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戸田君の恋人

春川君の忘れ物

作者: haregbee

「戸田君の真実」、「村上君のリアル」、「江戸川君の靴」、「菅原君の重力」、「立花君の忠誠」、「和泉君の夢」の続編です。

ラジオの音が聞こえる。


女の子が48人で歌っている、やかましい曲だ。


静かに寝かしてくれ。


『FM長野主催のコンサートは5月に・・・・』


窓の外を山並みが流れていく。


一気に目が覚めた。


恐る恐る隣を見ると、戸田君が車のハンドルを握っている。


「戸田君、ココハドコデスカ?」


「中央自動車道」


戸田君はしれっと答えて、私にミネラルウォーターを差し出した。


落ち着け、自分。


ちゃんと思い出すんだ。


塾から帰ろうしたら、戸田君が迎えにきて、車に乗って、寝ちゃって。


戸田君に誘拐されたようだ。


「私、キッドナップされたの」


「人聞きが悪いこと言わないでよ」


戸田君は人の悪そうな笑顔で言った。


「私、山に埋められちゃうんだ。戸田君のお祖父さん所有の山に」


「ドラマの見過ぎだね。まあ、当たらずとも遠からずだけど」


戸田君の返事にゾッとしていると、車は高速を下りた。


「ホントどこ行くの」


「祖父さんの別荘。近くに温泉もあるよ」


ブルジョワジーな戸田君は、別荘という言葉がよく似合う。


混浴温泉の旅館をキャンセルしたことを根に持っているようだ。


「やっと3連休取れたのに」


私はため息をついた。


正直がっかりだ。


バイト三昧の春休みで最後に取れた休日だったのに。


「だから、遊びに来たんでしょ」


着替えを持ってきていないと文句を言ったら、戸田君は、カジュアル衣料品店ユニシロの駐車場に車を停めた。


「服だったら、用意したよ。下着はここで買ってあげる」


キラースマイルでそんなこと言われても、変態にしか見えないよ。


「自分で買う」


あんまり腹が立ったので、怒鳴って、戸田君の車を蹴っ飛ばしてやった。


推定700万円の車にキズがついた。


ケケケ。


ざまーみろ。


店内に入ると、値下げ商品が置かれている棚を目指した。


ユニシロは、戦略上、休日に値下げをする。


ぶらじゃーもぱんつも一番安いやつでいいや。


「俺は、水玉がかわいいと思うけど」


「星柄がいいな」


「色の組み合わせはこっちの方がいいんじゃない」


「そうだね。かわいいかも」


なぜ、戸田君とぱんつを物色しているんだろう。


しかも、めちゃくちゃ自然だ。


「バーゲンの時も思ったんだけど、戸田君って、レディース物を見るのに抵抗ないよね」


「パリス・ヒルトンみたいな姉貴がいるんだ。買い物によく付き合わされる」


どんなお姉さんだ。


セレブでオシャレさんて意味だよね。


ユニシロを出た私達は、スーパーで食料品を買って、別荘に向かった。


P社の社長が所有する別荘は、それはもうご立派だった。


まず、でかい。


内装は、シャンデリアと暖炉があって、クラシックな贅沢ぶり。


戸田君が眠そうな顔をしていたので、夕飯の支度している間に寝ていればと言った。


ずっと車運転していたら、疲れるよね。


凝った料理は面倒だったので、王道にカレーとサラダを作った。


部屋を覗いたら、戸田君はまだ眠っていたので、薪を探しに行くことにした。


煙突があったから、暖炉はお飾りじゃない。


まだ寒いし、せっかくだから、使ってみたい。


外に出たら、夕暮れ時だった。


山あいに夕日が落ちていく時間だ。


別荘の周りを歩いていたら、川を発見した。


水が透き通っていて、川底が見える。


川原に下りていって、水に手を突っ込んでみた。


ひゃあ、冷やっこいぞ。


石を投げて遊んでいると、いつの間にか小学校一年生くらいの男の子が対岸に立ってこちらを見ていた。


物欲しそうに見ているので、声を掛けた。


「一緒に遊ぶ?」


男の子は、橋を渡って、私の側にやってきた。


しかし、子供は風の子だっていうのは本当だな。


こんな寒いのに、短パンだ。


少年は、春川君といった。


私達は、どちらが多く石をはねさせることができるか競争した。


時々見せる春川君の笑顔は、私が知っている人に似ているような気がした。


「忘れ物を取りに来たんだけど、どこに置いたか忘れちゃった」


春川君は、そう言い残して、空が完全に暗くなる前に帰っていった。


別荘に戻ると、戸田君が起きていて、不機嫌そうだった。


「心配したよ」


戸田君は、ふくれっ面で言った。


「薪を探しに行ったんだけど、川で遊んできちゃった」


