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スクライディ  作者: 柊里
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つぐない

悲鳴が聞こえる。

「きゃぁぁあああ!!!」

助けを請う声が聞こえる。

「どうかっ…どうか、この子だけは!」

罵る声が聞こえる。

「悪魔! この人でなし!!」

 

火の粉が舞う。 煙が上がる。 血が散る。

家が崩れる。 木が倒れる。 鳥が逃げる。

人が、死ぬ。


紅い着物は、返り血を浴びてより紅く。

果て逝く人々の合間を縫って風の如く走る少女。

名を如月水那といった。

暗殺を生業とする如月一族宗家の次女にして、生年14の娘。

その目に、慈悲や慈愛は映らない。

ただ、標的のみを見つめ続ける。


「これが、今回のターゲット……ですか?」

やっと一人前の魔道師になったばかりの弟子が、銀の片目をこちらへ向ける。

その目には困惑と、そして恐怖が映っていた。

無理もない。

殺戮現場を見るのはこれが初めてなのだろう。

ふう、と息をつく……振りをした。

「樹、お前は帰れ。さすがに少し荷が重いからの」

貧血で倒れたら元も子もないだろうし。

と付け加えると素直にコクリと頷いた。

そんなことは建前で、穢れて欲しくないだけ。

魔道に手を染めてもなお、純真なその心を持っていて欲しい。

この気持ちは偽善なのかもしれない。

死した者が生き返ったことだけで罪なのだから、あの子はもう十分すぎるほど穢れている。

けれどそう仕向けたのは、他でもない自分自身。

「では、庭の掃除をしておきますね」

ふわりと微笑み家に帰る背中へ、ささやかな懺悔を。

「許してくれ、とは言わない。

憎み、嫌悪し、それでもなお生きてくれればそれで構わない」

呟いた声が風に消えるのを確かめ、振り返って紅い娘を見据えた。

視線を感じたのかくるりとこちらを向いた。

光の具合によっては、赤とも茶ともとれる不思議な色合いの目が、こちらを向いた。

「あんた敵じゃないね……」

低くはない、けれどその年頃の娘にしては高くもない声。

そしてその声は目と同じく無感情だった。

「少なくとも、今回の標的じゃないことは確かだよ」

「……声色が違うな。さっきと」

あいまいな返答に対する答えに、少なからず驚いた。

他人に興味を持つようには見えなかったのに。

「あぁ。あの子は少々特別なんだ」

少々?

いや、とても、か。

どちらにせよ驚いて口を滑らせたような感じはあるが、これ位なら大丈夫だろうとふんだ。

この娘はじきに死ぬ……いや、殺されるのだから。

そう思うと、少しだけ、今度は本当にほんの少しだけ憐れになった。

死ぬはずだった樹はああして生きているのに、寿命はまだ尽きないはずの少女はこれから死ぬのだ。

「嫌いだ」

唐突に思考を遮られた。

意志の強い、それでいて虚ろな瞳が自分を見つめていた。

ついさっきまで、死体の山を見つめていた瞳。

「なぜ?」

自慢じゃないが私は美しくない。

子供からは悲鳴を上げられ、逃げられるのが関の山だ。

しかし、この少女に普通の子供の感情があるとは到底思えない。

ならば身にまとう空気か。

そうでないなら、これから私がもたらす運命への本能的な嫌悪か。

「なぜ、出会って一刻もせずに嫌われなくてはならない?」

答えを期待してはいなかった。

しかし

「人間じゃない。なのに人間だ」

キッパリと言い切られたその答えが恐ろしいほど自分に似つかわしくて、これからはそう答えてみようかと考えた。

あなたはだれ?

