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食指が動く

短編・中篇・長編で構成されるファンタジー、欲者シリーズの長編。クリス、ナト、モギ、ダレンなどの主要人物たちが登場する。

作中の時間は、墓狼やモノカミ殺しから三、四ヶ月くらい後。直接的な繋がりは、ほぼありません。

一応、この話しから読み始めても話が分かる仕様になっています。細かい設定などは意味不なところもあると思いますが、後々、別の話で説明されて行くので、目を瞑ってくれるとありがたいです。


以下、作中の台詞や文章の抜粋。作品のイメージを掴む判断材料にして下さい。

・「くっ、おのれダレン、なんて器用な真似を……! 間接キスか? わたしのフォークをその長くて硬いもので挟むなんて、あんたはわたしと間接キスしたいのかぁあ!?」

・ふははははははは! 続け続け!! わたしに続けぇえ!! 余は良い気分じゃぞ。ぐはは、ぐへへへ。

・「よく解らないな」

・ユーリが真顔でジェニスに右フックとアッパーを食らわせながら、俺に言った。座った体勢から放てるとは、小器用な奴だ。

・「ああ、いいですねぇいいですねぇいいですねぇ!! 甘美! その叫びはあまりにも甘美! 嗜虐心を刺激されて、私は、もう死にそうなくらいに脳内麻薬がダバダバ出ていますよ」

・「グラム、良かったわね! ウィニーが優しい子で!! でなければ、わたくし、貴方のメンタルをボコボコにするまで口撃をやめませんでしたわ」

・「フラグ立てないでねー」

・ぼっち。ボッチ。B O T T I !!

・「まるで、神が降臨したようだ……」

 黄土色の空気。風に舞い上がり、煙る土が鼻を突く市場。その端に、婆がぽつんと立っている。

 その婆は齢、四十路を過ぎたところとか。その両腕には、しっかりと、婆に良く似た赤子を抱いている。

 赤子は市場に行き交う人々を睨み付けていた。

 ある者が、婆の近くで果物を並べた男に、声を潜めて訊ねる。あの婆さん、ここで何をしているのか?

 果物を売る男が言うに、婆は今日の昼頃から日が傾きかけている今まで、あそこに立ち、自分の赤子を買ってくれる者を、探しているのだと。

 何故、赤子を売ろうとしているか? また声を潜めて訊ねると、婆には育てられるだけの余裕がないからだと、果物売りの男は言った。ここら辺りは、物好きな金持ちが観光に来る土地。奇特な奇人が何かの情けで、赤子を買って、育ててくれるかもしれない。もしそのような金持ちに売れれば、三ヶ月は家族が食うに困らないからだと。

 訊ねた男は果物を一つ買う。胸が締め付けられる。男は子持ちなのだ。そして、何かを吐き出しそうな気持ちを抑えて、その場を後にした。

 男が宿に戻ってしばらく、連れの男が宿に戻った。

 男の連れは地元の国でも、それなりに良い暮らしを送る者。小奇麗な服を着て、端麗な顔立ちをしている、良い男だ。

 男はその連れに、今日の市場での出来事を話そうと思い、声をかけようとする。しかし、その前に連れが、面白いものを市場で買ってきたと、さも機嫌の良さそうな顔で言うのだ。

 そうして包みから、手足と頭が胴から外された、赤子を取り出してみせる。

 連れは、この赤子が女一晩の値段で売っていたから、話の種に食ってみようと考えた、と話す。手足は近くの料理屋で、金を払ってもいでもらい、内臓や脳も取り出し、血も抜いた後。仕上げにこれを鍋で煮れば、赤子汁の完成と。

 ちなみに、その連れに、人を食う趣味はない。

 連れは、ぐつぐつと煮える肉を小皿に取り分け、男に差し出す。

「君も食してみなさいな。これも旅の土産だよ」



 雨だ。それも、子供が攫われそうな強風を伴う、激しい秋の雨だ。

 そんな自然の猛威の中、まともに舗装されておらず、車も入れない山中の間道を行く一団がある。

 行商団だ。

 その群は、大半を短足の馬で作っているが、多脚駆動の輸送機も見ることができた。

 この前後の区別を持たない蜘蛛型の多脚機械は、古代時代に軍事目的で開発されたと思われるものだ。その構造も複雑で、部品の数も万は下らない。そのため故障も多く、現在の技術では完全な復元が不可能とされ、保存が必要だと叫ばれている。

 しかし、発掘された魔導具や古代術式以外の人工遺物アーティファクトに関する取り扱いには、各国間での取り決めがなされていないため、その責を問う方法は、今の所まだない。

