ドヤ顔で婚約破棄を宣言した瞬間に前世を思い出したが、すでに退路は断たれていた件について――「待て、やっぱり今のナシ」は通りませんでした
「シルヴィア・ブランシェ!お前との婚約を破棄する!!」
夜会の会場に渡り響く声で俺は言った。
そう、この氷のように冷徹な女との婚約を破棄し、私は愛しのミーシャと婚約するのだ!
――その瞬間、頭がスパークした。
蘇る前世の記憶、ブラックな労働な日々。そして思い出されるやりたくもなかったゲームの記憶。
おいおいおいおい。これあの乙女ゲーム『恋する聖女と魔法の鍵』の断罪イベントじゃねえか!
となりにはあざとい男爵令嬢ミーシャ・メルティがいる。
俺が今婚約破棄を言い渡した相手シルヴィア・ブランシェは長い銀髪とアイスブルーの瞳が印象的なクールビューティーな公爵令嬢だ。
彼女は特に悪いこともしてないのになぜか悪役令嬢という役回りのせいでどのルートでも不幸になるというなんともな仕様なのであった。そしてそのきっかけはこの婚約破棄イベントから始まる。
正直彼女の方がはるかに好みだった。クール系美少女最高だね。
「待て。やっぱり今の無――」
「承りましたわ、殿下」
「——し!?」
あれ?ここは「何故なのですか?殿下!!」と追いすがるシーンじゃなかったっけ??
「では私はこれで失礼させていただきます」
「ちょちょちょちょっと待っちょっと待った!」
「はい?」
「い、今のはほんの冗談というか――」
「まさか王太子殿下ともあろうお方が公衆の面前でそのような冗談をおつきなされたと?」
周りから浴びせられる視線。
「というのはまぁ冗談だが……」
「そうですか。それでは殿下、これにて失礼いたします。――ああ、どうぞ末永くお幸せに」
「ちょ、待っ」
「セルディック様ぁ~。シルヴィア様もお忙しいのですよきっと」
ミーシャが言う。
なんだこいつ! こんな奴だったか? いや待てここまでのルートの記憶によるとこいつはいつもあざとく怪しかった。まさかこいつもプレイヤーか!?
「待て。ま、まぁ、お前がどうしてもいうのなら撤回してやらないこともない……」
「はぁ? 私の方は特に問題ありませんが?」
「い、いいのか? これは王家と公爵家の中を結ぶ正式な縁談で……」
「破棄なされたのは殿下ではないですか?」
そりゃそうだとも!!
「そ、そうなのだが、しかしお前にも立場というものがあろう?」
「つまり殿下は、私が泣いて縋り付く姿をご覧になりたいと?」
「いや、そうとも言ってないが……」
このままでは君が破滅フラグまっしぐらなんだよ!
