2 百花園の三魔女 -3-
「けど、よく親が許してくれたなー」
「本当」
ニヤニヤ笑う魔女ども。
「もちろん、大変だったわよ」
私は言う。というか、まだ母は納得していないし。しかし、腹が立つからコイツらにはそれは伏せておく。
「それで、その後、その人とは会ったんですの?」
「そうだよなあ。次の日会ったら、昨日のは冗談でしたとか言われなかったか?」
「失礼な。克己さんはそんな人じゃないわよ」
私は抗議する。
「ちゃんと、昨日も会って一緒に食事をしました。さっきも、寮に着きましたってメールしたし」
「うっわー。千草がラブラブファイヤー状態になってる」
小百合が目を丸くした。
「まあ、さすが千草さん。その短時間にも、お相手の連絡先は押さえてあるんですのね」
撫子も小百合に倣う。目を付けるポイントが違うが。
にしても、それくらい当然のことだろう。携帯の番号、メルアド、PCのメルアド、事務所の電話番号、実家の電話番号と父君の事務所の番号まで聞き出し済みである。もちろん、私の方も携帯番号とメルアド、家の番号は教えてあるが。
「カツミさんだって。そんな人じゃないわだって。うっわー、誰この女、こんなの千草じゃない」
奇声を上げる小百合。ウルサイな! コイツごときにからかわれるとは、結構屈辱ものではないだろうか。
「けど」
撫子が呟くように言った。その言い方が、何だか気になった。
「どうしたの、撫子」
尋ねると、撫子は長い髪を揺すって、首を横に振った。
「いいえ。きっとまだ知らないんだろうな、って思って。大丈夫よ、すぐに分かるから」
聖母のような微笑みを浮かべる。この女、また。何かネタをつかんでいて、それをひとりで楽しんでいるな。
「何なの。言っちゃいなさいよ。すぐに分かるなら、今あなたが話しても同じじゃない?」
撫子はウフフ、と笑う。
「そうなんだけど。私、千草さんの驚いた顔が見たいんだもの」
ダメだ。話にならない。
私は小百合の方を向いた。
「この子、何言ってるの? 小百合は知ってる?」
「いや、全然」
小百合はあっさり言った。
「いつもの、撫子の知ったかぶりじゃないの?」
うん。小百合に聞いた私がバカだった。そんなわけはない。この女がこういう言い方をする時は、そんなわけがないのだ。
「撫子さん?」
私は極上の笑顔を作り。撫子を本気で問い詰めようとしたその時。
鋭く、三回。ドアをノックする音がした。
「あの。千草お姉さまは、ご在室ですか?」
緊張した、高い声。四年生の浦上薫だ。
私は仕方なく、立ち上がってドアを開けた。
薫は真面目ないい子である。無駄に廊下で待たすのも忍びない。撫子の口から情報を引き出すなど、一分や二分で出来ることではないし。
「薫さん。どうしたの?」
訊ねると。
緊張した面持ちで、彼女は言った。
「あの。緊急寮長会議だそうです。下駄箱前に、十分後に集まるようにとの、十津見先生からの指示です」
「緊急寮長会議?」
私は眉をひそめた。最上級生の一人である私は、現在この桜花寮の寮長を務めている。
「何かしら」
「さあ」
薫は、困ったように言う。まあ、十津見がそんなことをメッセンジャー役の生徒に漏らすわけもないし。
チラリと後ろを見ると、撫子が実に嬉しそうな表情で微笑んでいるのが見えた。
とにかく、時間がないから撫子を問い詰めるのは諦めて、急いで制服に着替える。生徒指導を担当している十津見は小うるさい性格だ。一分でも遅れたら、何を言われるか分かったものではない。
「撫子さん。後でゆっくりお話を伺いますからね」
にらみつけて、部屋を出た。
四つの寮はそれぞれ、学校の敷地の四隅に建てられている。
自寮以外への立ち入りは、原則禁止。学校の校舎は七時で閉めきられ、生徒の立ち入りは出来なくなる。もちろん、それまでに部活は終了し、校外に出ている生徒も寮に戻らなくてはならない。
七時には、寮生全員がそれぞれの寮の食堂で「お夕飯」である。その時間を過ぎた後は、寮外に出ることは許されない。
急ぎ足に寮を出て、校舎に向かう。あちこちにしつらえられた花壇には、まだ夏の花が残っている。
百日草にマリーゴールド、インパチェンスにゼラニウム。先生方ご自慢のつる薔薇が、甘い香りを漂わせている。秋の花も咲き始めている。コスモス、サルビア、クリサンセマム。春もいいけれど、私はこの時期の方が好きだ。秋の風は心地よいし、空気が清澄で落ち着きがある。
だがそんな気分も、昇降口に近付くにつれて吹き飛んだ。
まだ学期は始まっていないから、本来入口は閉まっているはずだ。そこが少し開けられていて、中に人影が見える。
制服を着た三人の女生徒、そして黒いジャケットを羽織った背の高い姿。暗い廊下の中で、その影は黒々として。不吉な怪物のようだった。