 しかもあろうことか、その外装にはペイントまでが施されている。ある同一の印が、黒の機体に白く浮き上がっていた。

 それは右の翅をもがれ、地に触覚を擦り付ける揚羽蝶だ。

 この雨の中に相応しいその紋章は、大陸の東から西に多くの奴隷を運ぶ商会、片翅のない揚羽を示すもの。

 その商売柄か、あまり気持ちの良い噂は聞かない。いや、噂などというものは、そもそも気持ちの良いものなどではないだろう。

 しかしそれにしても片翅のない揚羽は、不気味な話が付き纏う。

 確かに、この人を攫う風雨の中でも浮き立つ紋章は不気味であるし、無数の足が地を這い山中を行くのもまた、オカルト的な想像を駆り立てるには十分なものだ。



 そんな美しい一団を、私は思わず舌舐めずりをしそうになる心持ちで、見詰めていた。

 この感情は、片想いに似ているかもしれない。語らずとも愛おしい。見詰めるだけで救われる。手に入れたいが踏み込めない。いっそ殺してしまいたい。

 ただ私は、遠くからそれを眺める乙女などではない。それ以前に女ですらなかった。得たいなら得ればいい。勝ちたいなら勝てばいい。持ちたいなら持てばいい。奪うことに迷いなどない。ただ、それによる社会的な不利益が生ずるだけだ。

 神は公平だ。だから私も、公平に判断した物事を信じる。私の天秤は圧倒的に、奪うことを推奨していた。



 昨夜の雨はすっかりと止み、今はその湿りを飛ばす輝きが天を覆っている。

 ここは大陸北西部。エガリヴ連邦の南方地域。七つの高い峰を持つ、ロッシュ山脈の裾。コー峰から真っ直ぐ西。山脈の終わり近くにある町、ハイノン。

 ハイノンの中央に聳えるは、遠めに見れば山と見紛う程の大きさを持つ、堅牢な要塞。いや、要塞ではない。大聖堂だ。

 そのハイノン大聖堂を中心に、軒は数百キロ近く東西に伸びている。大聖堂から東、山々の方を見上げると、登り始めた日が、山の谷間から顔を覗かせている。その一筋の光に照らされた家並の屋根は、影の中から這い出ているように見える。西を見下ろすと、日に暖められた昨夜の雨がゆらりと立ち上り、霧の中からオレンジ色の屋根が朧げに揺れている。



 その光景を大聖堂のテラスから一望するクリスは、まるで藪から出でる蛇のようだと思った。そして、ふと、自身の感性に眉を顰める。

 全く、蛇だなんて。ハイノンはシチマコ領の中でも、人口が数万を超える有数の都市。信心深い人々が暮らす町なのだ。それを蛇だなんて、全く。

 そう自分を戒めて、伸びをしながら朝の風を浴びた。

 ここはわたしの住むノダイに比べれば、温暖な気候だ。ノダイに雪がちらつき始める頃に、ここでは収穫時期を迎える。

 そして毎年、それを終えた時期に行われるのが、南への大遠征だ。連邦から南。そこは自由開拓地域と呼ばれ、各国が自由な土地開発を行っても良いとされている場所。しかし、人との調和を拒んだ一部の獣化型獣人は、その場を不法に陣取り、龍族同盟リューラーからの支援を陰で受けながら、エガリヴ連邦やロズデルン帝国に対して、テロという蛮行を続けている。その大儀として掲げているのは自然保護らしいけど、実際は資源を保持し、それを外交カードとして役立てたいだけだ。

 そのため例年、エガリヴ連邦の各領邦が軍を派兵。それに伴って、各地から傭兵もこの地に終結する。

 人が大量に動けば混乱も免れず、それが荒くれ共の傭兵となれば、治安の悪化は当然のこと。地元の自警組織だけでは治安を維持することが難しくなる。だから、わたしたちのような小童も駆り出されているというわけだ。

 わたしたちは、アーヘラ救道院キューディンの第一五六期生。つい先日に、その学び舎から巣立った者たちだ。

 それまでは、そこから出ることはほとんどなく、エガリヴ聖教会の救道者キューダーとして御奉仕する機会も、あまりなかった、わたしたち。学徒時代にも、大きな案件の際には駆り出されたことは幾度かあったけど、そのときは教師メンターが引率として、常に身近にいた。

 しかし、今回はそうではない。今までわたしたちを引率していた教師メンター陣は、傍にいないのだ。傭兵が各地から集結するといっても、ここハイノンは、そんなに荒れるような地域ではない。通過点、宿町としての機能を持つ町。だから、教師陣や第一線の実働部隊たちは、ここよりも南の、本当に危険な地域にいる。わたしたちは、後方の支援部隊に過ぎない。

 しかしそれでも、救道院での課程を修了してから、初めてのお勤めだ。そのせいか、みんなも浮かれ調子というか、なんというか……。そう思っているわたしも、この心の踊りを沈める方法がなかった。そしてその踊りには、少なからずの不安が混ざっている。

