つめあと
ある日の帰り道のことです。
私は、初めて人にアッパーカットというものをしてしまったのです。
「……あ」
気付いた時にはそんな声が漏れて、
「……え……?」
アッパーカットをされたあなたは、そう言って真後ろに倒れていきました。
「わあああああああああああああああああああ」
私は大パニック。
「す、すすすすすすみません!!!大丈夫ですか!!」
殴った張本人の私が言うのも変ですが。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
こんなに謝ったのは、今まででそんなにないかもしれない。
「……大丈夫。頭とかは打ってないし……、顎はめちゃくちゃ痛いけど」
「すみません、すみません、すみません……!!」
「それに、なんかめっちゃ謝ってくるし……、どしたの?いきなりだったけど……。誰かにこうしろって脅されでもしたの?」
なんで、どうして、この人はこんなめに遭わされたのに、こんなにも優しいのだろう。
「い、いえ……、私が、自分の意志でしてしまいました……」
「そ、そうなの?」
ちょっと、意外そうにいぶかしむあなた。
「……そっかあ……。なんでこんなことしたの?」
「そ、それは……」
「はあ……、ま、言えないのなら言わなくてもいいけど。これくらいなら、すぐに痛みはひくでしょ」
「本当に、すみません……」
「謝るくらいなら、こんなことしなきゃいいのに」
「返す言葉もございません……」
「もういいよ。ほんと大丈夫そうだから」
「……あ……」
その声は、言葉には、ならなかった。
「じゃあね」
そう言ったあなたは、そのまま私から離れていこうとしました。
違うのです。
悪戯をしたかったとか、嫌がらせをしたかった訳ではないのです。
ただ、私の存在を、忘れてほしくなかったのです。
教室で、一言二言しか話さない私達。
あなたは優しいからなのか、周りの人と仲良くすることが当たり前だと思っているのか、あまり話さなくても、声を掛けてくれました。
そんなあなたは、多くの人から慕われて、人気者。
多くのあなたの周りの人の中に、埋もれて、そして、何の印象も残せず、いつかは忘れられるのだろうと、ふと考えたことがありました。
……そうか、あなたの記憶から、消えてしまうんだ。
そう考えたら、悲しくて、何故か悔しかった。
私は、あなたに何か爪痕を残せば、覚えててもらえるとおもって……。
どうすればあなたに、この先ずっと覚えてもらえるんだろうって、そんなことばかり、考えてて……。
そこに、あなたが現れて。
いつも、誰かといるあなたが、今日は一人で、私の前に現れて。
なにかしなきゃって、躍起になっていたのでしょうか……。
……私は、アッパーカットを……。
そういえば、何故私は、あなたに忘れてほしくなかったのでしょう……?
だって、私はあなたを忘れないだろうから……。
……どうして?私はあなたを忘れないと思ったんだろう……?
あなたが、人気者だったから?存在感があったからでしょうか?
……とにかく、あなたに忘れられたくなかった。
「忘れられたくなかった……!!」
気付いたら、そう、叫んでいた。
「?」
あなたは振り向いて、不思議そうな顔をしていた。
「私は、あなたに忘れられたくなかったんです!覚えててほしい……!この先も……!」
「俺は、君を忘れてなんかないよ。名前だってちゃんと覚えてる」
「あなたは、きっと、忘れちゃいます……!人は大切な思い出だって忘れちゃう生き物なんです!……なんの印象も持たない人のことなんて、きっとすぐに忘れちゃいます!」
「それで印象を残す為に、アッパーカット……か……」
「それは、本当にごめんなさい!ほかに方法があったはずなのに……」
そう言いながら私は、俯いた。
すると、クツクツと笑い声が聞こえてきたかとおもうと、
「……あははははっ」
あなたのいつもの、楽しそうな、笑い声がした。
「顔あげて」
あなたが言う。
顔をあげると、優しく微笑むあなたがいた。
「面白い子だなあ。ほんと」
「……」
「なんで忘れられたくなかったの?」
「私はきっとあなたの事を忘れられないからです」
「自分が忘れられないから、人に忘れられたくないの?」
「私があなたに何も残せていないのかと思うと、悲しくて、悔しいんです……。私には、こんなにも、あなたを忘れられない何かがあるのに……」
「俺は、君に何かをしたかな?」
「……あなたは、私にも優しくしてくれました」
「優しくしたかな……。話はしたよね」
「はい。あなたは元から優しい性格だから、気付いてないだけなのかも」
「あっははっ。どうだろ……。でも、君はそうやって俺のことを見てくれてるんだ」
「と、とにかく、あなたに忘れられることは、嫌なんです……!」
「……」
「なんで、そんなに驚いた顔するですか……!?」
「俺に、忘れられたら嫌、なんだ」
「だから、さっきからそうやって言ってるじゃないですか!!」
「……どうして?」
途端にあなたの目が、真剣な目になった。
どうして?
どうして、私はあなたに忘れられるのが嫌なんだろう……?
忘れられたら、私の事、何とも思ってないってことでしょう?
それが、嫌なんだ。
何とも思われてないという事実、それが現実だと知ってしまうから。
それが、事実だというとき、私の方はどうなるの?
私はこんなにも忘れられないのだから。
忘れられないってことは、私はあなたを何とも思っていない訳ではないのだ。
そして、私はあなたのことを、現に考えていた。爪痕を残す方法まで、試行錯誤していた。
私ばかりあなたの事を考えて、あなたは私を何とも思わず忘れてしまうなんて。
それじゃあ、まるで、
…まる…で……、片思い……じゃないか。
なんてことだろう。私は、あなたに片思いをしていたなんて。
こんなにも、あなたのことを考えていたことを、改めて思い知らされるなんて。
そして、私は、片思いが嫌だと思っていたのね。
「ああ、そっか……」
私は、そう口にしていた。
あなたの目に、私の目線の焦点をあわせて、そして、口を開く。
これが、あなたに爪痕を残す、私にできる最高の方法。
「私は、あなたが好きだから」
今回は“葛藤”をテーマに書いてみました。
衝動的に書いたので、なかなか物語性が無くなってしまいましたが……。
少しでも、この子の“葛藤”をお楽しみいただけたら幸いでございます。
実は、もう一つこの作品と対になる作品がございます。
一応、シリーズに分類しております。
そちらは、少しは話に深みがでるかなあ、出たらいいなあ……とおもいながら、書いてみました。次作の「つめあと―another.ver―」になります。