合成……何? 私は、他の三人の顔を盗み見る。良かった。他の子たちも、意味が分かっていないようだ。

 表情でそれが分かったのか、十津見は不愉快そうに顔をしかめ。

「そんなことも知らないのか。吉住先生は社会問題に興味を持つよう君たちに言わないのか、平岡玲奈」

 藤花寮の寮長をにらむ。彼女は一年の時から有名な吉住先生の追っかけである。大好きな先生をこき下ろされて、悔しそうなのが表情に出ていた。


 それを冷たく眺めてから、十津見はまた口を開いた。

「一般に危険ドラッグといわれるものの、主要な有効成分だ。マリファナに類似の反応を人体に起こす。どうやら小林夏希は常習者だったと思われるということだ。分かるか、こともあろうに我が校の生徒に薬物の常習者がいたんだ」

 低い声が、ますます冷たくなる。

「楓葉寮の風紀はどうなっているのか、明日、校長と理事長の前でじっくりと聞かせてもらうぞ、狭山里香」

 楓葉寮の寮長が肩を縮める。


 そこへ。

 今までにも増して、雷のような十津見の声が響き渡る。

「君たちの帰寮と同時に、各寮監による一斉かつ抜き打ちの、全員の荷物検査を行う。疑わしきものはすべて没収とする。君たちは寮生を食堂に集め、検査が終わるまで監視するように。なお、余計な情報を洩らすこと、寮生に温情をかけることは職務怠慢とみなし、厳罰をもって処する。分かったら、すぐに帰寮するように。これは由々しき問題なのだからな」

 私は。十津見の厳しい顔から、周りの三人に視線を移す。どの顔も青ざめて、色が白い。


 こんな事件が起きていたなんて。

 婚約だなんて、くだらないことで大騒ぎして。浮き足立っていた自分が、バカみたいに思えて悔しい。


 そして。

 妹は、この事件を知っているのだろうかと思った。クラスメートの死を、あの子はどう思っているのだろう。

 まだ幼いあの子が、どれだけショックを受けたかと思うと、私の胸は痛んだ。



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