 しかしわたしは

「朝食のメニューはなんだろうな」

 不安よりも、食い気の方が勝っていた。



 テラスからの空気で、お腹を膨らませてみるわたし。良い空気だ。

 ふと、目線を下にやると、中庭がキラキラと輝いているのが分かる。ああ、朝露となった昨夜の雨が、日の光に照らされて、煙の中を通っているのか。

 これは、雨が少ない地元では珍しい自然を満喫する機会と、わたしはよく手入れされた芝生の庭へ、朝の散歩に立ってみることにする。

 軽く髪を櫛で整え、ブラウスを羽織り、部屋を出て中庭に向かう。

 昨夜にも手入れしていたとは言え、この癖の少ない髪を貰ったことを、両親に感謝しなくては。父が言うに、これはわたしが物心付く前に亡くなった、母似の黒髪らしい。雨上がりの芝生の上でも、強い髪だ。

 大きく、濡れた空気を吸う。

「昨日は寝苦しい夜だったね」

 私が草の香りを堪能しようとしたその直後、後ろから柔らかな男の声が聞こえた。それがこちらに向けられたものだと気付いたわたしは、ゆっくりと振り向く。

 そこには欠伸を堪えた様子の、なんだか間の抜けた顔があった。君は今しがた起きたところかね。

 彼はわたしと同じ、第一五六期生のユリアス=グラオ・アオゲシュテルンだ。彼は皆から、ユーリと、親しみを込めて呼ばれてる。品行方正、かつ成績優秀。救道院を首席で卒業と同時に白襟ホワイト・カラー――上位救道者ハイアー・キューダーに格上げになった俊童だ。わたしのような成績底辺組とは、本来は関わるはずのない人物。悪かったな。

 いや違うか。彼の年齢からして、俊童というのは適切ではない。でも、なんともそう言いたくなるのは、その幼い顔付きからだ。

 小憎らしい顔をしよってからに。その可愛い成分を、少しはわたしにも分けろ。

 そんなふうに思うと、ついつい嗜虐心に駆られる。

「寝癖」

「え?」

 わたしの言葉に面食らった様子で、その茶色い髪を撫でるユーリ。そうして、彼が自分の頭を一通り撫で回した後、不思議そうなトーンで言葉を放つ。

「どこが?」

 ああ、この母性本能を擽る、生まれながらの天然さと人を疑うことのない純粋さ。それに甘いマスク。多くの女が、夜な夜な枕を濡らすわけだよ。

「嘘だよ」

 その言葉が耳に届いたのか、彼は目を丸くして、数秒その場に固まる。と、今度は照れたように、爽やかな笑顔を見せた。

 全く彼に気のないわたしでさえも、胸の中で何かが何かを締め付ける。

 これが萌えか。萌えなのか。萌えなんだね!!

「お前たち、ここにいたのか」

「あ、ダレン」

 おっと、また登場人物ですよ。まだ朝なのに多いですね。

「もうすぐ、朝食の準備ができるそうだ。朝食の後は、作戦概要の説明と共に、連絡事項もあるらしいから、大ホールに集まれとさ」

 もう一人の茶髪美男。野茨協会ドックローズ・ソサエティ(DR‐S)から竜狩狗ドラゴン・ハウンドのコードネームで呼ばれている、ダレンだ。普段から何を考えているのかよく分からない謎キャラで、わたしと同じ緑襟グリーン・カラー最下位救道者ロウエスト・キューダー。だけどジゼリンからの情報によれば、ユーリとは別の層からモテモテらしい。

 最近はユーリ共々、聖教主様から字を賜る予定とか、噂になっている。

「献立、何?」

 あどけなさ全開のわたし質問に、戻ろうとしていたダレンの歩みが止まる。

「この辺りは、もう秋の収穫時期らしい。だから、新鮮な野菜と果物がメインだ。後、羊肉も少し出るらしいぞ」

「やった、やった。羊さん、羊さん」

 スキップでダレンを追い越し、食堂に向かうわたし。そして、それに続く美男子が二人。

 ふははははははは! 続け続け!! わたしに続けぇえ!! 余は良い気分じゃぞ。ぐはは、ぐへへへ。

「ぐへらへら」

「また、いつもの発作か」

「ダレン、流石に病気みたいな言い方は酷くないかな? これは個性だよ。そう信じてあげるのが友情だよ」

 しまった。つい心の声が……。にしても、ダレンはなんて酷い奴だ。そこは気付かないふりをするのが、人としての思い遣りってものじゃないかな?

「ユーリは残酷なまでに優しいね。それに比べてダレンは……親の顔が見てみたいよ」

 あまりにもプリプリしたので、ダレンに嫌味を言ってみた。これぐらいのことなら、わたしの神様も「なんも問題あれへんで」って言ってくれるはず。

「星〇《セイント・ゼロ》の緑襟グリーン・カラーがなんか言ってるな」

 わたしの嫌味砲を掻き消す言葉テレパスが、ダレンから放たれた。そのテレパスには、思い遣りや温か味と云った要素は、全く含まれていない。

 救道者キューダーには七つの位階の他に、セイントと云う褒章による順位付けがある。最高は星十セイント・テン。これによって、七つの位階はそれぞれ十一の順位を持っている。つまり、わたしは最下位中の最下位。やったねっどちくしょお!