そう問われることがあるならば、の話だが。

「的確な表現だ。勘が良い子だね」

「トクベツは二人も要らないはずだ。何しに来た?」

社交辞令とか、ご挨拶とかは身に付けていないんだね。

そんな事を考え、その一瞬後に打ち消した。

なんてこの場にそぐわない言葉だろう。

すっかり忘れていた。

――ここは戦場なのだ。

今まで暗殺が行われていた場所。

そして、これから暗殺が行われる場所。

その両面の意味で。

「如月一族に、暗殺の依頼をしにね」

「名は?」

「ルストナニアダル」

黒魔女だよ。

心の中でそう付け加えた。


死体の山を越え、焼き払われた家をわき目にひたすら歩いた。

魔道を使えばすぐに移動できるのだけれど、黒魔女だとばれるのはまずい。

仕方無しに、普段ろくに使わない足で地を踏んだ。

道中前を歩く少女が口を開くことはなかった。

沈黙が嫌いなわけではない。

しかし樹と長い時間を過ごしすぎた。

樹はよく笑い、よく話す。

月に似ていると称したこともあったが、最近では寧ろ太陽のようだ。

家族が出来たと喜んでいるのだろう。

私だって同じ気持ちだ。

――なのに、お前を裏切っている。

前を歩く少女が、残党を容赦なく切り捨てるのが見えた。


如月一族の屋敷は思ったよりも小さかった。

よく考えれば豪華絢爛な生活のために暗殺業をしているわけでもあるまい。

元々綱渡りのような仕事だ。

見つかってしまったら終わりなのだ。

――私がそう思うのはお門違いだろうな。

その隠れ家は、その時にはもう見つかってしまっていたのだから。

「上がれ」

一瞥もくれずにそう言い、少女は履物も脱がず上がりこんだ。

慌てて私もそれに倣う。

板張りの床は見た目に反して頑丈で、その他の畳や襖の無駄のない設計から家主の合理的な性格が読み取れた。

無論、そんなことが分かっても仕事にはまったく関係なかったのだが。

タンッと音を立て、周りと同じ形の襖が開いた。

奥にいたのは、鋭い眼光の男。

紺色の着物を着流し、無骨な手には背丈ほどもある槍が握られていた。

一目で判った。

――最高権力者だ。

はたして、それは正しかった。

「時と場所を言え」

主語を省き飛ばされた質問に一瞬戸惑い、そして理解した。

プロは、暗殺などという無粋な言葉は発さない。

このご時世、壁に耳あり、だ。

「今宵、成川のほとり甲香村を」

シナリオ通りの台詞を口にした。

「対価は?」

「……魔道をお教え致しましょう」

無表情だった男の片眉が、僅かに動いた。

嫌悪感があらわになる。

と同時に殺気がうごめく。

「お前、魔道師か? それとも、黒魔女か?」

「魔道師にございます」

「嘘はないな?」

何も手を打っていなければ、うっかりボロが出ていただろう。

それほどの威圧感だった。

しかし私は失敗するはずがなかったのだ。

創造主がシナリオを書きかえた以上、運命に逆らえる者はいない。

シナリオは創造主のものであり、二度書きかえることはかなわないのだから。

「黒魔女がのこのこと現れるとお思いですか? 敵対する如月一族の屋敷へ、独りで」

「思えんな」

過信が運の尽き。

もっとも、本来ならば過信により命を落とすのは我々の側だったのだが。


「……――ということですね。

言い換えると、魔道は魔力を横取りするものだとも考えられます」

――私はなにをしているのだろう。

「ああ。だが、そんな便利なものが何故普及しない?」

「代価が必要だからですよ。何が引き換えになるかは運次第ですけど、生きていくのに必要不可欠なものをとられることもありますし。それに――……」

如月家の屋敷の離れ、如月水那の個室で、弟子と少女が向き合って話し込んでいた。

対価である魔道の講習も三回目を数えていた。

――確かに樹は魔道師であるし、魔道師が魔道を教えることになんら不思議はない。ないのだが……。

私は魔道師だと言った。

