4 自分で決めろ -5-
「先生」
すがろうとして、口にしかけた言葉を。冷たいまなざしと声が遮る。
「どう進むかは君が決めるべきことだ。私の考えに左右される必要はない。こちらも、君が協力できないというなら他の方法を考えるまでのことだ」
もたれかかるな、というハッキリした拒絶。
それが。
「私が、決めること……ですか」
その言葉を浮き立たせた。
「当然だろう。君の生き方だ、他に誰が決める?」
先生は当たり前のように言うけれど。忍はそんなこと、今まで考えたことがなかった。
ママやパパ。
周りの大人たち。
友達の目。
そんなモノばかりがいつも、気になって。
百花園にはママの反対を押し切って、やって来たけれど。
それだって、お姉ちゃんが引っ張ってくれなければ自分だけでは出来なかった。
けれど。そうじゃないのか?
他の人の運命を決めるような、そんな大切なこと。自分が決めてしまってもいいのか?
いや。自分で、決めなくてはいけないのか?
誰かに頼るのではなく。
誰かの判断にもたれかかるのではなく。
忍が、忍だけの考えで。
『自分の感覚を信じなさい』
お祖母ちゃんの言葉がよみがえる。
『自分をいつも研ぎ澄まし、自分をしっかりと保つこと。それが何よりも肝心なんだよ』
それは何て、厳しくて難しくて。
それでいて、自由な言葉なんだろう。
「あの」
忍は小さな声で言った。
「少し、考えさせてもらえますか」
「好きにしたまえ」
先生は冷たい声のまま言う。
「協力する気になったら、いつでも来なさい」
忍はうなずいた。
「気持ちが決まったら、お話にうかがいます」
先生は出て行くように、と手を振る。
それでも。また来いと言ってくれたことが、忍の胸に温かく響いた。
昇降口を出て、外に出る。中庭には、今日も人影がない。用事のある人はもう出かけてしまったし、寮に戻る人はもう自分の部屋でのんびりしているのだろう。
忍はゆっくりと深呼吸する。目を閉じて、自分の周りを吹く風を感じ、それに意識を委ねる。
風は校舎の壁に当たり、中庭でくるくると巻いている。
色を変え始めた梢をそよがせ、ガラス窓を震わせ、花壇の花を揺する。
この時間の風は、海の潮を含んで少し湿っている。
秋の空は高く、見えるのは糸のような細い雲。
十津見先生の研究室で前に見せてもらった、雲の写真集を思い出す。
上層雲は、巻層雲、巻積雲、巻雲。一番高いところにある巻雲は、高度五千メートル以上。
はるか高みを、地面の上から仰ぎ見る。
靴の下には煉瓦の敷石。日光に照らされて、暖かい。
夏に比べて少しずつ短くなっている日の光は、斜めに忍を照らし出す。西に向いた体の半分だけが熱い。
花の香りは慎ましやかだ。春のように、全ての植物が競い合うように生のエネルギーを放出しはしない。
もうしばらくすれば、キンモクセイが華やかな季節の最後を飾るため、辺りに芳香を漂わせるだろう。
自分の心臓の鼓動、血液の流れを感じる。
閉じた瞼を通して、陽の光を感じる。
自分は生きていて、ここにいる。そのことを強く思う。
この世界に満ちる全ての息吹を。コップに水を注ぐように、自分という器に流し込んで、満たしていく。
それだけで、中に淀んでいた暗い思いや後ろ向きな劣等感は押し流されて。
この瞬間、忍は違うモノになる。
この広い世界とつながりあう、何かになる。