緑襟グリーン・カラーは、ダレンもじゃんかー」

 駄目よ! ここで負けちゃ駄目よ、クリスティーナ=エッシェンバッハ。ここで挫けたら、世界が破滅しちゃう! なんてことはないけど、わたしの自己肯定力が下がってしまうわ。それは、わたしが今まで見ていた世界が、一気にその様子を変えてしまうことに繋がる。そう、世界とは、自分の認識が全てなのよ! わたし個人が作り上げた脳内世界のイメージを崩したら、枕抱いて咽び泣く必要が出てくるから、ここで挫けちゃ駄目なの! ……わたし、自分で自分が何を考えているのか、理解できなくなってきた。

「俺は星十セイント・テンだ。それに、先にブーメラン投げたのは、お前だろ」

「わたし、なんか言ったっけ?」

 鶏並みの優れた頭脳を持つわたしでも、ダレンが何を言ったのか理解できなかった。なので、主席で卒業したユーリに、今の発言の意味を訊ねてみる。

「えっと多分、親の顔がどうとかのことだと思うよ」

 つまりそれは、ダレンはわたしの親の顔を見たいと云うこと……なの? わたし、そこまで変な子じゃないわい!!

 ……いいえ、実は、気付いてはいたの。ダレンが、わたしのことを変な子だと思っているって、気付いてはいたの。でも、その事実に、わたしは目を背けたかっただけ。わたしは何も悪くない。悪いのは、わたしの感性に合わせない世界の方だ。普遍的価値観なんて、あの世に飛んでけー!

「ダレン、神の御許に逝けば、わたしの母上様には会えるよ」

 エガリヴには、天国とかあの世なんて解釈や概念はないけどね。けれど、そう云ったものが、こうした談笑の端に乗ることはある。

「じゃ、挨拶に行こうと思うから、お前はその旨を直接、直々に、先に、予め、必ず伝えておいてくれ。俺は後で、いつか、多分、おそらく、気が向けば、出向くと思うから」

「何それ、何それー。遠回しに告ってんの?」

 全くもう、ダレンはツンデレさんなんだから。よしよし。

「お前は本当に、幸せな頭を持っているな」

 コケコッコー。

「こうでも考えないと生きるのが辛いからね」

 わたしはポジ子のふりをしたネガ子ちゃんなのさ。何処かから、ユニコーンに乗ったイケメンが現れて、慰めてくれないかな。イケメンならいつでもうぇるかむだよ! わたしの純潔は期間限定だからね! さぁさぁ! 早い者勝ちだよ!!

「クリス、君はきっと長生きできると思うよ」

 孤独に長生きしても、それは地獄と変わりないと思うの。若い身空から、そんなことを悟れてしまうなんて、なんて不幸な人生を歩んで来たのかしら、わたし。およよ。およよよよよ。そんなわたしを、元気付けようとしてくれるユーリに感謝。

「ありがと、ユーリ。貴方は短命だと思うわ」

「それは俺も同感だな」

 ダレンの追い討ちがユーリに刺さる。

「……自分でも、そう思うことが多々あるよ。例えば今みたいに、楽しい友人と一緒に歩きながら、談笑しているときとか」

 ユーリはいつになく、肩を落として力が抜けた様子。ここは、その楽しい友人の一人として、自画自賛からのボケで笑いを取れと云うネタふりなのかな?

「良い友人を……沢山、持ったんだね」

「太く短く。素晴らしい、模範的な心掛けだ」

 ダレンが止めを刺した。

「どうもありがとう。僕は君たちのような友人を持てたことを神に感謝するよ」

 ユーリの表情は、いつもと同じく、にこやかなものだった……と思い込むことにする、わたしであった。



 アーヘラ救道院の第一五六期生は、歴代卒業生の中で特に優秀だと、専らの評判だ。

 高等部の課程を修了すると同時に、白襟ホワイト・カラー――上位救道者ハイアー・キューダーに上がった者が十九名。赤襟レッド・カラー――特位救道者アニュージュアル・キューダーも既に八人輩出している。これらは普通、学年に一人か二人いればいい方で、悪いときは黄襟イエロー・カラー――中位救道者ミディアム・キューダーが五指にも足らないこともある。

 しかしそれでも、残念な者というのは、どこにでもいるもの。それは第一五六期生も例外ではなかった。

 彼らは、多くの者を導いてきた辣腕らつわん教師メンターたちですらも、どう処理したらいいものかと頭を抱えさせる。落ち零れよりも質の悪い、魑魅魍魎と表現すべき厄介な連中。天才と変人は紙一重……と云うことなのだろうか。

 緑組グリーンズ。救道院を卒業しても尚、緑襟グリーン・カラー――最下位救道者ロウエスト・キューダーである者は、こう揶揄され、救道者キューダーとしての道を実質的に断たれる。しかし第一五六期生の緑組グリーンズは、その特異性から特別に、G4《グリーン・フォー》と、畏怖に似た感情を込めて、そう呼ばれていた。

