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第三夜『妖達と仕事』2

 朝食を終え、店へと連れていかれた。店は洋館のような建物の一階部分に当たるらしい。──因みに広間は二階部分だ。広い階段を下りる煌夜の後をついていきながら、壁に掛けられた絵を眺めた。どの絵も廊下にあるものと同じで、暗い色合いで何が描かれているのかはわからない。店の中にも同じような絵が幾つかあったが、今まで気付かなかった。

「人見。絵を廊下に移して下さい」

 煌夜は自身の机につきながら人見に指示を下した。すると人見は特に声に出しては答えずに絵に手を掛けた。そして五枚程の額を脇に抱え、店を出ていく。店には二つ扉があって、一つは外から入ってくるもの、もう一つは建物の中に繋がっているもの。それは煌夜の机の後ろにある。最初の日、煌夜はそこから出てきたのだろう。

 店内にはシャンデリアと幾つかのランプがある。それだけで十分明るいが、やはり窓の外には暗闇が広がっていて、どうしても午前中だという気分にはなれなかった。

「何をすればいいですか?」

 弥羽は煌夜の机の前に立ち尋ねた。給料を貰う以上、何もしない時間があるというのは如何なものか。そう思い、訊いたのだ。すると煌夜は特に何も考えていなかったようで、どうしますか、と呟いた。

 ──この人、表情筋ないのかな。

 無表情のままの煌夜を見ながらそんなふうに思った。

「では、掃除でもしていて下さい」

 煌夜はそう言うなり、はたきを弥羽に渡してきた。それは最新のもので、ふわふわとピンク色をしている。弥羽はそれを受け取りながら、はい、と返した。連れてこられたわりに仕事がないとは。釈然としない思いを抱えながら弥羽は骨董品に気を付けながら店内の埃を落としていった。とはいえ、まめに掃除されているようでさして汚れはなかった。




 ────────────



 ああ、やっぱりないのよ。何処を探してもないの。

 可笑しい、可笑しい。

 何処にいってしまったの。

 …………え? まさか。そんなはずがないわ。

 逃げられるわけがないのよ。

 逃げてどうするっていうの?

 だって、これは此処にあるんだよ。

 ……ええ、ええ。そうね。取り戻しにくるかもしれないね。

 何時までもこのままってわけにはいかないものね。

 うん、そうね。

 もう暫く待ってみるよ。



 ────────────



「連続誘拐事件……ですか」

 ──そろそろ、掃除にも飽きてきたな。

 叩きを適当に壁に沿わせながら掃除をしている振りをしていると煌夜が不意に声を上げた。一瞬、煌夜の言葉は頭の中で意味を成さず、初日にして手抜きをしているのを咎められたのかと思ったが、どうやら全く違ったらしい。要は、勘違いする程弥羽はぼんやりしていたということだ。

「連続誘拐事件?」

 店の奥から紅茶を運んできた人見が首を傾げながら言う。かちゃかちゃと音を立てるのは綺麗なティーセットだ。人見はお茶にしよう、と言い、弥羽の机にもティーカップを置いた。弥羽はそれに嬉しくなり、そそくさと机についた。

「みたいですよ」

 煌夜は何処を見ているのかわからない表情で答えている。

 机には白地に青で模様の描かれたティーカップが置かれていて、そこに人見が紅茶を注いでくれた。透明な薄茶色のそれは、何処か甘い香りがする。人見は紅茶を注ぎ終わると、ティーカップの横に三枚のクッキーが乗った小皿を置いた。それはチョコ味にナッツが混ぜられたもののようだ。

「どうぞ」

 紅茶とクッキーを見詰め過ぎる弥羽に、人見はくすりと笑いながら手を翳した。弥羽はそれを合図に、頂きます、と高い声で言い、まず紅茶を啜った。程好い熱さのそれは桃の香りと味がし、既に砂糖で甘さを調整されていた。口の中に広がる紅茶のほろ苦さと桃の香り、そして甘さ。それらは舌の上で上手く合わさり、とてつもない旨さを演出していた。

