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スクライディ  作者: 柊里
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目の前には小さな男の子。

「さ、好きな漢字を選んで。まあ、何も選ばなくてもいいけどね」

机の上に広げられた広用紙。

「……霧…無……」

白い紙に書き連ねられた漢字を辿る指。

「…武……。っ……!」

50を超える漢字の中から見つけたその字。

それは、

唯一無二の妹の音。



あたしは幸せな人間だった。

自分でもそう言い切れるほど、恵まれた家庭に育った。

優しい両親に健康な祖父母。

そして双子の妹。

父親はあたしに似ていて進路のこととかも相談に乗ってくれたし、母親も突飛な行動をするあたしに理解を示してくれた。

時々ケンカもしたし怒られたりしたけど、それは小さい頃の話で、中学校にあがった辺りから随分甘くなった。

多分それは成績が良くなって、そして性格も落ち着いてきて世渡り上手になったからだったんだと思ったりした。

それとは逆に、妹――結芽は勉強もつきっきりで見られてて、あたしと同じ馬鹿やっても怒られていた。

世渡り下手で、間が抜けてて、成績は中の上。

それでも悪くないはずなのに、あたしに対する扱いとでは落差があった。

「今の、結華だったら怒られてなかったよね……」

と結芽が言い出すのも日常茶飯事になっていた。

そんな高校2年の時。


「山代さんってウザイよねぇ」

「そーそー。何かかわい子ぶっちゃって」

放課後の教室では、例の如く女子たちのオハナシが始まっていた。

あたしはその子らのグループじゃないし、さっさと帰ろうと鞄を持った。

ちなみに山代さんっていうのは、クラスの女の子……だったはず。

いかにもイジメの標的になりそうな、よくいるぶりっ子タイプの子だ。

何も聞いてませんよ風に教室を出て、靴を履いて、学校を出てバスを待った。

じっと地面を見つめ、目を軽く瞑った。

吐き気が、した。

――別に山代さんと仲がいいわけじゃないけど、確かにぶりっ子してるけど、あれは何?

意味が分からなかった。

――いい所がちゃんとあるのに、どうして悪い面ばかり見るの?

