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第3話 接触

 二人は犯人とおぼしき少年を見失わないよう、気付かれないよう着かず離れずの距離を取って尾行開始した。

向こうがこちらに気付いた素振りはない。

 といってもターゲットが完全に犯人と同一人物だと決まったわけではない。

実際に犯人の顔を見たわけではないし似顔絵の写真だって当てにはできない。

 だが外見的特徴はほぼ一致している。長身に細身の体。資料にあったのと同じ服装。

任意同行を促すに条件は足りている。後はどこで接触するかだ。

不用意に接触して反抗でもされたら周囲の人間に被害が及ぶ。

ソーサラー同士が本気でやりあえば何が起こるか予測できない。

相手の能力が低ければ一方的にひれ伏せることもできるが現段階で相手の能力はわからない。

 万一のことを考え人が少ないところに行くまで尾行を続けなければならない。

そう蓮菜に注意された。不用意に手は出すなと。

 だが結衣としては隙あらば取り押さえに行くつもりだった。この一週間の努力がやっと報われようとしているのだ。

見失ったなんてことになればたまったもんじゃない。

ターゲットが少しでもこちらに気付くような素振りや逃げるようなまねをしたら即座に飛び掛るつもりだ。

 例え反抗してきても自分の能力なら周囲に危害を加えずに取り押さえることができる。結衣はそう思っていた。

尾行を開始してから15分。これまで特に動きを見せなかった少年が建物に入った。2人は少年の入った建物を確認する。

商店街の中央に位置する銀行だった。

結衣は蓮菜とどうするかを話した。

 そこまで大きな銀行ではないので中に入れば尾行に気付かれる恐れがある。

だが外で張り込んでいて見失ったら元も子もない。少年とやや間隔を空けて入ることにした。

 自動ドアが開くと暖房で暖められた風が外に漏れ出してきた。

週末だけあって利用客が多くそれなりに混みあっていた。

店内を確認すると少年は待ち合い用の椅子に座っていた。入り口から背を向けた状態なので気付いてはいないだろう。

「結衣。ここはバラバラに行動しよ」

 蓮菜はそういってATMコーナーへと向かっていった。この歳の女の子が2人連れで銀行にいては目立ちすぎる。

結衣は他の客に習って整理番号札を発行する機械で番号札を受け取り椅子に座った。

少年の斜め後ろの席に座った結衣は改めて少年の様子を観察する。

後ろ姿では判断材料に欠けるが、身長などの体格上の情報は完璧に一致している。後は顔を直視できれば決め手になる。

結衣は少年が犯人だと仮定してどのように接触するかを考えた。

(警察の者ですがお話しよろしいですか?)

 これでは硬い気がする。警察ドラマじゃないんだし。

(お兄さん。よかったらお話ししませんかぁ?)

 いやいやデートに誘うわけでもないんだし。

そんな全体としてはどうでもいいが、今後訪れる可能性がある場面のことを考えていると番号札に書いてある数字が呼ばれた。

「いらっしゃいませ。ご用件をお伺い致します」

「え?用件ですか?用件はですね」

 何も考えていなかった。そもそも少年を尾行するために銀行に入ったのだ。

銀行に用があったわけではないので用件などはない。

「その。お金を借りたいと思って・・・・・・」

 銀行は金銭に関することを取り扱う会社。間違ってはいないが、十七歳の女の子が借金しに銀行に来るなどどういう家庭事情なのかとツッコミを入れたくなる。

店員も顔に困惑の表情を浮かべた。女子高校生くらいの子に金を貸してくれと言われて、はいどうぞと貸せるわけがない。

結衣も銀行員もどうしたものかと考えていた。

 その時だった。

「動くな!」

 背後で怒声が聞こえた。続いて客と思われる人の悲鳴。

結衣は慌てて後ろを見ると覆面を被った男が5人拳銃を構えていた。

銀行強盗だった。



 今日は運がないと零二は思った。前回の仕事を完遂し平松組から入金したと連絡が来たので、銀行に来たのだが。

運悪く銀行強盗に遭ってしまった。まだ入金の確認も取れていないのに全く運がない。

せめて自分が銀行を後にしてから強盗に入って来てほしいと零二は思った。

 強盗の数は5人。皆拳銃を持っており、一人が銀行員に金を要求している。残りの4人は客や他の銀行員が妙な行動を起こさないかを監視していた。

(今はじっとしているのが得策だな)