「では何がお望みなのですか?」
「いや、うん、まぁ……」
本当何をやってるのだろうか俺は。何か方法はないか。何か……駄目だ。どうにも撤回できるような空気じゃない……
「まぁ、なんだ、達者でな……」
「殿下もお元気で」
シルヴィアはそう言い残して去っていった。
その夜、王宮に帰った俺は父である王に呼び出された。
「セルディック、夜会でシルヴィア嬢に婚約破棄を突きつけたという話は本当か?」
「本当でございます……」
「この馬鹿者! 何ということしてくれたのだ……」
頭を抱える王。
「申し開きもございません」
いやまったく。
「お前は事の重大さがわかっておるのか? よりにもよって男爵令嬢を選ぶなどと……」
「全くその通りでございます。ひいては明日、公爵邸に赴きシルヴィア嬢に謝る所存」
「お、おう、それが分かっておるのなら最初から婚約破棄などするでない」
「全くその通りでございます」
本当にその通りだよ。誰だよ婚約破棄した馬鹿王子は。クール系美少女と天然ゆるふわ系なんて選ぶ余地ないわ。
次の日、普通に学園に通う。
昨日から考えていたのだがシルヴィアのあの態度、どうにもゲームの時とは違いすぎる。やはり彼女も中身がプレイヤーなのか? あるいはループパターンもあるか……? いずれにしろこれこっちが積むやつでは? 俺はいよいよもって焦り始めていた。彼女も救い、俺も救われる方法はもう復縁するしかない。
「セルディック様! おはようございますぅ~」
ミーシャの甘ったるい声が聞こえてくる。癇に障るなぁ……
「ミーシャか。今日も元気だな」
「はい! 元気だけが取り柄なので!」
「そうか……」
「なんだか元気ないですねぇ。シルヴィア様のことですか?」
「うむ……」
「気にすることないですよぉ。シルヴィア様も了承してくれたじゃないですかぁ」
いやだから問題なのだが? こいつ現状解ってるか? こいつもプレイヤーなら同じプレイヤーが立ちはだかった場合のやっかいさ分かるんじゃないのか? 阿保なのか? そしてお前などより俺はシルヴィアを選ぶね。やっぱり時代はクール系美少女だよ。あの冷たい目最高だよ。
「ミーシャは呑気でいいな……」
「やだ。セルディック様。褒めても何もでませんよぉ?」
褒めてねーよ。
その日の授業は頭に入らなかった。とにかくどう謝るべきかを考えていた。
そして放課後。シルヴィアも学園にいるのだからもう謝ってしまえばいいとも思ったが情けない姿を衆目に晒す羽目になる可能性が高いのでそれは却下だ。
シルヴィアが馬車に乗り込んだのを確認してしばらくしてから馬車で公爵邸に向かう。
果たしてすんなり屋敷に入れたわけだが……
「お待たせいたしました。殿下。父は執務でいないため私がお相手いたします」
応接室で待っていたらシルヴィアが出てきた。会ってくれないかもしれないと思っていただけに拍子抜けだった。
「う、うむ」
今更ながらに緊張する。
「それでどのようなご用件で御座いましょう?」
「その……だな……元気だったか?」
「はい、私は昨日から変わりありません」
だろうな。見ればわかる。元気じゃないのは俺だけだ。
「まぁ、なんだな……昨日のことなんだが……」
「はい」
「全面的に俺が悪かった! 婚約破棄は撤回する! 許してくれ!!」
「はい。いいですよ」
「そこをなんとか……!え?」
「いいですよ。ただし条件があります」
「じょ……条件?」
「はい、殿下には私の犬になっていただきます」
え?今なんて言った?
「……聞き間違いかな?今犬と聞こえた気がするが?」
「はい、犬になっていただきます」
いい笑顔だった。
あれ? これ実はめっちゃキレてる?
「まさかなんの代償もなしに、復縁できると思ったのですか? 私も当家も大きな恥をかかされたのですよ?」
「いや……しかし犬って」
「それがいやならどうかお引き取り下さい」
「いや、しかし……」
いくら何でも犬て。
「お引き取りを」
えぇい! 二人の将来のためだ!
「わ、わかった。犬でもなんでもなってやる!!」
「おや? 返事がなってないですね?」
「ならせて下さい! お願いします!」
「何になるんですか?」
「犬です! 私はあなたの犬です!」
「よくできました。いい子にはご褒美を与えないといけないですね」
そして俺をヒールで踏みつけてくるシルヴィア。
あれ俺この子を助けようとしてたんじゃなかったっけ?なんで踏まれてるの?
「なにか不服そうですね? やはり復縁はなかったことに……」
「ありがとうございます!うれしいです!!」
「素直な子は好きですよ」
こうして婚約破棄した翌日、俺はシルヴィアの犬になったのだった。
はたして俺のこれからの人生はどうなってしまうのか? 本当にこれでよかったのか? だがクール系美少女に冷たい目で見下され、踏まれるのも悪くないと思ってしまった今日この頃だった。




