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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
108/211

5 呼び出し -5-

「半分あげる」

 彩名はそう言って、目の前のスイーツを手に取った。

「え。いいよ、いらない」

 忍は慌てた。もらえない。もらったら、その代償に何を要求されるか分からない。


「なんで」

 彩名は忍をにらみつける。

「あの。今、おなかすいてないし」

 忍は下を向く。それは嘘じゃない。こんな臭いの中で、物なんか食べたくない。


「感じ悪い。人の好意は受けるものだよ」

 彩名はそう言って、無理やり忍のトレイにスイーツの半分を押し付けた。

 口紅を塗った口が大きく開いて、肉食獣のような白い大きな歯が、残りの半分を咀嚼する。

「あの」

 忍は小さな声で言った。

「彩名ちゃん。今日は、何の用」

「別に」

 彩名は嗤った。

「呼んだだけー。本当に来るとは、思わなかったけど。今度から、用事ある時は呼ぶねえ」


 そんなの、困る。そう言いたいのに、言えない。

 交通費だって、かかるのに。ここまで来ると、それだけでお小遣いがずいぶんなくなってしまう。

 そう言いたいのに。


「タケヒロ、覚えてる?」

 急に彩名が言った。

 忍は顔を上げる。それはあの、彩名の家にいた、怖い男の人。忘れたくても、忘れられない。

 忍がうなずくのを見て、彩名は満足そうに言った。

「私。最近、タケヒロと付き合ってるんだー」


 忍は。目を丸くした。

「でも」

 言いかけて、言葉を止める。


 それを、彩名は聞き咎めた。

「でも。何? なんか、言いたいことあるの?」

「別に」

 下を向く。彩名はますます、凶暴な表情になる。

「ハッキリ言いなよ。気持ち悪いな」


 でも、あの人は。彩名ちゃんのママの友達だって、言っていたのに。

 その言葉を、口に出せなくて。


「あの。あの人、大人なのに」

 それだけ、言った。


「そんなの。年の差なんて関係ないわよ」

 彩名はツン、とあごをそらす。

「男なんか、若い方が好きなんだから。寝ちゃえば、そんなの関係ないって、タケヒロも言ってた」

 得意げに言う彩名の言葉を聞いていられなくて。忍は更に下を向く。


 彩名ちゃんのパパとママは、ずっと前に離婚している。

 彩名ちゃんのママは。仕事をしていて、若くてキレイだ。

 だから。

 あの人は、彩名ちゃんのママの恋人なのかな、って。

 忍はそう思っていたのだけれど。


「そういえばさ」

 思いついたように、彩名は言った。

「タケヒロの友達も、JCと付き合いたいんだって。アンタ、女ばっかりの学校で男に飢えてんでしょ。今度デートしてやってよ」


 忍は、大慌てで首を横に振った。

「何でよ」

 彩名はまた、不機嫌な声になる。

「ご飯とか、ケーキとかおごってもらえるし、好きなもの買ってもらえるんだよ? 彼氏とかだっていないでしょ。いるわけないよね、女子校だもん。アンタ地味だし」


「あの。校則で、男の子と付き合っちゃいけないの」

 あわてて言う。

「バカじゃないの」

 彩名は呆れたように言った。

「そんな校則、守るヤツいるの」


 確かに。

 寮のお姉さまたちの話を聞くと、彼氏がいる人もいるらしい。

 学校側に届け出していたり、内緒だったりいろいろのようだけど。内緒の方が多いみたいだけれど。


「とにかく。私が呼んだら、来なよ。命令だからね」

 彩名は言う。

「それとも、今、呼ぶ? タケヒロのトモダチ」


 それは困る。

 あんな怖い人の友達と、忍は付き合いたくなんかない。会いたくもない。

 校則を破ったりしたくない。十津見先生をガッカリさせたくない。


「あの。私、もう帰らなきゃ」

 急いでドリンクを飲んで、立ち上がった。

「もう? 今、来たばっかりじゃない」

 彩名が唇を尖らせる。

「七時には、制服を着て寮の食堂に座ってなきゃいけないから。一年は、給仕の手伝いをしなきゃいけないの」

 まだ残っているドリンクをそのままに。トレイを持って立ち上がる。


「あ、ちょっと。待ちなさいよ! アンタ、そんな態度して、どうなると思ってんの?!」

 その声を背中に。急いでドリンクの入れ物とトレイを片付けて、忍はショップを飛び出した。



 彩名から逃げようと。人目もはばからず、駅に向かって走った。

 息が切れてくる。それでも、追われているという恐怖で懸命に走る。


 来なければ良かった、来なければ良かった、来なければ良かった。

 頭には、その言葉しかない。


 どうして来てしまったんだろう。

 どうして自分は、こんなに弱いんだろう。

 どうして。どうして。どうして……。


 視界が。ぐるぐると回った。


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