 警察が来れば強盗たちが人質を取るということも考えられるが、人質にするとなれば女性や老人などを選ぶだろう。

 よって変な気を起こさなければ自分に被害は及ばない。

もっとも零二がその気になれば強盗団全員を叩きのめすことなど容易だが、そんなことをしても得にはならない。

どっかの金持ちが強盗を倒してくれた報酬を払うとでも持ちかけてくれば話しは別だが。ここは大人しくしているのが得策だ。

 だが、流石に退屈なので零二は暇潰し代わりに強盗団について分析してみることにした。

何せ座っていることしかできないので、このくらいしかやることがない。

 強盗団の人数は5人。覆面を被り全員が拳銃を所持している。

拳銃はハンドガンタイプのものでルーンの密度や状態からモデルガンなどではないと判断できる。

 強盗団の装備や無駄のない行動から念入りに計画を立てての犯行だと考えられる。

目の動きや拳銃を構える動作から少なくとも前科のある者たちだろう。

 次にこの後考えられる事態を予想する。強盗団の行動は早くても金を用意している銀行員は恐怖で混乱しているはずだ。

つまり金を用意するには時間がかかる。

 銀行にはこういうときのために強盗に気付かれずに警察に通報する設備があるはずだ。恐らく警察はすでにこの銀行に向かっていると考えていい。

となると時間の勝負になる。強盗団が金を持って逃げるが先か。警察が銀行の周りを取り囲むのが先か。

後者の場合だと強盗団は銀行内に立て篭もるはめになり、そうなると面倒だ。

この場にいる全員を人質に取って逃走経路が確保されるまで解放されないだろう。零二自身もその中に入る。

 しかし強盗団もその事態は避けたいため、要求した金額全てが揃わなくともある程度まで用意されれば逃げるはずだ。

現在銀行員が金が入っていると思われるアタッシュケースを机に並べている。警察が到着した様子もない。

強盗団が入ってきてから5分が経過している。そろそろタイムリミットだ。

後は客や銀行員が変な気を起こさなければ自分に危害が及ぶことはない。零二はそう考え強盗団が立ち去るのを待つことにした。


 その頃同じ銀行内にいる結衣は強盗団に飛び掛かるタイミングを見計らっていた。

警視庁に所属する能力者特別対策室の一員としてこの事態は見過ごすことができない。

警察が来る気配もないため、ここは蓮菜と力を合わせて解決しなければならない。

 結衣と蓮菜の任務は暴力団襲撃事件の容疑者捜索であって強盗団の鎮圧ではない。

だが今の状況でそんなことを言ってはいられない。きっと綾乃さんもわかってくれるはずだ。

 後は強盗団の隙を見て飛び掛かるだけ。拳銃で武装していようとソーサラーの結衣なら倒せる。

問題は周りの客や銀行員への被害だ。

強盗団の持つ拳銃が周りの人々に向いているうちは手出しできない。謝って発砲でもされたら大変なことになる。

銃口が周りの人から反れたとき。そのときが勝負だ。

強盗団の配置は窓口で金を要求しているのが1人。待ち合い席に拳銃を向けているのが2人。ATMコーナーに2人だ。

結衣が行動を起こせばATMコーナーにいる蓮菜も動くだろう。

ATMコーナーにいる2人は蓮菜に任せるとして、残り3人は結衣が倒さなければならない。3人くらいどうってことはない。

結衣が飛び掛かる体勢を整えていると強盗団が動いた。目的の金額が揃ったようだ。待ち合い席を見張っていた男達がアタッシュケースを取りに行く。銃口が下がった。

(今だ!)