 その代表的な存在として知られているのが、今あたしの目の前で羊肉をモリモリとパクついている――

「ぬぬ? どうしたの? ジゼリン。食が進まないのなら、その蒸かし芋、貰ってもよす?」

 クリスティーナ=エッシェンバッハだ。

 既にあたしの羊肉は半分、彼女の胃袋の中に収まってしまっている。あんた、ホントになんなの。

「クリスちゃんって、本当に美味しそうに食べるよね~。眺めているだけで、なんだか楽しい気分になるよ~」

「ありがとう、ニーナ。まー、人徳っていうか、産まれ持った美徳っていうの? ジゼリンも変な顔してないで、ちょっとはわたしを見習わないと」

 あたしのお皿の上にあった蒸かし芋が、ブラックホールに吸い込まれた。

 まぁ、いいんだけどね。うん。でも、なんて言うの? もうちょっと何かないかな?

 例えばそれは

「あんたには遠慮とかないの?」

 謙虚さとか、そう言う類のものだと思うんだけど。

「それはジゼルちゃんの悪いところだよ~。長所でもあるけどね~」

 あたしの右隣でふわふわしているニーナは、フォークとナイフを駆使して、子羊の肉を小さく千切るように切り取りながら口に運んでいる。

「お前なんだよ、その矢鱈滅多らチンタラした食い方は……。ラド人なら手掴みがデフォだろ?」

 若くも潰れたテレパスがした。横目でニーナの後ろを確認すると、そこにはナプキンで手を拭うジェニスの姿が。彼はもう、食事を終えたらしい。

「あんたなんかと同じにされると思うと、憂鬱になる」

 あたしの皿からレタスを取ったクリスが、ジェニスを見ることもなく言った。

「それはこっちの台詞だっての」

 あたしもクリスに「あんたが言うな」と言いたいけれど、ここはニーナのためにもクリスに加勢しておこう。

「手掴みとか、行儀悪いわね」

「ラド人はそれが普通なんだよ。リオルド人も、昔はそうだったって話じゃねぇか」

 この男、余計な知識は豊富なのよね。勉強はサッパリなのに。

「そんなアナクロでステレオタイプなラド人は、ロズデルン帝国でも珍獣扱いされてるけどな」

 ジェニスの陰から声がした。この歪のない重低音は、ダレンの声だ。

「そうなの?」

 見ると、それに控えた傍にユーリと

「その話は聞いたことがあるわ。お父様が外交特使としてデロアに赴いたとき、土産話として聞いたことがあります。発展都市では、もうそういう習慣は、ほとんど残っていないと……」

 燃える赤銅色の髪にパーマを掛けた娘……ネルもいた。

「金魚糞女がエンカウントした」

「……エッシェンバッハさん? 貴女、曲がりなりにも食事中ではなくて? その様子だと、観光客からジャンクフードを奪い取る猿と、見分けが付きませんけど」

 ネル――コーネリア=ローゼ・プリムピルスは、蔑むようでもあり、睨むようでもある目付きで、クリスを射抜く。

 しかし、そんなことは意に介さない様子のクリスは、まるで親の仇のように羊肉をフォークで突き刺して、それを口に放り込み、丹念に咀嚼そしゃくを繰り返している。

「ネルちゃんの攻撃。蛇女の目! クリスちゃんには効かないようだ……」

 ニーナ……あなたホントに楽しそうね。

「誰が蛇女ですって?」

 ネルの顔が引き攣り始めている。腰まである髪を逆立てたその姿は、蛇の化物のようだった。



 女衆四人は、いつものように遊び始めた。いつもはネルが先制口撃を放つが、今回はクリスからの口撃か。無用にクリスを挑発するネルもネルだが、クリスの口の悪さも極まるところ。……俺は女に対する幻想など、とおに失せていた。

 全く、静かに食事できないものかね。俺は今から、おかわりした羊肉を食べなきゃならんと言うのに。

「ああ!? てめぇこのダレン! てめぇまで、またみょーちくりんな道具使って飯食おうってのか?」

 ええい、クソ。女よりも喧しい、どこかのジェニスがいたか。

「箸だ」

「っくよー。いつも、それでどうやって食ってんだよ。意味不明で若干キモイ」

「見ての通りだが?」

 早々に食事を済ませてしまったジェニスは暇なのか、先程からやたらと俺やユーリに絡んでくる。キモイって、どう云うことだ。

「ナヘン系民族とかが使ってる食器だよね?」

 と、どこかの優等生であるユーリが豆知識を披露し

「俺はカノ系民族のタルナド人だがな」

 俺はその注釈をへし折った。

「ナヘン系民族の専売特許というものでもあるまい。リオルド人やラド人でも、使いたければ使えば良い。使 え れ ば な。どこかの素手で飯を食べている未開民族にはできない諸行だ。やーい、やーい」

