表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

全ての始まりはここに在り

  プロローグ  全ての始まりはここに在り


 彼は暗い室内に一人でいた。

 様々な薬品とガラスで出来た実験器具…そして悪趣味な標本がところせましと置かれている。

 暗い。

 明りは、彼の手元にある蝋燭の赤い輝きのみ。

 はっきり言って怖い。

 ただでさえ気味の悪い標本にいらない陰影が加わって、その気持ち悪さを嫌でも強調させていた。

 「さあ、始めよう」

 彼は、口の中だけで呟いた。嬉しそうだ。

 その肩口で何か小さなモノが微かに動いた。彼は驚く様子も見せず、それに瞳を向けると微笑んでみせた。

 「何だい、いなば?」

 つぶらな赤黒く光る瞳が彼を見つめる。

 「大丈夫だよ、失敗するワケがないだろう?この私が」

 ひどく得意気に言うと、何種類もの液体を一つのビーカー内で混ぜ合わせた。淡い色をした煙が一筋立った後、残った液体を見て瞳を満足そうに細めた。

 機嫌の良い時の、猫のように。

 「よし」

 低い呟きをもらし、白衣の右ポケットから大事そうに『ある物』を取り出した。

 「生物部に二十七年間も伝わるモノだ…、いいかげんもう、なくなってもいいだろう」

 独白すると、軽く笑って『ある物』を見た。

 それは一つの球根だった。どこからどう見ても球根にしか見えない、正真正銘、正統的な球根だった。玉ねぎを細くしたような形をした先には、真っ赤なテープが巻きつけてあり、黒いマジックで何かの文字と数字が書き込まれている。

 赤色は、その色の花が咲くという印と思われた。

 「皆、几帳面なんだねぇ」

 彼はマジックで書きつけられた文字を見つめ、思う。

 「『27』に…何だい?『キ』…読めないねぇ」

 ムキになり、球根に顔を近付けて文字を瞳で追う。かすれ、ところどころ消えた文字に瞳をこらし、線と線の繋がりを推測しながら、読み上げた。

 「キ…ル?……『キール』?!」

 そう、文字は『キール』と読めた。

 「何だろうね、これは」

 いなばに同意を求めるが、興味がまったくないのかそっぽを向かれ、彼はむなしく溜息をついた。しばしの後、気を取り直したのか、彼はビーカーに向き直る。

 「まぁ、園芸部でもないのだし、私の大いなる野望『いなばに人間の言葉をしゃべらせる』の礎となってくれたまえ。『キール』よ、素晴らしき一歩のための、尊い犠牲よ!頼んだよ」

 言いながら、いっそ無造作に球根をビーカーに放り込んだ。

 ポチャンと軽い音を立て、球根は液体に沈みこむ。

 いなばと呼ばれた白い毛並みを持つ兎は、興味を覚えたのか、彼の肩より腕を伝ってビーカーに近づき鼻をよせ、臭いを嗅いだ。キョロッとした瞳が、思いのほか真剣にビーカーに注がれている。

 「何だい?そんなに私が信用ならないかい?」

 口先だけで彼は不平をこぼしつつも、動かず、いなばの好きなようにさせていた。

 刹那。

 ビーカーの中の液体が反乱を起こす。ブクブクと泡を発しながら、奇妙な色の煙を激しく出し始めた。その兆候を見、彼は素晴らしすぎる速さで、いなばと自分自身を守るため、後方にとびすざった。

 彼らが避難するのを待っていたかのように、二人(正確には一人と一匹)が後方に移動した瞬間、ビーカーは耐え切れずに中の液体と球根を道連れにして、爆発。四散した。

 「はは…」

 乾いた笑いがもれでる。

 笑うしかない。

 いなばのつぶらな瞳に浮かぶ、しらけた気配が彼を果てしなく追いつめる。

 「失敗だな…」

 彼ー『満月すすき』は、小さく、力なく言った。

 いなばの視線がひたすらに痛かった。



 -これより、始まる。 

 

ここまでは、桜葵涙が書きました。

次回は『ふすま』のターンです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