 結衣はルーンで強化しておいた両足で力強く床を蹴り強盗団の1人に飛び掛かった。

空中で身を捻り側頭部に強力な蹴りを入れる。

蹴りを受けた男が倒れるとアタッシュケースを持ち出そうとしていた他の男たちが驚愕の表情をした。強盗団にとって予定外のことが起こったからだけではない。仲間を倒したのが高校生くらいの女の子だったからだ。

 だが悠長に驚いてはいられない。強盗たちはアタッシュケースを床に落とすと拳銃を結衣に向けた。

結衣は瞬時に周囲のルーンを凝縮し男達に向けて放った。凝縮されたルーンはエネルギーの塊となり男達を襲う。

 しかし一瞬のうちに凝縮できる量はさほど多くはない。男達を昏倒させるまでには至らない。

それでも十分だった。ルーンの塊がぶつかった衝撃により男達の手から銃が飛ばされる。

暴発することなく飛ばされた銃は床に落ちた。

銃が床に落ちる音がしたときには結衣は片方の男の腹に拳を叩き込み、もう1人に回し蹴りを放っていた。男達は声を出さずに崩れ落ちる。

3人の男達を倒した結衣はふぅっと息を着いた。

結衣は周囲を見てけが人がいないことを確認した。我ながら上出来だと結衣は思った。

強盗団の誰一人に発砲させることなく、倒したのだ。

 更にルーンへの干渉(ルーンを凝縮して放ったこと)はいつになく上手くいった。

どうやらATMコーナーにいた蓮菜も2人の強盗団を倒したらしく、顔を見せた。後は警察が来るのを待つだけだ。

 しかしその油断と自身への過信が結衣を陥れた。

「結衣!危ない!」

 蓮菜が叫んだ。

時間の流れが結衣にはスローモーションに感じられた。

振り返ると最初に倒した男が這いつくばりながらも結衣に銃口を向けていた。

そして引き金にかけられた指が動く。

人間は危機が迫ったりすると全神経を視覚に集中させるという。

神経を集中された視覚は写る光景をコマ送りのようにゆっくりと感じさせる。

 けれど研ぎ澄まされた視覚に対して他の神経や体は順応できない。

結衣は放たれた弾丸を凝視することしかできない。体が全く動かなかった。

(ダメ。間に合わない)

 ルーンを足に集中させるが結衣が動くよりも早く弾丸は体を貫くだろう。

結衣は目を閉じ、弾丸が体を襲ったときの激痛に備える。

 そして弾丸が放たれる音が響いた。

ドンと小さな爆発音のような、乾いた音だった。

結衣は死を覚悟した。

 しかし激痛は襲ってこなかった。弾が外れたのか。あるいは余りの激痛に痛覚が麻痺したのか。

結衣は恐る恐る目を開いた。

 すると結衣の目に映ったのは拳銃を撃った男と自分を遮るように立つ人の背中だった。

結衣と蓮菜が尾行していた少年(零二)だった。

零二は片手を正面に突き出し、弾丸を受け止めていた。手のひらに周囲のルーンを集合させ壁を作っていたのだった。

蓮菜程ではないにせよルーンの探知ができる結衣にはそれがわかった。

(す、すごい)

ルーンへの干渉は結衣にだってできる。さっきだってルーンを凝縮させて強盗にぶつけた。だが高速で飛来する弾丸を阻むほどのルーンを集合させ凝縮させることは容易ではない。

弾丸を防ぐルーンの壁を形成するなど結衣にはとてもじゃないが成せる技ではなかった。

結衣は優秀なソーサラーを何人も見てきたし自分だって高い能力を持っていると自負できる。その価値観が一転した。

この自分と歳も変わらぬように見える少年はレベルが違う。結衣はそう思った。


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