そして相手はそれを信じた。

――ならばほかの魔道師を呼ばせる必要はなかったはずだ。

実は、私はこの時何も知らなかった。

これは創造主のちょっとした悪戯心でなされた出会い。

ただの気まぐれだった。

「ちなみに今更ですが、魔法の道、で魔道と言います」

「ふーん。こっちに言わせれば、魔の邪道、だな」

「…なかなか上手いこと言いますね。それに手厳しい」

樹が同じ年頃の子と話しているところを見たのは初めてだった。

こんな生意気なことを言う子だったのかと、意味もなく切なさをおぼえた。

「さてと、今日はこれ位にしますか。師匠、帰りましょう」

「ならばまた明日来るとしようか」

――明日?

――そんな偽善がよく言えたものだ。

「ああ……待ってる」

色素の薄い目がほんのすこしだけ柔らかく細められた。

それはあの能面のような少女の、紛れもない笑顔だった。

 

「うわぁぁあああ!!」

悲鳴が聞こえる。

「頼む……取引を、しよう…」

助けを請う声が聞こえる。

「……は……はっ…黒魔女、か?」

罵る声が聞こえる。


目の前には、如月水那の血に塗れた姿があった。

「やられたな」

いつもの通り無感情な声。

そこに非難の響きはないのに、何故だろう。

何故、この少女が私を罵ったと思ったのだろう。

――私にやましいところがあるからだ。

「訊きたいことがある」

何を問われるか、もう分かっていた。

「樹も、そっちか?」

「いや…あの子は魔道師だよ。そこで踏みとどまらせているから」

男の黒魔女を俗に「黒使い」と言う。

魔道師より更に一歩ヤミに近づいた形。

私は樹に呪縛をかけた時に踏み込んだ。

「……トクベツ、だから?」

ポツリと呟かれた言葉。

もとより返答は期待していなかったようだ。

はぁーっと、生気を抜くようなため息が、切れて血が流れていた口から漏れた。

「綺麗だ、あいつは。自分が汚く見える」

そして息絶えた。

まったくの無表情で、その場においても異質な少女は身を地に降ろした。

「自分が穢れてないと思っていたのか…?」

一人ごちた台詞は幸い誰にも拾われていなかったが、言ったそばから後悔した。

――確かに、穢れてはいないのか。


如月一族の殲滅は小一時間で終焉を迎えた。

後始末もそこそこに、樹の待つ隠れ家へ足を踏み出そうとした、その瞬間、

「師…匠……」

「樹…っ!?」

来るなと、お前は見るなと、あれほど言いくるめておいた愛弟子が、青ざめながらも立っていた。

「夕食、できましたよ。カレーです」

笑おうとした痕跡の見える口元はギュッと噛みしめられ、手の平からは血がにじんでいた。

それでも惨劇から目を逸らさないで、それを行った私を責めもしないで、ただ立っていた。

――その通りだな、如月水那。

『綺麗だ、あいつは。自分が汚く見える』

きっと羨ましかったのだろう。

その微かな感情を羨望だと気付く術も持たなかったのに、だからこそ尚更。

樹は多くを知っている。

「もっと、立場が違ったら…」

樹は純粋だ。

「あの子が、この一族に生まれなかったら…」

樹は強い。

「きっと、いい友達になれてました」

――そんな樹だから、こんなにも胸が痛むのだ。


私の懺悔が届くだろうか。

亡くした息子にそっくりな樹が生き延びることを、命を捨ててでも願うと同時に、苦痛を与えたいほど憎んだ。

だからあんな方法をとってしまった。

そして私はこの子を騙し続け、じきに自分だけ解放される。

私の懺悔は、届くだろうか。

今では誰より愛おしい弟子に。


そして皮肉にも、如月水那の一周忌に私は死んだ。

多くの感情を知る樹に、絶望という名の置き土産をして。


つながりましたね。

ここは正直絡ませるつもりはなかったんですが、まぁ創造主の気まぐれで…ってことで。

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