第一章 ワタシの名前はキールよん♡ 01始まりの種
生徒会の仕事が終わり、泉恭介は少々どころでなく随分疲れていた。
(こーゆー時に限って部活と重なるんだよなぁ…)
そう心の中で部活の日程を決めたヒト、すなわち理事長である『月見』に対し、グチをこぼしながら恭介は部室に行った。
階段をトンと降り、うすっ暗い所へ足を運ぶ。陽はとうに落ちてしまっていた。蛍光灯の明りはあるが、影になっているのか光は届かない。
恭介はゆっくりと歩き続け、やっと部室の前にたどり着いた。変に重厚に作られた戸を開けようと力を込めた時、
「ばっかもーん!!」
と、部室の中からはみ出す程大きな男の怒鳴り声が、辺りに轟きわたった。恭介はこの声に非常に聞き覚えが、あり過ぎる程にある。
そう、可哀相なことに『生物部』の顧問の先生であった。
一体何があったんだろうと、好奇心…というかヤジウマ心のままに恭介は薄く戸を開けた。
注意して薄く開けた戸の陰から内部をうかがうと……満月すすきが絶賛怒られている。
机の周り、床の全てにガラスの透明な破片が散っていた。実験器具が置いてあったと見える台の上には、横たわった使いかけの蝋燭と何かの薬品らしき液体が零れている。微かに、ススの後のつく焼け焦げもあるようだった。
それだけで、中二プラスαの実験の心得しかない恭介にも、すすきが怒られる理由が理解できる。
(それは、ダメだろう!)
結構な惨事に、溜息が止まらない。頭痛がする。胃が痛い。
顧問の先生は、戸の陰で蹲り苦悩する恭介に気付く事も、その余裕もなくすすきを怒鳴り続けている。
「実験は一人でやっては、絶対にダメだと言っただろう!理科の授業で!!」
そういえば…と恭介はその時の記憶を辿り、思い出した。ジリジリと下っ腹が痛いが思い出せてしまった。
(実験者に何かあった時、すぐに対処しなければ大事故に繋がる危険があるから…)
しかし!恭介は知っている。すすきはその授業の内容を知らないという事を。すすきはその時間、皆が真面目に授業を受けている間中ずっと、爆睡していた事を。
最悪だ…。
そんな恭介の考えをよそに、すすきは般若のごとき表情で仁王立つ先生に、悪びれない満面の笑顔を向け、言い放った。
「一人じゃないですよ?いなばが一緒でしたからね」
(実験室に動物を放していたなんて……)
顧問の先生(と恭介)が心底脱力するのを、すすきといなばと……。
そんな彼等全てを見ていた、薬品棚のカゲまで吹っ飛ばされてしまっていた、二十七歳の瞳が、あった。
この話は、ふすまが書きました。
つぎは『苗木菜々香』のターンです。