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シュールナンセンス掌編集

夜の鎖

作者: 藍上央理

「夜の鎖」



 夜になったら、飼い猫に鎖をつけてお出掛けする。

 猫は歩幅が小さいくせにやたら歩くのが早くて、私は鎖に引っ張られながら、散歩するのだ。

 途中通りがかった空き地で、何かを煮込んでいるひとがいた。

 覗き込んでみると、ナベの中はまぶしいくらいに銀色に光っていた。

 「銀を煮込んでいるのですか?」

 私が目を離したすきに鎖を外した猫が、一目散に一番低い星に飛び移り、ひょいひょい空を駆けて行ったしまった。

 「星を溶かしているのさ」

 私の動揺にも気付かず、ナベをかき回すひとは答えた。

 そのひとはそう言うけれど、私の頭は逃げ出した猫のことでいっぱいだった。

 「落ちて来る星を煮込むと、スパイシーなスープになるんだけど、一口いかが?」

 私は猫を目で追いながら、その親切な勧めを断った。

 猫が叫ぶ。

 「鎖とはなにか? 拘束する道具であり、自尊心を阻害する道具だ。自由とは何だ? 縦横無尽のしたたかさだ。明快な制約された新たな鎖だ。飼い主に告ぐ。もう戻りはしない。その窮屈な代物を二度とはめてみやがれ、お前にこびを売ることもお前の手からの煮干しも、すべてのことをストライキしてやる」

 私は困った。猫の言葉にではなく、猫と離れて暮らしして行けない自分自身のことで不安になったのだ。猫が一緒でなければ、家に戻れない。

 それと重要な理由がもう一つ。鍵を猫と交換してしまった、猫が猫穴に入らなければ家のドアは開かないのだ。

 友人の中にはどうしようもなくとんまなやつがいて、馬を鍵にしてしまった。馬穴は玄関より大きく、そいつ自身もスルリとくぐり抜けられる。連日のごとく泥棒に入られる始末で、嘆いていた。

 猫は自由宣言をすると、アンタレスの赤い星のうえで、ザリザリと毛づくろいをしている。

 悠長な気分でいられなくなって、私は焦った声で猫を呼んだ。

 猫は犬よりも気まぐれで、女よりも無秩序だ。恋人に振られたばかりの私は苦々しく思う。

 「ちょっとでいいから、飲んでみなよ」

 そのひとに再三勧められ、私は仕方なくコップ一杯の星のスープを飲み干した。

 とたんに体が軽くなり、私は星の連なった人間もどきになって空へと舞い上がっていった。

 星好きの猫がニャニャと麗しい声で鳴きながら、わたしのひざ元に寄ってきた。そして、前触れもなく、がぶりと私のすねにかみついた。

 私が大声を上げると、ポンポンと口から星が飛び出し、猫は喜んでそれを追って行ってしまった。

 真下を見やると、銀のスープのひとはもういなくなっていた。

 私はどうすればよいか分からず、逃げ惑うすい星を追い詰める猫を追っていった。

 しばらくたつと星々は空色や茜色のコートを羽織り始め、太陽の出現にサングラスをかけた。

 私はなすすべもなく、ばかみたいに突っ立っていた。

 「ちょっとあんたの猫、すこししつこいわよ」

 元は星だった女が、猫をつまんでわたしに手渡した。

女の髪は流れるように長いエメラルド色で、あのホウキ星と同じ色をしていた。

 私はすかさず女の電話番号をたずねると、女は鼻で笑って地上へと降りて行ってしまった。

 二度目の失恋を経験した私は、生意気でどうしても憎めない猫に鎖をつけて、悠々と、他の星たちを踏ん付けて地上に戻った。

 そして、失敗に気付く。

 全く知らない土地まで、猫を追いかけて来てしまっていたのだ。

 これでは帰り道に困ってしまう。早朝にタクシーは止まらず、昨晩の散歩を続けることにした。

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