「独自国家のない民に未開民族とか言われてもな」

 この野郎……。

 俺が予想だにしていなかったクリティカル口撃を真顔で放ったジェニスは、それがどれほどの威力を持っていたのか認知していない様子だった。俺が急所への一撃を食らってもポーカーフェイスを崩さないのが、その理由の一つっぽいが、彼にとって、それが至極当然のことだったことも理由だろう。無自覚の民族差別って、傷付くからやめた方がいいと思います。

 全部、神が悪い。人間をそんなふうに造った神が悪い。そんな責任転嫁を考えながら、俺が誰にもバレないように傷を癒していると、ジェニスが誰に頼まれた訳でもないのに演説を開始した。

「いいか? 光の民であるラド人が素手で物を食うのはな、別にメンド臭いとか、そんなんじゃねぇんだよ。神からの贈り物である食物を、道具なんかでつまむように食うには失礼だって言う、民族としての教えだ」

 馬鹿が。面倒な理屈を捏ねよってからに。気持ち良く食事させろ。

 そんな理屈は後付けで、その土地で盛んに取れ、食されていた物の差異によって、適した食事法が確立しただけだろうに。全く、つまらん男だ。普段は馬鹿みたいに馬鹿なこと言いまくっている馬鹿なのに、たまにこういう面倒なことを言い出すから馬鹿だ。下手に知識を得たために、妙に威張り散らすなど……ガキか。

「それって、アニミズムの延長みたいなものだよね? 帝国ラド人がそれを言うのは分かるけど、ラド系エガリヴ人の君がそれを言うのは、ちょっと違うんじゃないかな?」

 ユーリがパンを手で千切りながら言った。

「生憎、俺は改派なんでね。ラゴの教えは別にしても、ラドの魂は受け継いでんだよ」

 大したことは何も言っていないのに、ややこしいな。馬鹿は下らないことを難しく言うのが得意だから困る。そもそも、主派本拠地のお膝元であるノダイ出身者で、更には救道者キューダーのお前が何を言い出すのか。

 そろそろ静かに食事したいから、黙らせておくべきか。

「だがそれに反して、信心深いとされる帝国西地方、デンイェン・カトラヴィーナの民の方が、フォークやスプーン、ナイフなどの使用率が高いという調査結果もあるぞ」

「……マジかよ?」

 やはり知らずに喋ってたのか。更に追い討ちをかける。

「あれで帝国ラド人は実用主義的だからな。奴らが信奉する神が、明確な規律を持たなかったことも関係している」

「ケッ、これだから異教の民は」

 面倒臭い奴だな。お前の判断や倫理観は何を根幹にしているんだ? 以前から適当な奴だとは知っていたが……。ここは嫌味をぶつけてやる場面か。

「異教の民と言えば俺もそうなるが、俺の民族は有史の頃から箸を使っている。食事方法で統一の取れていないどこかのラド人よりは、芯が通っているな。やーい、やーい」

 タルナド人。エガリヴ連邦内のどこかにある、異教の隠れ里の民だ。その所在は、エガリヴ連邦でも掴めていない。

 ダレンと云うリオルドらしい名も、親から貰った名ではない。本名から捩った通名だ。意味は不明。ハッキリとした由来や意味が分かっていないこの名を名乗るように勧めた、あのクソ破戒層の皮肉ぶりには、流石の俺でも頭が下がる。

「ダレンは改宗してるから、そうじゃないでしょ?」

 意外にも、俺の嫌味に反応したのはユーリだった。ここは本来なら、帰正と言うべきところだが、あえて改宗という言葉を用いるところに、ユーリの人間性が窺える。人が良さそうに見えて、全く油断ならない。

 さて、どう言ったら面白い返答になるか……

「どうだかな」

 と考えている内に、その考えがそのまま口からこぼれた。

 何故か妙な間が発生する。

「それってどういう……」

 ジェニスが親の不貞を目撃したときのような顔をし、ユーリが不安気な顔で伺ってくる。

 ……ん? あっ、いや待て。そんな意味じゃない。俺が利便性やら諜報やらで、形式上は帰正していて、その心にはエガリヴのエの字もないとか、そう云う意味じゃない。

 この二人は、俺がノダイに着てからの付き合いで気の置けない仲とは言え、少し口が過ぎたか。ちょっと真面目な、普段の俺モードに戻ろう。俺は真面目な人間なのだ。

「大した意味じゃない。例え産まれがエガリヴだとしても、エガリヴ聖教の教えを、どれだけ忠実に守れているのか……ってことだ。特に余所者の俺は、それを常に問われ続けている」

 これで大丈夫だろう。危ない危ない。何度か変な嫌疑をかけられて(主に、どこかのイーゲルストリーム教師メンターに)面倒なゴタゴタを押し付けられたり巻き込まれたりしてきたからな。

 俺に引っ憑いてる、この便利なのか迷惑なのか判断の着き難い霊体も、そのせいで、吾輩のようなかわゆい仔犬ちゃんを迷惑とは、どう云うことか、簡潔に述べてみよ。そう云うところだよ、この馬鹿狼。他人の思考に割り込むな。

「別に、僕はダレンの信仰を疑ったりなんか、したことないけど?」

 内心の動揺を自慢のポーカーフェイスで隠していると、ユーリがパンを千切る作業を再開しながら言った。

 この世の中、隠し事を抱えながら誠実に生きるのは難しく、またとても危険だ。しかし、隠し事を持たない人間とは、もはや人間とは呼べないあたり、誠実な人はいないのかもしれない。いるとしたら、それは俺のことだな。うん。

「俺が誰かに問われているってわけではない。俺が俺に問われているんだよ」

 誠実な人でないと、こんな言葉は言えまい。

「うわ。その言葉、カルト団体とかの詐欺師が軽々しく口にしそー」

 うるさいジゼル黙れ。もうスルースキル発揮してやる……!

