5 呼び出し -3-
「だけど、遠山の言うことも一理ある」
間島さんは言った。
「悪いけれど、受けてもらえるならサロメは徹底的に悪役にする。事情が事情だからね。ヨハネは小林の暗喩となるから、何の罪もなく殺されなくてはならない。ヨハネを殺すサロメは、現実の殺人犯の投影にしないといけない」
現実の殺人犯。
その言葉は。忍の胸に突き刺さる。
同じ教室で学んでいた小林さんの命を。その手で断った人が、現実に存在する。
「だから。サロメの役は、観客にかなりひどい印象を与えることになるよ。そうでないと困るし。もちろん、クラスのためにやることだから、そのせいでイジメなどクラス委員の名に懸けて許さない。私の目の届く限り、この件が原因で孤立しないように協力する。それは約束する。でも、六年間ずっと同じクラスになれる保証はない」
顔を上げると。自分を見ている間島さんと、目が合った。
ああ。この人は、まっすぐな人なんだな。そう直感した。
忍は。目をつぶる。大きく息をつく。
金曜日、この場所で感じた世界の息吹。
先生に言われた言葉を思い出す。
忍に出来ること。
あの黒いものを容認するのか、しないのか。
容認は、したくない。でも、自分に何が出来るのか分からない。
これが、そのことにつながるはずもない。
けれど。
「やる」
忍は言った。
「やってみる」
「忍?!」
「雪ノ下。本当にいいのか?」
目の前の二人が。驚いたように忍を見る。
「うん」
忍はうなずいた。
「自分に出来ること、やってみたい。それに」
少し赤くなる。
「間島さんの言うみたいに、大きな声出せるようになりたいかもしれない」
「忍。ホントに大丈夫?」
ひかりちゃんが心配そうに言う。
「ウン。頑張ってみる」
それに。忍は笑って、うなずいた。
「何か、イメージふくらんできたな」
間島さんが呟いた。
「雪ノ下、少しセリフ変えてもいいかな? いいよね、記憶力良さそうだから。大丈夫、ダンスシーンはカットだし、全体の出番は減るから! 君のイメージで書き直す。明日には間に合わせる!」
それじゃ、と言って。
間島さんは、あっという間に身を翻し、桜花寮の方向へ走り去ってしまった。
残された忍とひかりちゃんは。顔を見合わせる。
「なあに、アイツ。演劇のことになると人が変わる、っていう噂だったけど、ホントなんだ」
「面白いね」
忍も言った。
「優等生なイメージしかなかったけど。いろんな面があるんだね」
それから二人は。笑いあう。
「私も協力するから。頑張れ、忍」
「ありがとう」
忍は言った。
ちょっとだけ。ひかりちゃんの隣りにいる自分を、許すことが出来るような気がした。




