7 紅い旋律
美しいワルツの旋律が流れる。
まっ白な大理石の床に、素敵なシャンデリアが光を、あちらこちらに反射させていた。
アクロたちは、舞踏会の会場に入る前に、二人の兵隊に会った、金髪の兵は物腰柔らかにお辞儀をした。参加者名簿の紙で指を切ったようだが、本人は気にしていないようだった。
シェンは血の匂いにぴくりと反応を示したが、平常心を装っていた。
赤毛の兵隊は、アクロ達の胸元に紅い薔薇の花を挿した。
会場に入ると、ザワザワとアクロに沢山の視線が集まる。
その視線はアクロに、『奇異』の感情を向けていた。
白髪の少女。
なかなか居るものでは無い。一部の男性陣からの視線に、アクロは気持ち悪そうに背を向けた。
シェンが、何か行動をとるたびに、黄色い悲鳴が上がった、シェンの顔立ちは、どこぞの貴族にでも見えるんじゃないかと言うほど整っている。シェンは色んな女性に踊らないかと誘われたが、ジャスミンがシェンに教えた魔法の言葉。
『連れがいるので』
で、全て断った。
けしてアクロの顔立ちが整っていないわけでは無い、白髪の方が酷く目を引き、顔立ちなど目に入らないだけであって、アクロの顔立ちはどこぞのご令嬢にも負けない美しさだった。
筋の通った鼻、真っ白な肌に桃色の頬、薔薇色の唇、整った眉、美しい曲線を描く輪郭。
ただ、澱み沈んだ赤い瞳のせいで雰囲気は高貴なものでは無く陰気なものになっていた。
アクロのこの容姿とあのひねくれた性格に惹かれるものは結構いるもので、ジャスミンはその一人である。
白いテーブルクロスの掛けられた、長テーブルの上に並ぶご馳走達、だがナイフやフォークは無く、三又スプーンだけだった。
「凶器の制限が徹底されていますね・・・」
アクロはジャスミンに耳打ちした。
自分達の持つ武器は、レイピアと爪にナイフが4本だけ。
バラの形をしたチョコレートを生クリームと共に、三又スプーンでつついていた。アクロの口元には生クリームが付いている。
「アクロちゃん、言葉遣いに気をつけてですぅ」
ジャスミンは、ハンカチで生クリームを拭い取りながら言った。
「分かってますよ、ジャスミンさん」
コクンと大きく頷くと、お皿をジャスミンに渡し、シェンの方へ小走りに向かった。
そして、
「ごめんなさい、待ちまして?」
と、いつものアクロからはありえない、猫撫で声で言った。
シェンは首筋に鳥肌が立つのが分かった。掌に掻いた汗をズボンで拭い、アクロに手を差し出し、跪いた。
「いっ、いいや、待ってないよ、踊ろうか・・・」
「はい」
シェンはジャスミンに言われたとおりに言った。アクロは猫被った笑顔だった。
シェンの周りを集っていた女達からは、悲鳴のような声が上がる。アクロにはそんなもの全く関係なかった。
あの男性陣からも残念そうな声が漏れたが、その後は、感嘆の声が響いた。
黒と白のコントラスト。赤と青の瞳の中に渦巻く光
アクロの赤い瞳がチラリと見た先には、長い金髪を一つに結った、豪華な服装の若い男が一人、統率者だ。
シェンはアクロの細い腰に手を回し、アクロはシェンの背中に手を回した。
音楽は緩やかに流れる、向かう先には、統率者が立っている。
アクロはしなやかな動きで、踊りを完璧に踊っていた。シェンは慣れないダンスに、アクロの足を多々踏んでいたが、アクロに踏むたびに脅され、だんだんと踏む回数は減っていった。
踊りながら、統率者の方へ移動していく。
アクロがくるりと軽やかに回るたびに、やわらかな白髪は流れるように空を舞い、感嘆の声が上がった。
~♪♫♫♪♬♬~~♪♬♪♫♫~。
音楽が流れ続ける、だんだんと、シェンがダンスのステップに慣れてきた頃、音楽は唐突に終わった。
「ブラボー!」
そう言ったのは、統率者だった。
「いやぁ、可愛らしいワルツだったね、お嬢さん、舞踏会慣れしている様だけど、舞踏会は何回目かな?」
「・・・五回目ですわ、王・・・少しお話したいことがありますの。」
アクロは造花の様な笑みを浮べ、ドレスの裾をつまんだ。
「レディ、飲み物をとって来ます」
シェンは礼儀正しく統率者に向けてお辞儀をし、アクロに向かって言った。アクロは小さくコクンと頷いた。
「そうか、五回目か、素晴らしいワルツだったよ、私の名前はオレガノだぁ、以後よろしく。ところで、話したいこととは何かな?」
「重い病気を患った時、臓器を入れ替えなくてはならない時があるでしょ?」
「あぁ、あるねぇ」
「それを、血縁者内では無く、事故にあって亡くなってしまったばかりの人の臓器でも、一致すれば使用してよいという風にして頂きたいんですが」
「うぅ~ん、そうだねぇ・・・じゃぁ、君の臓器を代わりに使えば?」
そう言うが早いか、オレガノは胸元から銃を取り出し、アクロの額に触れるか触れないかの位置に止めた。
「オレガノ様、知ってます?引き金を引くのに約0・48秒、弾に火がつくのに約0・02秒、弾丸が筒から飛び出すのに約0・5・・・・合わせて、一秒・・・・・・」
「それがどうしたのかな?お譲さん。」
「ボクの前での一秒は永遠と同じって言いたいんです」
周りから甲高い悲鳴が上がった。