「それに態々、帰正なんぞせずとも、どんな宗教だろうと、その教えの内容に然したる違いなどありはしない。――それの根幹となるファンタジー以外は」

 エガリヴ聖教におけるエガリヴ、ラゴ教におけるヴィルタスが、そのファンタジーに当たるわけだ。どちらも同じ神話の神なのにな。……何を信奉しているかは異なるが。

「そのファンタジーが重要だから、争いが起こるんじゃないかなぁ」

 宗教観や価値観や文化の相違は、争いの大儀に利用されているだけで、根本的な理由は領土や資源だと思うが

「タルナド人の俺には、その感覚は解らん」

 そんなものが大儀になる時点で、しょうもないなとは思う。

「……タルナド人の教えって、どんなものなの?」

 ユーリよ、説明が面倒な疑問を抱いてくれるな。抱いたとしても、俺に質問してくれるな。俺は静かに羊肉を食べたいんだ。

「ほー、悪魔の言葉に耳を傾けるつもりか?」

「二百年くらい前なら、そうなったかもしれないね」

 エガリヴ連邦が、その支配をグレート・プレーンズ全域どころか、ロッシュ山脈の向こう側にまで及ぼし始めた時期か。

 面倒な質問をかわすために放った返答から、まさかこんな言葉が返ってくるとは……それもエガリヴ聖教の救道者から。この辺は流石、リオルド貴族の出で優等生ユーリくんと云ったところか。全く、こいつと話をしていると、失言しそうになるから恐ろしい。

「俺らの教えは、別段、特殊なことは何も言っていない。人を殺すな。女を犯すな。物を粗末に扱うな。清潔にしろ。勝手に他の領域に踏み込むな。他を理解することに努めよ。自身の発言や行動に責任を持て。状況を判断するときは広い視野を持て。大事なときには細部にまで気を配れ。大体、こんなところだ」

「犯罪抑止と自己啓発本の内容みたいなのが同列に語られているのか?」

 会話のレベルに付いて来れなくなっていたジェニスが、俺の羊肉をつまみながら唐突に呟いた。欲しいなら自分で取りに行けよ。

「それら全てが倫理や常識として、常に傍にあるんだよ。神なんて御大層なシンボルは持たない。細かい儀式や煩わしい習慣もない。唯々、人が人間として生きていくのに不都合なことを咎めているだけだ。それ以外なら、何をしても構わない」

 やれやれだ。当初は、ここまで情報量の多いことを語る予定ではなかったのに。

「うーん、なんだか、僕が聞いた話とは違うな」

 ユーリが唸って首を傾げる。

「どう違う?」

 全く、どこの誰から適当なことを吹き込まれたのか……。しかしまぁ、異教に関することなど、エガリヴ側にまともに伝わるはずもないか。

「タルナド人の神って、ドラゴンだって聞いたことがあるけど」

「ああ、その話か」

 中途半端は伝わり方だな。聾唖ろうあに伝言ゲームをさせても、もう少しはマシな伝わり方をすると思うが。

「確かに、一般に龍神信仰と謂われているものの中に、タルナド人の信仰が含まれていることもある。全てのタルナド人が、そうだと言うわけでもないが」

 全てのタルナド人の中には不信心な不届き者もいるからな。

「タルナド人にも、複数の宗教があるってことか?」

 ジェニスが口に物を入れながら言った。さっきまで食事の仕来りやマナーがどうとか言ってただろ、お前。いくらテレパス言語だから喋るのに舌や口を使う必要はないにしてもだな。……ん? なんで、食事中に喋ることがマナー違反だと言われているんだ? 食べ物をちゃんと味わうためとか? 今度、調べておこう。

「根幹は同じだ。俺の郷でも、りゅうが祀られている」

「それって、君が言った御大層なシンボルには含まれないの?」

「含まれない。より東部になれば知らんが、りゅう俺たち(タルナド)の神でもなければ、俺たち(タルナド)にはエガリヴが語るような神はいない。りゅうは尊いものだが崇めるものでも、導きを与えるものでも、人を助くものでもない。それこそ……そうだな」

 龍は俺たちにとって、こういうものだ。

「唯の、御大層ではない象徴しょうちょうにしか過ぎない。俺たちが俺たち、タルナドがタルナドであるという目印であり、アイデンティティーを構築する一つの要素。名札や表札を大切にはしても、崇める馬鹿はいないのと同じだ」