動物に優しくて、子犬を拾って飼い主を探し回っていたのをよく見ていた。

学校の池の金魚に餌をやっているあの笑顔さえ、ぶりっ子だと非難するクラスメイトが信じられなかった。


あたしはその頃には、自分は客観的に物事を見れる人間だ、と自負していた。

結芽も両親も友達も、長所は冷静なところだと口を揃えて言っていた。

だけど、それでも熱くなることも羽目を外すこともある。

中学の時までは割と幼馴染が多くて、結芽も同じ学校で、そんなあたしを良く知ってる人ばかりだったからなんとも思わなかった。

例えば放課後にいきなりテンションが上がることとか、言いたいことをズバズバ口にすることとか。

中学生になったばかりの頃、友達同士であだ名を付け合ったことがあった。

「結華はさ、冷静で頭いいけどちょっと天然なツッコミマシン、ってとこだね」

「待って、なんであたしだけそんなに長いのっ!」

さすがナイスツッコミ、と笑われた時には腹が立ったけど、とても的を得ている言葉だ。

悪ガキが多くて、バカが多くて、先生にも手のかかる学年だって怒られて……。

でも楽しくやっていけた。

そんな学び舎を後にし高校に上がって2ヶ月も経つと、いかに自分がアウトサイダーかがはっきりした。

ずっとぬるま湯に浸かってて、中にいるときはもっと温かいものを求めたけど、あがってしまえばとても寒い。

あたしが進学した県下トップの進学率を誇る学校は、冷たく都会的な生徒が多かった。

それですっかり冷めてしまった。

元々冷静といわれていただけあって、人の輪から離れた位置が定着するのも早かった。

それでも、集団行動の時に仲間に入れる程度の友達は、ちゃんといた。

休み時間に話す友達も、ちゃんといた。

その子たちといると楽しかった。

だから、高校はどう? と聞かれると、あたしは決まってこう答えた。

「うん。楽しくないこともないよ」

それは心からの本音。

青春の苦しみの中に入らないあたしだからこそ、そう思えたのだろう。


とにかくもそんな風にして、第三者であり続けることになった。

だからイジメとか悪口とかに、吐き気がするほどに嫌悪感を覚えていた。

――あの人にはいい所もあるのに

客観的で先入観なんて持ってなかったから、そんなことが思えたのかもしれない。

けれどそれは自分のための言葉であるということも、気付いていた。

『あたしにもいい所があるはず』

そう思いたかった。

あの人はさり気ない気配りが出来る、あの人は彼女にはちゃんと優しい……。

クラスの端から端まで、半月でも一緒にいればだれの長所だって見えた。

なのに、自分のいい所だけは見えなかった。

あたしを褒めてくれる人はみんなお世辞を言っているのでは、という猜疑心が常にあった。

そんな疑り深い自分を否定し、しかし猜疑心を否定する自分は自惚れていると喝を入れた。

あたしは、自分が大嫌いだった。

いい所があると知っていながら、悪口を繰り返すあの子らに何も言わない自分が。

心のどこかで友達と一線を引いて、高いところから見ている自分が。

結芽と自分の扱いの差に、結芽を哀れむという方法で目を背けている自分が。

恵まれた家庭と環境で育ったのに、更なる幸せを望む自分が。

この世の中で、殺人者の次に嫌いだった。

けれどその考えには、一つの大きな大前提があった。

『家族は何があっても自分を愛してくれる』

例え友達がいなくなっても、あたしには祖父母がいて、両親がいて、そしてなにより結芽がいる。

自分が自分を嫌いでも、憎んでも、あたしを大切に思う人が7人いる。

それは疑う余地のない事実だと、信じていた。

だから、自分の命は家族と同等に大切だった。

死ぬなんてバカなことだと思っていた。

それが突き崩された時のことなんて考えていなかった。

だって、考える必要なんてない、そう思っていたから。

絶対的な真理だったから。


いつもの赤バスがきた。

今日の運転手は若作りしたおばさんか、と一人で笑っていた。

周りなんて気にしなくてよかった。

――バスはいい。だれもあたしのことを知らないから。

同じ学校の人は自転車か電車で通学する人が9割強を占めていた。

一人になれる数少ない場所。

それが行き帰りのバスの内。

家族はあたしの大切な帰るところ。

けど、完全に気は抜けないところでもあった。

思春期なんてそんなもんだ、と心の中で呟いた。

ふと顔を上げると、バスの窓から夕日が沈むのが見えた。

夜が近づいていた。


「ただいまー」

バス停から徒歩4分の家。

いつもと何ら変わらない帰宅。

「……? おかーさん?」

いつもと違う家。

独りの寂しい帰宅。

月も輝かない新月の夜。

時計が指すのは、7時13分。

家には誰もいなかった。

夕食であろうシチューを煮込んだ鍋が、冷たくなっていた。

その日、結芽はテスト前で部活が無くて、早く帰っているはずだった。

その日、母さんは友達とデパートに行っていて、でも6時には家にいるはずだった。

二人の携帯は、テーブルの上で光っていた。

「ど……しよ。…絶対、おかしい……よね」

答える人はいないのに、声にだして自分を安心させる。

それでも居ても立ってもいられなくなって、玄関から飛び出した。

鍵をかけるのを忘れない辺り、なんてあたしは冷静なんだろうと自嘲気味に思った。

心当たりがあった訳ではないけれど、結芽とは一卵性双生児だから、なんて考えてシンパシーみたいなものに頼っていた。

そんな計画性の無さが抜けてる所だけど、不思議なもので役に立った。

だけど――……

役に立たなかったら。

もっと冷静だったなら。

そうしたら、あたしは……。


家から10分位の公園で、結芽と母さんがなにかを言い争っていた。

いつもとは違う、ピリピリした空気。

――何でわざわざ公園に来て?

そこまで思った瞬間だった。

「お母さんはいつだってそう!!」

結芽の声が響いた。

「いつだって‘あんたは何でそんなことも出来ないの’って、意味分かんない。三人が真面目だったからって、あたしが真面目だとは限んないじゃない!」

「だから…だから……お父さんもお母さんも……結華も……」

「大っ嫌い!!」


世界が、この世の全てが、崩れる音を聞いた。


『家族は何があっても自分を愛してくれる』

例え友達がいなくなっても、あたしには祖父母がいて、両親がいて、そしてなにより結芽がいる。

自分が自分を死ぬほど嫌いでも、どれだけ憎んでも、あたしを大切に思う人が7人いる。

それは疑う余地のない事実だと、信じていた。

だから、家族が、家族だけが、あたしの存在理由だった。

一つでも欠けたら全てが終わる。

そんなこと百も承知で、それでも縋れるものは家族だった。

そんな保険のない大博打に惨敗して、あたしは死んだ。

もう自殺だか事故だか分からない死に方だった。

公園から左右も前後も考えないで、とにかく走って公園から離れた。

5分と経たないうちに、赤信号の横断歩道を渡り、車にはねられた。

それは後でシナリオを見て思い出したのだけれど。


あたしがそこで死ぬこと。

それはシナリオで決まっていた確実な事実。

どう足掻いても、あたしは学校で悪口を聞いて、帰宅して、そして結芽の声を聞いたのだ。

だけど。

もし、を祈ってしまう。

もし、もっと冷静だったなら……――

そうしたら、あたしはもっと生きていられた?

そうしたら、あたしはもっと家族のそばにいられた?


「どうせ仮定の話ね。もう、」

死んでるんだから、と続けようとした口は、視線を感じて止まった。

「寝言か? なんで起きてる時よりマトモなんだ?」

「今のって結構失礼な発言だよ。お仕事に行った筈の雄君」

「んだよ№2ー、班員はえらく庇うな。 確かにオレも人のこと言えねーけどさぁ」

そ……っか、あたしはもう、結華でいなくていいんだよね。

「ん~? ありー? 雄と№2がいるぅ??」

「おー、はよっす」

「二時間も寝てたよ……」

「ふえぇ。あーあ。よく寝たあぁー」

目指すのは、ゴーイングマイウェイな馬鹿女だしっ♪


人間ってゆうのは、運命を受け入れられないよーな生き物で、有り得ない過去とか未来とか祈る生き物で。

あたしらはぁ、運命を受け入れなきゃいけないモノで、叶わないなら願うだけムダムダって思うモノで。

どっちが幸せかなんて、人それぞれだし。

だから夢は、これからを死ぬほど幸せに過ごすって決めたんですぅ~。


ここにいて、人間の自分を忘れることはない。

過去の自分の対極を演じても、時に耐え切れなくなって暴れても。

この名を持つ限り、ずっとずっと。


今回は現代っ子のお話です。

ちなみに結芽はゆめ、結華はゆうかと読みます。

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