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フツーの出産ってヤツ

「すっげーよなー。もう、身長より腹まわりの方がデカイんじゃねえ?」

慧太の呟きを聞き咎めた瑞穂が振り向いた。

「そんなわけないし、そうだとしても私だけの責任じゃありません」

いや、別に責任を問うたわけじゃないんだけど。

出産予定日は、3日前である。


「そんなに狭いところじゃ居心地悪いだろうにな。早く出てくればいいのに」

「初産は遅れるのが普通なの。慌てなくてもちゃんとパパになるんだから、落ち着いて頂戴」

産む筈の瑞穂の方がよほど気楽に構えている。

腹がつかえるとかなんとか言いながら、しばらく留守をするからとせっせとトイレや風呂の掃除をする。

足の爪もひとりじゃ切れないくせに、無理をするなと言ったところで聞くような性格ではない。

「私が実家に帰ってる間、慧太がマメに掃除するとは思えない。できるだけ被害を減らさなくちゃ」

被害ってことは、俺は加害者か。

「それくらいはやるって」

「部屋は丸くないのよ、慧太。四角くて、隅があるの知ってる?」

はい、すみませんごめんなさい。


居間の隅には、いつでも出動可能なボストンバッグが用意されている。

背の低いチェストも買った。

あとは、現物の顔を見るだけだ。

瑞穂の腹に額をつけて、のんびりしてないで早く出ておいでと言うのは、帰宅してすぐの日課になっている。

「男の子だっていうしな、身長は俺に似て性格は瑞穂に似るといいな」

「都合いいこと言わないの。身長が私で性格が慧太。うわ、見た目も中身も一生子供!」

どういう意味だ。


夜中に隣の布団が空なのに気がついて、慧太は目を覚ました。

居間に入っていくと、瑞穂が時計を片手にウロウロしている。

「あ、ごめん。起こした?始まったみたい」

「みたいってなんだよ!病院行かなくていいのか?」

「うん、まだ間隔が長い」

言葉が終わらないうちに、瑞穂はトイレに飛び込んだ。


「慧太!バスタオル持ってきて!着替えてすぐ出発する!」

何が起こったんだかわからないうちに、瑞穂があたふたと支度にかかっている。

「ボストン持って、歩くの助けて」

「何か緊急?」

「破水した」

それを早く言ってくれ。

慧太は慌てて車のキーを掴んだ。


「信号無視っ!」

後ろの席から瑞穂が叫ぶ。

「赤だった?」

「産むのは私よ。慧太が動揺してどうするの。まだ間隔長いし、すぐは産まれないから」

そう言った直後に、息を詰める気配があった。

動揺するなって、無理!


産院に到着すると瑞穂はすぐに診察室に回され、慧太は廊下に取り残された。

助産士が出てきてすぐに説明する。

「初産にしてはずいぶんギリギリまで我慢したみたいですね。朝にはもう、パパですよ。一緒に周産室へどうぞ」

よろよろと歩く瑞穂と一緒に、指定された部屋に入って待機する。

瑞穂は5分置きくらいに息を詰め、慧太の手を力いっぱい握る。

小さい手、細い指。

こんなに小さいんだよな、瑞穂。

額に浮いた汗に、申し訳ない気分になる。

頼むな。


「2分間隔。助産士さん呼んで」

瑞穂の言葉に慧太は立ち上がってコールボタンを押す。

出産に立ち会う度胸はない。

「ごめんな、頼むな」

「心配しないで、任せといて。慧太がパパなら、私だってママ」

そう言いながら慧太に腕を回す瑞穂も、やけに不安そうな顔になっている。


瑞穂の声と助産士の声が、産室からほのかに聞こえてくる。

廊下に座った慧太がうつらうつらしはじめた頃、窓が赤く染まった。

「うわ、すっげえ朝焼け」

その時、産室から力強い声が聞こえて、しばらく待つと扉が内側から開かれた。

「津田さん、もう会えますよ。どうぞ」

知らない機材だらけのその部屋の真ん中で、疲れた顔を精一杯ほころばせて

瑞穂は薄い布に包まれた、その小さな人を抱いていた。


fin.

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