 さぁ、言い切ったぞ。これで羊肉を――。

「よく解らないな」

 優等生のユーリくんは、俺の親切丁寧な解説でも不満と申されるか。

「エガリヴにはないシステム……概念だからな。正直なところ、タルナド人であっても、これを完全に理解できているものはいない。そもそも、理解できていると言えば、それは必ず嘘になるものだ。そしてタルナドは、基本的に嘘を嫌っている。この辺は――未だ人智が及ばない点は、エガリヴ聖教の神々と同じだな。しかし理解できてはいなくとも、感覚的に把握している」

 うーんと、ユーリは考え込み、俺はジェニスが抓もうとしいてる肉を横から奪い取るように箸ですくった。

 ジェニスが舌を打つ。……これ、俺のだよな。

「俺たちタルナドは、エガリヴの言う神に相当するものを持たない。故に、タルナドの信仰を捨てる必要もなく、エガリヴに教えを請うこともできる。そして更に――」

 俺は言葉を区切って、その間に羊肉を咀嚼そしゃくする。細切れになった肉を呑み込み、それとは逆に、言葉テレパスを吐いた。

「エガリヴがタルナドの信仰を持つことも可能だ。そこには改宗や帰正という言葉は必要ない。どうだ? ユーリ。お前のようにクソ真面目な人間ほど、タルナドに興味が湧いて来ただろう? だから悪魔の言葉に耳を傾けるな、と言うんだ」

 一方、クソ真面目ではないジェニスは女衆四人にちょっかいをかけており、ネルに舌打ちされていた。

「仮に、僕がタルナドと云う悪魔の言葉に耳を傾けたとして……」

 ユーリが真顔でジェニスに右フックとアッパーを食らわせながら、俺に言った。座った体勢から放てるとは、小器用な奴だ。

「それって、悪いことなのかな? だって、さっき君は、タルナドは人が人間として生きることに不都合なものを否定しているだけだって……」

 今度はヘッドロックを決めている。救道院キューディンの戦闘技術科目には、そんな技の講義はなかったと思うが、ユーリは何処でそんな技を体得したのだろうか。

「それが善悪のどちらに振れるかは、お前自身と、お前を取り巻く環境次第だな。タルナドに触れることが、お前の不都合に繋がるようなら、それは悪になる。タルナドにとっても、それは同じだ。つまり、タルナドがエガリヴに触れることが、タルナドの不都合になるなら――」

 クリスがフォークで俺の羊肉を奪取しようとするのを箸で阻みながら、言う。

「エガリヴは悪だ」

「くっ、おのれダレン、なんて器用な真似を……! 間接キスか? わたしのフォークをその長くて硬いもので挟むなんて、あんたはわたしと間接キスしたいのかぁあ!?」

 俺の言葉テレパスに、ジェニスに腕関節を決めようとしていたユーリが、不自然に活動を停止した。それはユーリだけではない。ガチャガチャ喚いていたネルやジゼルに、その様子をふわふわしながら観賞していたニーナでさえも、いつもの調子を崩して黙り込む。あの不真面目なジェニスですらだ。いつもの雰囲気からは、そんなことは微塵にも感じられないが、彼らにとってエガリヴとは、それだけ否定し難く、重要なものなのだろう。その場にいた五名は、いつもの調子を崩していた。

 永遠に調子が変わりそうもないのは――

「ダレン、羊肉、食べてよす? よす?」

 などと言ってる、ただ一人の奇人だけだ。クリスは一体、何を魂の拠り所にしているのだろうか……。

 奇人一名を除いた一同が、俺の言葉テレパスに心を傾けている。

「そして現状、タルナドがエガリヴに、エガリヴがタルナドに近付くことは、不毛な火種を起こす原因……口実になりやすい」

 争いを起こさせようとする第三者は、何処にでもいるからな。

「じゃ現状、エガリヴにとって、タルナドは悪とも言えるのかい?」

 ユーリが俺に問うた。答える。

「現状はな」

 また続けてユーリが問う。

「だったら、君がここにいることは、正しく君の信仰に反することじゃないの?」

「短期的に見ればな」

 俺の答えに、ユーリが不思議そうな顔をして、こちらに補足説明を促してくる。

 俺は静かに食事をしたいんだがな。……などと思っている内に、羊肉はジェニスとクリスの手によって、残り僅か一切れになっていた。ネルがクリスを嗜め、ジゼルがジェニスを絞めていなければ、この一切れもなくなっていただろう。

「俺が救道者キューダーを目指したのは個人的な理由もあるが、その不都合を次に代に引き継がないためでもある。相互理解は悪ではない。未来の善行のために、今は悪を成さねばならないときもある。そう、こうして――」

 俺は箸で、最後の一切れ、細切れにされた羊の死骸を撮み上げて見せ――

「羊を殺して、生きるために食すようにな」

 それを口に放り込んだ。

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