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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
107/211

5 呼び出し -4-

 寮に帰って忍は、お芝居の台本を読み直した。

 間島さんの言うように、確かにセリフは覚えているけれど。ただ覚えているのと、自分がやるのとでは全然違う。


「見直さなくても、覚えてるんでしょ?」

 と、ひかりちゃんは言うけれど。目を通さないと、落ち着いていられない。

「間島、書き直すって言ってたじゃない」

 そうなんだけれど。やっぱり、読まないと落ち着けないのだった。大それたことを引き受けちゃったかなあ、と思ったりもする。


 昼食の後も台本を読んでいると、スマホが鳴った。また、間島さんだろうか。そう思って画面を見ると。

 彩名だった。

 

 血の気が引く。小学校の時のLINE。もう、使うこともないのだから、削除してしまえば良かった。

 後悔したけれど、もう遅い。既読がついてしまった。

 吹き出しの中に、短い文字。

『忍。ちょっと来て』


 すぐに次のメッセージが来る。

『見てるよね。来てよ』

 また次。

『来なかったら。分かるよね』

 次のメッセージでは、待ち合わせの時間と場所。

 家からそんなに遠くない、駅前のハンバーガーショップだった。


「忍?」

 立ち上がった忍を見て。ひかりちゃんが訝しそうに言う。

「ちょっと、出かけてくる」

 忍は。何とか笑顔を作ってそう言う。

「どこへ」

「小学校の時の……」

 友達、という言葉が。うまく言えなくて、消える。


「大丈夫?」

 ひかりちゃんは、首をひねる。

「小学校って、家の近くでしょ? 忍の家、ここから二時間くらいかかるんじゃないの。もう午後だよ」

「大丈夫。急いで行って帰ってくれば、門限には間に合うから」

 堪えながら。大丈夫じゃなければいいのに。間に合わなければ、それを口実に断れるのに。そう思っている。

 だけど今すぐ寮を出れば、一時間くらいは彩名と話せる時間が出来てしまう。


「そんな急用なの?」

 ひかりちゃんが聞く。

 忍は、ただ首を横に振る。分からない。彩名は何も書いてない。けれど。

 また着信音が鳴る。

『ちょっと。見てるんでしょ。返事しなよ』

 その命令に、忍は逆らえない。


 止めてくれるひかりちゃんの言葉に逆らって。

 忍は、LINEで『行く』と返事をし。外出したくないのに、寮を出た。

 どうして自分がそんなことをしているのか、分からないままで。



 駅のトイレで、こっそり私服に着替える。校則では、外出の時も制服を着ていなくてはいけないのだけれど。制服であまりウロウロしない方がいい、外に出たら着替えた方がいい、というのはお姉ちゃんに教えてもらった。

 百花園の制服で外出していると、『好ましくないことをしている』と学校に通報する人や、写真を勝手に撮ったりする人がいるんだという。

 持ってきたのは、モスグリーンのカットソーとジーンズ。狭いところでジーンズを履くのは大変だった。スカートにしておけば良かったと思った。


 小学校の最寄駅まで、電車で二時間。

 イヤだ。もし、途中でママに会ってしまったりしたらどうしよう。ママは、自分が寮で安全にしていると思ってる。小林さんが殺されたのに、こんなところをフラフラしているなんて思っていない。

『その点だけは、全寮制の学校で良かったわ』

 なんてメールで言っていた。


 だから。外出なんかしているのを知ったら、また百花園をやめろ、って言いだすかもしれない。

 それが分かっているのに。

 どうして、断れないんだろう。

 どうして、こんなところに来てしまったんだろう。

 見慣れた駅前のロータリーを見渡して、忍はますます気が重くなる。


 ハンバーガーショップに入る。食欲がないので、ドリンクだけ頼んだ。

 席を探すと、彩名が先に来ていて、ドリンクとスイーツの載ったトレイを前にして座っていた。

「ホントに来たんだ」

 彩名は薄笑いした。

「遠くの学校なのに。なんだ、これならいつでも会えるんじゃん」


 それを聞いた瞬間。

 断れば良かったんだ、と強く思った。

 学校が遠いから。門限に間に合わないから。そう、強く言えば良かったのに。

 

 下を向いた途端、強い腐臭がした。

 小林さんや、穂乃花お姉さま。あの人たちと同じ、イヤな臭いが目の前の少女からしていた。



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