「だったら、俺も起こしてよ」


気持ち良さそうに眠っていたから、起こしちゃ可哀想だと思ったんだよ。


私は返事をせずにそこで会話を絶ち切った。


カレーを食べてお風呂に入った後、戸田君が見つけてきた薪をくべて、暖炉に火を焚いた。


戸田君は、私を膝の上に乗せて、ふたりで一枚の毛布を被った。


この体勢はどうなんだ。


膝から下りようとしたけど、腰に腕を回されているから、動けない。


お腹がいっぱいだし、暖炉の火が暖かい。


もう、勝手にしてくれい。


私はそのまま眠ってしまった。


朝になったら、ベッドの中で戸田君の抱き枕になっていた。


よ、嫁入り前だぞ。


自分がアバズレなんじゃないかと本気で悩んでいたら、戸田君が起きた。


低血圧なのか、寝不足なのか。


突然むっくりと起き上がった戸田君は、目を瞑ったまま、ふらふらと部屋から出ていった。


目を瞑ったまま歩けるなんて、どうかしている。


でも、人畜無害そうな戸田君を見たので、少し安心した。


変なことされた形跡もないし、気にすることないか。


私は大きく伸びをすると、顔を洗うために洗面所に向かった。


戸田君も洗面所にいた。


鏡を覗きこんでいると思ったら、コンタクトレンズを入れているみたいだった。


「戸田君、コンタクトだったんだね」


んーと返事が返ってきたかと思うと、後ろから抱きつかれて、頭に顎を乗せられた。


「俺、すごい寝不足なの。あんたの寝顔を明け方まで見ていたから」


色々な意味で重い奴め。


「変なことしたら、承知しないよ」


私は、戸田君の腕をすり抜けてから、きっぱりと意志表明した。


釘を刺しておかないとね。


ところが、戸田君ときたら、私の表明を鼻で笑った。


唖然としている間に流れるような動作で壁に押しつけられた。


美しい顔面の接近警報発令中。


「変なことって、どういうこと?」


そりゃ、えーっと。


「抱きついたり、キスしたり、ごにょごにょごにょ」


自分で言ってて、恥ずかしくなってきた。


戸田君は、にやにやしている。


いけ好かない奴め。


朝食を食べた後、温泉に行った。


露天風呂は、気持ちが良いものだ。


しかも、昼間っから入るのがいい。


戸田君の顔を見なくてすむから、なおいい。


ずっと湯船から出たり入ったりしていた。


お風呂から出たら、戸田君がソフトクリームを買ってくれた。


私を待っている間に戸田君はソフトクリームを三つ食べたらしい。


食べるのに夢中になっていたら、浴衣の胸元に戸田君の手が伸びてきたので、ソフトクリームを戸田君の顔にべちゃっと押しつけた。


「冷てえ」


当然の仕打ちだよ。


背が高くて、美人で、お金持ちで、有名大学に通っている戸田君。


でも、甘い物と私のことが大好きな変人。


「戸田君は、残念な人だね」


「同情するくらいなら、付き合ってよ」


ああ言えば、こう言うし。


牧場に行ったり、蕎麦打ち体験をしてから、別荘に帰った。


寝不足の戸田君は、夕方になると、また眠そうな顔をしていたので、仮眠を勧めると、大人しくベッドに向かった。


もう、いっそのこと、ずっと寝ていれば平和なのに。


私は、別荘の外に置いてあった釣り道具を持って、川に向かった。


春川君は、川べりに座っていた。


ひとりぼっちでつまらなそうにしていたけれど、私を見ると、顔を輝かせた。


私も春川君も釣りの仕方を知らないので、とりあえず針にミミズをつけて、糸を垂らした。


「お姉ちゃん、疲れた顔してるね」


春川君に言われて、ドキッとした。


子供は勘が鋭い。


「一緒に来ている人がね、悪い人じゃないんだけど、変な人なの」


「お姉ちゃんはその人が嫌いなの?」


「嫌いじゃないよ」


戸田君のことを嫌いなわけじゃない。


春川君は、小石を掴んで、川に投げた。


魚が逃げちゃうよ。


「じゃあ、僕よりもずっとましだよ」


春川君は苦しげに呟いた。


「僕はいつもひとりぼっちだから。嫌いな奴ばかり周りにいて」


空色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


茶色い巻き毛と空色の瞳を持つ少年は、きっと他人になかなか馴染めない。


「皆は僕が嫌いだから、僕も皆が嫌いなんだ」


春川君は、わめきながら、足をじたばたさせた。


その拍子に靴の片方が脱げて、川に落ちた。


止める間も無く、春川君は、靴を追いかけて走り出した。


川は、雪解けで水かさが増していて、流れも急だ。


小さな体はざぶざぶと水に浸かっていく。


春川君が靴を掴んだ瞬間、水流が彼をのみこんだ。


