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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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4 自分で決めろ -3-

 忍は唇を噛む。両手を煉瓦に着けて、這いつくばって。地べたから、お姉さまを見上げる。メガネをかけた相手の青白い顔が、せせら笑うように彼女を見下ろしている。

「お姉さま、あの」

 喉から絞り出すように、声を出す。謝らなければ。謝って許してもらわないと。

 

 ああ、でも。

 穂乃花お姉さまの言葉が、頭をグルグル回る。

 自分がしたことは、確かに不作法だったけど、でも。

「本当に許されないことは、別にあると思います」

 気付いたら。そんな言葉が口から滑り出ていた。


 お姉さまの目が、眼鏡の後ろで丸くなる。

 すぐに、それが吊り上がって。攻撃的な表情になった。

「何、それ。何言ってるの、あなた」


 何を言ってるんだろう。

 本当だ。自分でもそう思った。

 だが。正しいことを言ったはずだという、その確信は胸の中で揺るがなかった。


「許してはならないことは、他にあるんです。そうでしょう」

 衝動のままに、忍はそう続けていた。


 穂乃花お姉さまの青白い顔が、更に白くなった。

「それ。どういう意味よ。言ってみなさいよ」

 声が高くなる。

「ねえ、ちょっと! あなた、何を知ってるのよ。私を脅そうって言うの」


「何も、知りません」

 そうなのだ。自分はいつも、何も知らない。ただ、『分かる』だけ。

「でも、お姉さまは、今。良くないモノに、囚われている」

 続く声に、お姉さまの顔が歪んだ。腐臭がとても強くなる。


 鬼のような顔がこちらを見下ろし。ローファーの爪先が、地に手を突いたままの腕を蹴りつけた。

 激しい痛みに、四つん這いの姿勢を保てなくなる。骨が折れたか、ひびが入ったかもしれない。痛くて痛くてたまらない。

 呻きながら、蹴られた場所を反対の手で押さえる。


 それへ。更に足先が飛んだ。

「何よ! あなたに何が分かるって言うのよ! あやまりなさいよ、あやまれ!」

 痛い。痛い痛い痛い。

「不作法をして……申し訳ありませんでした……」

 息も絶え絶えに。地面に口を付けんばかりにして、そう言う。


 それなのに、黙っていられなくて。

 黙っていればいいと分かっているのに、どうしても言わなくてはという衝動に駆られて。

 忍は顔を上げようとする。

「今のままじゃ、ダメです。それはお姉さまを滅ぼします」

「ウルサイっ」

 切り裂くような怒鳴り声。

 頭に、強い衝撃があった。横向けに倒れる。頭を蹴られた。

「あなたなんか。あなたなんか、死んじゃえ」

 

 ああ。それは呪いの言葉だから。そういうことは、軽々しく口に出してはならないのに。

 ぼんやりと考える。痛みで意識が曖昧になり。状況が把握できなくなる。



 日陰の湿った煉瓦の上に、いつまでそうしていたのか。

「忍さん。忍さん?」

 誰かの手が、肩を揺すっているのに気付いて目を開けた。柊実寮の、五年生のお姉さまたちが心配そうにのぞきこんでいる。

 穂乃花お姉さまの姿は消えていた。

「どうしたの、こんなところで」

「大丈夫? 泥がついてるじゃない。気分でも悪いの?」

 口々にそう言って、助け起こしてくれる。


「大丈夫です」

 忍は小さく言った。蹴られたところはまだ痛む。それでも、意識は、はっきりしていた。

「あの、私。転んでしまって、痛くて」

 この場を誤魔化そうと。そんな風に言う。


 お姉さまたちは互いに顔を見かわした。

「走っていく子の後ろ姿を見たけど」

 ひとりのお姉さまが。確認するように問いかける。忍は黙って、首を横に振った。告げ口するのは躊躇われる。


 お姉さまたちは困った顔をした。

「忍さん。困った時は、私たちを頼りなさいね」

「そうよ。同じ寮の仲間は、姉妹なんだから」

 励ますようにそう言ってくれる。


「ありがとうございます」

 忍はそう言って立ち上がったが。

 相手の好意を信じていいのか。何と返事をするのが正解なのか。分からない。

 だから。


「本当に大丈夫ですから。ありがとうございました」

 そう言って。そそくさと寮に向かって駆け出した。

 あちこち痛くて、泣き出しそうだったけれど。


 それよりも、上手く気持ちを伝えられない自分が。

 何をすれば良いのかも分からない、不器用な自分が。

 情けなくて、たまらなかった。


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