5 呼び出し -4-
寮に帰って忍は、お芝居の台本を読み直した。
間島さんの言うように、確かにセリフは覚えているけれど。ただ覚えているのと、自分がやるのとでは全然違う。
「見直さなくても、覚えてるんでしょ?」
と、ひかりちゃんは言うけれど。目を通さないと、落ち着いていられない。
「間島、書き直すって言ってたじゃない」
そうなんだけれど。やっぱり、読まないと落ち着けないのだった。大それたことを引き受けちゃったかなあ、と思ったりもする。
昼食の後も台本を読んでいると、スマホが鳴った。また、間島さんだろうか。そう思って画面を見ると。
彩名だった。
血の気が引く。小学校の時のLINE。もう、使うこともないのだから、削除してしまえば良かった。
後悔したけれど、もう遅い。既読がついてしまった。
吹き出しの中に、短い文字。
『忍。ちょっと来て』
すぐに次のメッセージが来る。
『見てるよね。来てよ』
また次。
『来なかったら。分かるよね』
次のメッセージでは、待ち合わせの時間と場所。
家からそんなに遠くない、駅前のハンバーガーショップだった。
「忍?」
立ち上がった忍を見て。ひかりちゃんが訝しそうに言う。
「ちょっと、出かけてくる」
忍は。何とか笑顔を作ってそう言う。
「どこへ」
「小学校の時の……」
友達、という言葉が。うまく言えなくて、消える。
「大丈夫?」
ひかりちゃんは、首をひねる。
「小学校って、家の近くでしょ? 忍の家、ここから二時間くらいかかるんじゃないの。もう午後だよ」
「大丈夫。急いで行って帰ってくれば、門限には間に合うから」
堪えながら。大丈夫じゃなければいいのに。間に合わなければ、それを口実に断れるのに。そう思っている。
だけど今すぐ寮を出れば、一時間くらいは彩名と話せる時間が出来てしまう。
「そんな急用なの?」
ひかりちゃんが聞く。
忍は、ただ首を横に振る。分からない。彩名は何も書いてない。けれど。
また着信音が鳴る。
『ちょっと。見てるんでしょ。返事しなよ』
その命令に、忍は逆らえない。
止めてくれるひかりちゃんの言葉に逆らって。
忍は、LINEで『行く』と返事をし。外出したくないのに、寮を出た。
どうして自分がそんなことをしているのか、分からないままで。
駅のトイレで、こっそり私服に着替える。校則では、外出の時も制服を着ていなくてはいけないのだけれど。制服であまりウロウロしない方がいい、外に出たら着替えた方がいい、というのはお姉ちゃんに教えてもらった。
百花園の制服で外出していると、『好ましくないことをしている』と学校に通報する人や、写真を勝手に撮ったりする人がいるんだという。
持ってきたのは、モスグリーンのカットソーとジーンズ。狭いところでジーンズを履くのは大変だった。スカートにしておけば良かったと思った。
小学校の最寄駅まで、電車で二時間。
イヤだ。もし、途中でママに会ってしまったりしたらどうしよう。ママは、自分が寮で安全にしていると思ってる。小林さんが殺されたのに、こんなところをフラフラしているなんて思っていない。
『その点だけは、全寮制の学校で良かったわ』
なんてメールで言っていた。
だから。外出なんかしているのを知ったら、また百花園をやめろ、って言いだすかもしれない。
それが分かっているのに。
どうして、断れないんだろう。
どうして、こんなところに来てしまったんだろう。
見慣れた駅前のロータリーを見渡して、忍はますます気が重くなる。
ハンバーガーショップに入る。食欲がないので、ドリンクだけ頼んだ。
席を探すと、彩名が先に来ていて、ドリンクとスイーツの載ったトレイを前にして座っていた。
「ホントに来たんだ」
彩名は薄笑いした。
「遠くの学校なのに。なんだ、これならいつでも会えるんじゃん」
それを聞いた瞬間。
断れば良かったんだ、と強く思った。
学校が遠いから。門限に間に合わないから。そう、強く言えば良かったのに。
下を向いた途端、強い腐臭がした。
小林さんや、穂乃花お姉さま。あの人たちと同じ、イヤな臭いが目の前の少女からしていた。




