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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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4 自分で決めろ -5-

「先生」

 すがろうとして、口にしかけた言葉を。冷たいまなざしと声が遮る。

「どう進むかは君が決めるべきことだ。私の考えに左右される必要はない。こちらも、君が協力できないというなら他の方法を考えるまでのことだ」

 もたれかかるな、というハッキリした拒絶。


 それが。

「私が、決めること……ですか」

 その言葉を浮き立たせた。

「当然だろう。君の生き方だ、他に誰が決める?」

 先生は当たり前のように言うけれど。忍はそんなこと、今まで考えたことがなかった。


 ママやパパ。

 周りの大人たち。

 友達の目。

 そんなモノばかりがいつも、気になって。


 百花園にはママの反対を押し切って、やって来たけれど。

 それだって、お姉ちゃんが引っ張ってくれなければ自分だけでは出来なかった。


 けれど。そうじゃないのか?

 他の人の運命を決めるような、そんな大切なこと。自分が決めてしまってもいいのか?

 いや。自分で、決めなくてはいけないのか?


 誰かに頼るのではなく。

 誰かの判断にもたれかかるのではなく。

 忍が、忍だけの考えで。


『自分の感覚を信じなさい』

 お祖母ちゃんの言葉がよみがえる。

『自分をいつも研ぎ澄まし、自分をしっかりと保つこと。それが何よりも肝心なんだよ』


 それは何て、厳しくて難しくて。

 それでいて、自由な言葉なんだろう。


「あの」

 忍は小さな声で言った。

「少し、考えさせてもらえますか」


「好きにしたまえ」

 先生は冷たい声のまま言う。

「協力する気になったら、いつでも来なさい」


 忍はうなずいた。

「気持ちが決まったら、お話にうかがいます」

 先生は出て行くように、と手を振る。

 それでも。また来いと言ってくれたことが、忍の胸に温かく響いた。



 昇降口を出て、外に出る。中庭には、今日も人影がない。用事のある人はもう出かけてしまったし、寮に戻る人はもう自分の部屋でのんびりしているのだろう。

 忍はゆっくりと深呼吸する。目を閉じて、自分の周りを吹く風を感じ、それに意識を委ねる。

 

 風は校舎の壁に当たり、中庭でくるくると巻いている。

 色を変え始めた梢をそよがせ、ガラス窓を震わせ、花壇の花を揺する。

 この時間の風は、海の潮を含んで少し湿っている。

 秋の空は高く、見えるのは糸のような細い雲。


 十津見先生の研究室で前に見せてもらった、雲の写真集を思い出す。

 上層雲は、巻層雲、巻積雲、巻雲。一番高いところにある巻雲は、高度五千メートル以上。


 はるか高みを、地面の上から仰ぎ見る。

 靴の下には煉瓦の敷石。日光に照らされて、暖かい。


 夏に比べて少しずつ短くなっている日の光は、斜めに忍を照らし出す。西に向いた体の半分だけが熱い。

 花の香りは慎ましやかだ。春のように、全ての植物が競い合うように生のエネルギーを放出しはしない。

 もうしばらくすれば、キンモクセイが華やかな季節の最後を飾るため、辺りに芳香を漂わせるだろう。


 自分の心臓の鼓動、血液の流れを感じる。

 閉じた瞼を通して、陽の光を感じる。

 自分は生きていて、ここにいる。そのことを強く思う。


 この世界に満ちる全ての息吹を。コップに水を注ぐように、自分という器に流し込んで、満たしていく。

 それだけで、中に淀んでいた暗い思いや後ろ向きな劣等感は押し流されて。

 この瞬間、忍は違うモノになる。

 この広い世界とつながりあう、何かになる。


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