金と黒
「何か御用でございましょうか? 監視者サマ?」
「相変わらずよのぅ、雄。気配を読むことには、長けておる」
かたや、嘘臭い笑み+あからさまな敬語の青年。
かたや、直毛黒髪+着物の時代錯誤な少女。
地上ならばなんとも不思議な取り合わせ、といった所か。
しかしここスクライディでは日常的な、むしろ普通過ぎる位の2人組。
人間で無いモノが集まるこの場所には、実に多種多様の外見を持つモノが存在する。
大昔の種族も、人間も、未来の生命体も、全部僕が集めた。
神の名の下、起こるべき未来のために。
とはいえ今はこれからの2人の会話だね。
なかなか面白いみたいだ。
それはつまり、盗み聞きをする価値がある、ということ。
……久々にワクワクしてきた。
あるはずも無い雲を探すかのように、雄は上を見上げる。
それを見つめる監視者は、意味も無くふっと息を漏らす。
そして、何気ない口調で会話を続ける。
「雄。お主、此処をどう思う?」
まったく、こんなことを言うから、後々あんな目に遭うんですよ。
無論、それだから面白いんだけどね。
「どう思う……? なんだ、それ」
「ここに居るモノ達をどう思うか、と聞いた方が良かったかの?」
雄は、監視者の言葉を受けて動きを止める。
そして上を向いていた顔をゆっくりと下ろし、監視者を見つめる。
面倒臭そうな表情から一転、真剣な眼差しへ。
その視線を受け止めた監視者が、口を開く。
「なんじゃ、その顔は。予想もしていなかった事を聞かれたわけでもあるまい。軽く答えればよいじゃろう?『皆後ろ向きな連中ばかりでつまんねぇよ』とな」
「全員が後ろ向きな訳じゃないし、後ろ向きであることを非難するつもりは無い」
「そうじゃろうな。少なくとも、お主は違う。非難しないと言うのも、昔を思い出すからか?」
雄は監視者を見て、そして軽く目を細めた。
……シナリオ通り。
今は、監視者が優勢か。
雄は、一言一言区切るようにして監視者に尋ねる。
‘なんで、お前が、俺の過去を、知っている?’
監視者が愉快そうに聞き返す。
‘不思議がることではあるまい。私が誰だか忘れたのか?’
雄は顔をしかめ、嫌そうに口を開く。
‘監視者サマです’
その答えを聞き、監視者は満足そうに笑う。
「そうじゃぞ、雄。役職では創造主よりも上であることを忘れるでない」
雄は舌打ちをして、監視者を睨みつける。
心中は穏やかじゃないだろうに、その複雑な感情は微塵も出さず、不愉快だという顔だけを作っている。
「あっそ。じゃあ創造主に聞いたんだ? そりゃいいや」
口の端を上げて、生前を思い出させる表情を作り、投げやりに言った。
「また俺らをからかうネタができたってことだ。楽しいだろうね」
監視者は、更に追打ちをかけようと、話し出す。
‘悲しい過去を持っていると聞いたがの。そうじゃな、例えば……’
その言葉を遮るように、雄が口を開く。
‘友達だと思っていた奴に裏切られたり、親には権力を保持するための餌にされたり、挙句の果てに妖怪と仲良くなり災いの根源とみなされ殺された、とか?’
人間というのは、本当に変な生き物だ。
弱々しい生き物かと思ったら、すぐに立ち直ってみせる。
そして想像もつかないことを言ってのける。
雄も今は人間ではないけれど、まあ根本は変わらないだろう。
でも、そろそろ飽きてきたな……。
シナリオの改良も上手くいっているみたいだし、見ておく必要もないか。
今回はまだ、さほど重要なターニングポイントを作ったわけではないし。
さてと、監視者がここに来るまで待つとしよう。
雄との会話を終えた監視者は、創造主が待つ部屋へと入る。
そしてやる気の失せたような表情で大きなため息をつき、不貞腐れて椅子に座る。
「創造主……。お主、分かっておったのだろう?」
「さぁ、どうだろうね。」
人間が‘天使の微笑み’と称す純粋無垢を装った笑顔を見せると、黒髪の上司は納得いかないという顔をした。
「いつから、ここまで知れるようになったのだ? いつから我々を欺いておった?」
まったく、そんなに怒らなくてもいいのに。
「さぁ?……いつからだと思う?」
‘監視者は怒りをあらわにする’ね。
確かに、堪忍袋の緒が切れるという感じだね。
「上司命令じゃ! 言え!! 言わぬのなら、上に報告するぞ!」
成る程。
これが切れる、か。
面白いな、監視者は人間的で。
そんなことだから雄に遊ばれるんだろうけど。
とりあえず言いたいことは言わせておこうか。
「創造主。……自分の立場を、解っておるのか?」
「ええ、もちろんですよ」
もちろん理解していますよ。
僕はあなたの部下であることも。
ただ、それだけではないんだよ。
あなたは僕にとって、唯一の特別な存在です。
きっと、あなたが覚えてなんていない、あの出来事以来。
僕が未熟だった頃、あなたが人間だった頃の、ね。
……今はとりあえず、また後でということにしておこうか。
僕がすべきなのは、この上司の機嫌を直すことなんだから。
監視者をウォッチャーと呼ばせるのに、何故創造主はクリエーターと呼ばせないのか。私も不思議です(笑)
だんだんとゴチャゴチャしそうな展開ですが…どうぞ気長にお付き合いくださいませ。