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序章

此方では初のファンタジーとなります。

 

 狐に摘ままれたようだと思った。

 まさにその通りなのにだとか、何とも思えぬ程に頭の中には混乱が生じていた。

 辺りには宵闇が広がり、だけれどそれは何も見えぬ暗闇というわけではない。それでもどんなに目を凝らしても見えてくるものは何もない。ただ、呆然とするしか出来ることなどなかった。

 庭上弥羽にわかみ やわは一度手の甲で目を擦った。だがやはり何も見えない。今度は指の腹で擦ってみるが、同じこと。何も見えない。

 否、何も見えないという表現は些か正しくない。灯りがあるということだけはわかるのだが、それしかわからない。自分の周囲に何があるのか、灯りは何を照らしているというのか。

 ただただ、そこには虚無が広がっている。

 弥羽はそれに身震いをした。暗闇の中で半袖から伸びたら腕を擦ってみると、そこにはぷつぷつとした鳥肌が出来上がっていて、心の中をまるでそのまま現したかのようだった。

 ────一体どうしてこんなことに。

 弥羽は自分の胸に手を当てて尋ねてみるが、当然その答えが出るはずもない。辺りには気味の悪さが漂っている。それは勿論目に映すことは出来ないので、肌で感じた。

 ──今日は、確か面接に行った。

 弥羽は朝起きてからの自分の行動を思い返してみた。


 朝、いつも通りの時間──八時に起床し、トイレを済ませ、顔を洗った。そして、テレビを見ながらぼんやりと簡単な朝食を済ませ、それからスーツに着替えた。昼に、昨日約束を取り付けた面接があったからだ。

 面接に足を向けるのはもう、何度目かも覚えていなかった。

 今年の春に、有名でも無名でもない四大を卒業した。だが、その時点で就職先は何処も決まっていなかった。取り敢えずあるのは、大学時代のアルバイト先──レンタルビデオ店の店員のみ。折角、東京に出てきたくて、親をどうにか説得して東京の大学を受験させてもらった。だというのに、就職先が見付からないとなれば、田舎に連れ戻されてしまう。

 弥羽はそれだけはどうしても避けたかった。

 東京にいたいという明確な理由があるわけではないし、何か夢や目的があるわけでもない。ただ、東京に暮らしていたかった。

 取り敢えず親には、来年の春までという猶予をもらった。それを過ぎても就職先が見付からない場合は、強制的に田舎に連れ戻す、という約束付きで。

 大学を卒業して三ヶ月。幾つも面接を受けた。それでも、弥羽を採用してくれるところなど何処もなかった。

 ──私は世間から必要とされていないのかもしれない。

 そう、打ちのめされていたとき、一件の求人を目にした。

 それは、メールとして送られてきたものだった。

『居場所が欲しい方、大募集。職種は接客。決まりは色々ありますが、覚えてしまえば簡単です。』

 そう書かれていた。

 弥羽はそれに何とも思えぬ言えぬ感情を抱いた。まるで、自分の心を見透かされているかのような感覚。

 大学を卒業してから、無事に就職を果たした友人達とは何処か疎遠になっていた。地元の友人など、とうに会っていない。彼氏だって、ここ半年連絡がついていない。

 そんな弥羽にとって、『居場所が欲しい方』という言葉はこのうえなく魅力的に思えたのだ。


 メールに記載されていた電話番号に直ぐに電話を掛けた。普通なら、怪しむところだろうが、弥羽の現状は本人からしてみれば切羽詰まっていた、だ。なので当然、正常な思考回路など持ち合わせていなかった。

『もしもーし』

 電話に出たのは男だった。少し、掠れ加減の声が色気を感じさせる。

 求人のメールを見たことを告げると、相手は『ああ』と少し高い声を出した。それにもまた色気が含まれていた。

『なら、明日みょうにち昼時ひるどき、うちに来て』

 聞き慣れない言い方に、一瞬戸惑ったが、自身でメモを取った漢字を見て、それは頭の中で意味を成した。わかりました、とだけ返してから、今一度メールを見ると、そこは何かの店のようで『夜話屋よばなしや』と記されていた。職種は接客だとあるが、一体どんな店なのか。

 弥羽は電話を切ってから改めて考えを巡らせた。

 もしこれがアルバイトなどであれば、今と変わらない。そうであれば断ってもいい。

 ──出来れば、正社員がいいんだけど。

 弥羽はメールにある住所を就活用に購入した手帳に書き込んだ。そこには面接予定とアルバイトの日時だけがびっしりと書き込まれている。


 明日みょうにち──つまり、今日、そんな経緯で弥羽は昼きっかりに『夜話屋』を探した。何の幸運か、その店の住所は弥羽の住む古いアパートからさして離れていないところに在った。探す手間が省けたと思うと同時に、そんな店を見たことはないとも思った。

 もしかしたら、路地裏などに在るのかもしれない。

 弥羽はもう何度も袖を通したスーツを身に纏い、そこへと向かった。案の定、店は路地裏の、更に奥まった地下にあるようだった。出ている看板は木製で、墨で達筆に『夜話屋』と記されている。

 その建物は路地裏らしくというか、廃れているような印象を受ける。灰色の壁は所々欠けているようで、雨の染み込んだ跡なのか、染みもある。──つまるところ、綺麗な場所ではない。

 それでも弥羽は大きく息を吸い込み、階段を下りる為に一歩を踏み出した。そして一段目に足を掛けたそのとき、目の前に人がいることに気が付いたが、同時にそれは有り得ないことにも思い至った。

 店は此処だ、と確認をしたとき、弥羽はこの地下へと続く階段を覗き込んだのだ。薄暗く、段差がよく見えないから、壁に手を這わせて下りていこう、と決めたはず。そしてその階段は長く続いていそうで、奥に扉を見付けることは不可能だった。そんな処に人がいれば、いくら薄暗いとはいえ直ぐに気付きそうなものだし、奥から出てきたとも思えなかった。

 弥羽は足を引っ込めて目の前にいる人間を見た。

 ──奇怪。

 そうとしか現すことが出来ない者がそこにはいた。

 真っ白な狐の面を顔に被せている為、どんな顔立ちかはわからない。ただ、背は高く、それでいて細いので、ひょろりと細長い印象を受けるが、着流しを身に纏っているので、本来の体型は判別しかねる。髪は真っ黒で、それも狐の面のせいでどんな髪型かまではわからない。唯一わかるのは、さして長くはないこと。

『此方側へ』

 奇怪な男はぼそりと呟くように弥羽に告げた。そこから弥羽の記憶は途切れるのだが、その直前、この声は電話を受けた相手ではないな、と全くどうでもいいことだけを考えていた。






初の試みを沢山詰め込んだ小説となる予定です。至らない点は多くあるかと思いますが、今後、よろしくお願いいたします。

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