「美味しい」

 弥羽は紅茶で喉を潤した後、クッキーを一枚摘まんだ。さく、と噛むとほろりと崩れ、甘過ぎない味が紅茶の甘さとよく合っていた。

 ──此処での仕事、いいかもしれない。

 弥羽はクッキーを咀嚼しながらそんなことを考えた。人間の世界の仕事ではこんな待遇はまずないだろう。

「それで、誘拐事件って」

 至福の時は物騒な単語で一気に壊されたように思えたが、弥羽は自分には関係のないのとだと思い、至福の時を味わい続けた。

 ──連続誘拐事件て、どっちの世界の話だろう。

 弥羽はクッキーを全てたいらげながらふと思った。人間の世界にも誘拐事件は勿論ある。でも、連続、というのはドラマや小説くらいでしか聞いたことがない。いや、あるように思う。あれは、保育園に通っていた頃のことだろうか。保育園のない日曜日に朝からテレビ──恐らくワイドショーで騒いでいた。立て続けに幼女が拐われるという事件が起きていて、そのなかの一人が保育園の友達と同じ名前だったのだ。まだ幼かった弥羽に事件の本当の意味での恐ろしさなどわからなかったが、漠然と恐怖を感じたのは覚えている。それでもやはりそれは他人事であり、身近の話ではない。

「此処等の妖怪が立て続けに拐われてるみたいです」

 煌夜は言ってからティーカップに口を付けた。

 ──妖怪も誘拐されるんだ。

 弥羽は残った紅茶を飲み干しながらそんなことを思った。

「妖怪の世界で誘拐は日常的ではないよ。人間みたいに営利目的もないしね」

 弥羽の考えに人見が答えてくれた。弥羽はそれにこういうときは便利だ、と思った。いちいち口に出して聞かずとも、疑問は晴れるのだ。

「ま、人間の世界でも日常的ではないと思うけど、若い女の子が拐われたりとかはあるでしょ?」

 人見の言葉に弥羽は頷いた。もし、弥羽が仮死状態ではなく、実体で此方に来ていたら誘拐や失踪と騒がれていたかもしれない。となると、仮死状態というのは案外有難いことなのかもしれない。

「妖怪だって、そういう色魔みたいな犯罪者もいるけど、それだって人間よりは少ない」

 人見の話を統合すると、妖怪の誘拐事件は珍しいということだろう。なのに、起きている。しかも、連続で。

「色魔って、蛇のこと?」

 佳那汰が不意に現れた。そういえば始業してからいつの間にか消えていたが、弥羽はそれを全く気にしていなかった。

「ん、もう一回言ってごらん?」

 人見は笑顔で立ち上がって、佳那汰に近寄った。そして、その頬を片手で挟む。佳那汰の顔は小さいので、人見の大きな手をもってすれば簡単にそれが出来てしまうようだ。佳那汰は頬を挟まれたまま同じことを言ったようだが、それは上手く発音出来ていない。

「僻みはみっともないですよ」

 弥羽がぼそりと言うと、さすがお嬢さん、と人見は佳那汰から離れ、弥羽の肩を抱いた。広い腕に包まれる感触は少し人間のものと違うように思えたが、嫌ではない。

「誰が誰を僻むって?」

 佳那汰が詰め寄るように言ってきたが、弥羽は敢えて無表情で返した。

「だって、どう見たって、人見さんのが格好いいもの」

 弥羽が言うと、人見は肩を抱く手に力を入れ、ほぼ抱き締めるような形になった。香のような薫りが鼻先につき、さすがに恥ずかしくなり、弥羽は抵抗するように軽く身を捩った。

「なんだって? 女としての魅力なんて微塵もない奴が何言ってんの?」

 そんな状況など気にせずに佳那汰が続けるので、弥羽も人見のことは気にしないことにしたが、人見は弥羽を離す様子は見えなかった。挙げ句には、額に頬擦りしてくる始末だ。

「貴方に私の魅力がわかるようには思えないんだけどね」

 弥羽が強い口調で言うと、人見はだよねぇ、と言って更に頬擦りをした。既に人見は完全に弥羽を抱えている。

「ないものを見付けろなんて、無理難題なんですけど」

「はあ? わかんないから見付けられないだけでしょ?」

 弥羽と佳那汰は完全に睨み合って、口喧嘩を続けようとしたが、それは煌夜によって遮られた。煌夜はぱん、と手を叩いたら後、静かな口調で二人に告げた。

「やるなら、外でやって下さい」

 その言葉に弥羽と佳那汰は大人しくなるどころか、よし、と意気込んだ。

「ちょっと来なよ」

「ええ、出てってやろうじゃないの」

 弥羽は抱き締めてくる人見を追いやり、佳那汰の後をついていこうとした。

 ──こうなったら、とことんやってやる。

 弥羽は仕事中だというのも忘れて、佳那汰と決着をつける気満々でいた。そして、佳那汰が扉に手を掛けた瞬間、それは勢いよく内側に向かって開いた。佳那汰はその扉に思い切り顔をぶつけ、その場に尻餅をついた。それに人見が慌てて大丈夫かい? と駆け寄った。弥羽は倒れてくる佳那汰を反射的に避けたので何ともなく無事に済んだ。

「た……助けて下さいっ」

 店に飛び込んできたのは美しい女性だった。



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