1 偽善者の国
「アクロってさぁ、なんでそんなに、運動神経いいわけ?」
幼さの残る少年の声が、アクロと言う少女に、問いかけた。
少年の声は、透き通ったボーイアルトだった。
それを例えるならば。
晴れ渡った、雲一つない空の、青の様な声。
「それはね、シェン、そう成らざるを得なかったからだよ」
アクロと呼ばれた少女は抑揚なく、シェンと言う少年にそう答えた。
鈴鳴るような声は感情が無かった。
それは、例えるならば。
カップの中の、冷めてしまった紅茶の様な声。
「なんだよそれ」シェンは不思議そうにアクロに言った。
「何なんだろうね、ボクにもよく、分からない」
アクロは曖昧にそう言った。
果てしない荒野に、野太いエンジン音が響く。
乾いた大地に、焼け付く日差しが落ちている。
ワインレッドに塗りつぶされたオープンカーには、四人の、人間が乗っていた。
男2人に、女2人。
「アクロちゃん、何処まで行くんですぅ?」
金髪の美女は、助手席に座っている、老婆のような白髪を持つ少女に問いかけた。
アクロ・キュープは貪る様に食べていたクッキーの缶から目を離さず、美女に言った。
「後もう少しですよ、ベルガモットさん」
「タメ口でいいって言ってんですよぉ?」
美しい金髪を揺らし、菫色の瞳を輝かせながら、ジャスミン・ベルガモットはそう言った。
アクロは『寒くなってきた』と言いながらコートを首元まで留め、またクッキーに目を戻した。
ジャスミンは楽しそうだ。
「何が目印なんだ?」
後部席の少年が、目の前のアクロに身を乗り出し、問いかけた。
「でっかい檻だって」
アクロはクッキーを口の中で、もごもごさせながら言った。
「檻?」
「うん、檻、黒い檻なんだって、一種の国らしいけど、シェンは楽しみ?」
墨のような黒髪に、空を映した海のような青色の瞳を持つ少年、シェンは首を傾げた。
シェンの過去には、いろんな事情があったため、苗字は無い。
「楽しみかはわかんねぇよ、行ってみねぇことにはさ」
「ボクは楽しみだよ?君見たいな、お馬鹿さんとは違ってさ」
「っんだと!」
シェンが瞳をギラつかせた時、隣にいた大柄な男がシェンの肩を握った。
「やめろ、シェン、嬢ちゃんには適わねぇって」
「うるせぇ!放せよハイド!」
褐色の肌に、若葉の様な色の瞳に、独特の黄緑色をした、短かい髪の大男、ハイド・アクソンは、かははと乾いた笑をこぼし、シェンの首元を猫の様に持ち上げ、席にきちんと座らせてから、手を離した。
シェンは眉間に皺を寄せ、音を立てながら激しく貧乏揺すりを始めた。
「底が抜けるからやめてよ、シェン」
「黙れぇっ!」
アクロの物言いに、苛立たしげに叫んだシェンは、貧乏揺すりを一層激しくさせた、その時。
「あっ!あれ、檻って?」
「えっ?」「はっ?」
ジャスミンは、、片手でハンドルを握りながら反対の手で前方を指差した。
そこには巨大な黒い檻、檻の中には大きな建造物が並んでいる。
「建物、建ってるんですね」
「人間が動物みたいですねぇ」
「超でけぇ~」
「かはは、牢獄みたいだな」
それぞれの感想を口にし、黒い檻の入り口に車をつけた。
「「ようこそ、旅人さま御一行殿」」
入口の両脇に大きな獣。
左側に巨大な鷲が、右側に巨大な鷹が、人語で話しかけてきた。
「・・・・・・」
4人は呆気にとられ、ぽかんと口を開けていると。
「おっと、失礼いたしました、私達の国の動物、獣は人語が話せる者も居ます、私達は門番でございます。」
鷹の方が4人に向かって話しかけた。
「・・・へぇ、そうなんですか」
アクロはクッキーの缶をコートの中に仕舞うと、車を降りた。
「あの、車は・・・」
「入国しても、使用していただいてかまいません、ですが、銃やナイフの所持は許可しておりません」
鷲がそう言った。
「そうですか、じゃぁ、シェン、ハイドさん、ベルガモットさんも、降りてください。」
ジャスミンとハイドは返事をしながら、車を降りた。
シェンはまだむすくれたままだったが、無言でゆっくりと車から降りた。
アクロはコートの内側を探り、三本のナイフを取り出して、鷲の方に渡した。
鷲は丁寧にナイフを受け取った。
「ナイフは出国の際にお返しいたしますゆえ。ご安心ください。」
「そうですか、分かりました。」
アクロは抑揚無くそう言った。
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