私は、上着を脱ぎ捨てると、川に飛び込んだ。


水泳が得意でよかった。


川の水は死ぬほど冷たかったけれど、春川君を川原まで連れてくることができた。


意識はあるけど、びしょびしょで寒そうだ。


歩けないかも。


「人を呼んでくるから、ここで待っていてね」


そう言い残して、戸田君を呼びにいこうとしたけど、途中でおじさんを見つけたので、一緒に来てもらった。


ところが、川原まで戻ってきたら、彼はいなくなっていた。


春川君が横になっていた場所には、片方の靴だけが残されていた。


どこに行ったんだろう。


おじさんと一緒に周囲を探してみたけれど、春川君の姿は見えなかった。


私が目を離したのは、ほんの数分だったから、もしかしたら、近くに住んでいて、家に帰ったのかもしれない。


私は、春川君の残した靴を別荘に持ち帰った。


明日、また来てみて、春川君がいなかったら、置いて帰ろう。


シャワーを浴びてから、寝室を覗くと、戸田君はまだ眠っていた。


私は、眠っている戸田君を眺めた。


月が昇っていて、明りをつけなくても、戸田君の顔を見ることができた。


初めて会った時もなんとなく思ったのだけど、春川君の顔立ちは、少し戸田君に似ていた。


もしかしたら、親戚かもしれない。


でも、戸田君はあんなに悲しそうな顔をしない。


いつも自信たっぷりに笑っている。


そんなことを考えていると、戸田君が目を覚ました。


まぶたが開いた瞬間、私の心臓は大きな音を立てた。


空色の、見たことのある瞳が目の前にあった。


「その目、」


戸田君は「ああ」と言って、目をこする。


「知らなかったっけ。カラーコンタクトつけているんだ」


「戸田君、その髪って、自毛なの」


「そうだけど」


戸田君は、濃い茶色の髪に手をやった。


寝起きは、ひどいクセ毛だ。


くるくるの巻き毛。


「これ、戸田君の靴でしょ」


春川君の靴を見せると、戸田君は顔を歪ませた。


「子供の頃に履いていた靴だよ。片方無くしちゃったんだけど、母さんが買ってくれた靴だから、捨てられなくて」


信じられない。


「戸田君、小学校一年生くらいの親戚いる?」


私の声は震えていたと思う。


「いないけど」


「じゃあ、弟は?戸田君の弟って、何歳?」


「2歳だけど」


「写真とかある?」


戸田君は財布から写真を一枚取り出した。


茶色っぽい目の赤ちゃんが写っていた。


「似てない」


「母親が違うからね」


戸田君は囁くように言うと、私を抱き締めた。


「弟とあんた。俺の好きな人は、世界にふたりだけ」


そんなこと言わないで。


「母さんが死んでから、初めて嫌われてもいいから、好きになりたいと思う人間に会ったんだ」


皆嫌いって言っていたくせに。


笑っているのに泣いているなんて、おかしいよ。


「あんたがほしいんだ。他に何もいらないから」


私は、そんな風に想われていたんだね。


アルバムを見せてもらった。


小学生の戸田君は、私が出会った春川君その人だった。


髪の色は今よりも薄い茶色だった。


私は、もうひとりの戸田君に会ったようだ。


ずっと長いこと、戸田君の中に隠れていた小さな戸田君に会った。


その子は、人間嫌いで、寂しがり屋で、ひとりぼっちだった。


春川君は、戸田君の中にずっといたのだ。


次の日、私は戸田君と一緒に川原に向かった。


それは、夕暮れ時の不思議な時。


全てがぼんやりとしていて、でも、なにかはそこにある。


小さな春川君は来ないけれど、大きな春川君は私の隣にいる。


「俺、ここに遊びにくると、ひとりでつまんないから、地元の子達と遊ぼうとしたんだ。だけど、大きな別荘の子だとばれると遊んでもらえなくてさ。仕方ないから、春川って名乗ってたんだ。春だし、川があったから」


子供らしく、安直なネーミングだけど、案外似合っているんじゃないか。


「いいんじゃない。忘れ物をちゃんと取りに来たんだから」


私はそう言って、戸田君の手を握った。


困ったことにひとつの予感が私の中に生まれた。


私は、戸田君に惹かれてしまうかもしれない。


戸田君が知っている孤独を私は確かに知っているのだから。



教訓:


旅は道連れで、世は情けなんだよね。


写真を見せてもらったら、戸田君のお姉さんは、パリス・ヒルトンにそっくりな金髪美女だった。

主人公の戸田君に対する興味を誘発しようと試みた結果、トワイライトゾーン的な話になってしまいました。そろそろ本気で終わらせたい「戸田君の恋人」シリーズです。

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