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スクライディ  作者: 柊里
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儚き桜

もし桜の精が存在するというのならば、それはきっと貴方のことだ。

春の香り漂う卯月、桜の舞い散る丘の上で出会った銀の瞳の君。

思い出の桜の木を見上げ、「あの日」に想いを馳せる。


「あの日」――何時もの様に目を覚ますと、家族皆が私なんて居ないかのように振舞い始めた。

余りに突然の出来事だった。

私は其処に一刻たりとも居られないで、理由を考える事もせず家を飛び出した。

何時もなら息も絶え絶えに追い駆けてくれる筈の父も、文句を言いながら必ず私を探し出してくれる筈の兄も、心配そうに家の


前で待ってくれる筈の母も、追い駆ける素振りさえ見せなかった。

ただ、居間で塞ぎ込んだ様な表情をしていただけだった。

必死に涙を堪えて、整備されていない地面を蹴る。

ひたすら走って、走って―――。

気が付けば、町から遠く離れたムラに来ていた。

『ムラ』それは、貧しい者が住まう場所。

私は、其処へ足を踏み入れた事が無かった。

近づく事さえ禁じられていた、治安の悪い区域。

此処から急いで離れなきゃ、と慌てて顔を上げた。

その先に、桜の木を見た。その下に居る、貴方を見た。


それは運命だったのでしょうか?

桜の花びらが舞い散る中、花を見上げていた貴方。

その眼が銀色に光っていたのを、最初は太陽の所為にしていました。

けれど此方を向いた時も、その眼はやはり銀色で…。

綺麗だと、そう思いました。


「君、ムラの人?」

想像していたよりも低く、しかし澄んだ声。

「いえ…。迷ってしまって」

「それなら早く立ち去った方が良い。此処は、好い処では無いから」

貴方は少し哀しそうに微笑んで言った。

「あっ…お名前だけでも教えて頂けませんか?」

せめて何か繋がりを持ちたい、そう思って咄嗟に出た言葉。

何時になく積極的な自分に、思わず赤面してしまった。

見知らぬ人、なのに。

「……もう少し…」

「え?」

「もう少しだけ、待って。蝉が鳴く頃まで」

刹那、桜が舞って前が見えなくなった。

そして目を開けると、大きな桜の木だけが1本佇んでいた。


今、季節は夏。蝉の鳴き声の響く中、私はあの桜の木の下にいる。

私はあれから、貴方との約束だけを想い生きてきました。

貴方がいなかったならば、私は此処に存在することさえ出来なかったでしょう。

だから、お礼を言いたいのです。

だから、待っているのです。


「健気な娘だね…」

少女のいる桜の木の上空で、金髪金眼の少年が呟いた。

「そして可哀想だ。君の居場所など、もう在りなどしないのに」

可哀想、と言いながら、その口元は笑っていた。

まるでお気に入りの玩具を手に入れた子供のような、しかし無邪気とはかけ離れたソレ。

「さあ、初仕事だよ。No.2」

その言葉が少年の口から零れたのを合図に、桜の木が揺れた。

そして―――


誰かが近づいて来る様な気がする。風が吹いて、桜の木が揺れる。

「あの日」――貴方と会った時と同じ感じがする。

そう思った時だった。

「久し振りだね…」

貴方は現れた。

「ぁ…。お、お久し振りです。」

しかも、私のことを覚えているなんて。

もう、とっくに忘れられていたと思っていたのに…。

嬉しくて、思わず涙が零れそうになる。

だけど、

「まだ、駄目なんだね?解っていないんだね?」

唐突に投げられた質問に目を瞠る。

駄目…?

解っていない…?

それは一体、どういう意味なの?

そして、貴方の口から不思議な言葉が紡がれる。

「光、天を支配する者。闇、地を支配する者。我、世界を司る者。

魔力を封じしアラヴェルの神、黒魔女ルストナニアダルの名に於いて魔力の開放を命ずる」

「光よ、我を嫌う天よ、罪無き魂を受け取り給え。

闇よ、我が内なる地よ、罪無き魂は天へ召される」

心が洗われるような、そんな心地がする。

それでも、どこか嫌な感じが消えないのは何故なのでしょう。


少女の体が光に包まれるのを、少年は黙って見ている。

口元に笑みを浮かべたまま、出来の良い息子を見つめる様にその光景を見ている。

「魔道・闇に染まりし力、天に於いて浄化を望む。

我が対価にかけて、受け取り給え」

青年が詠唱を終えた。

そして少女の姿が完全に消えた所で、青年の所へ下りていく。

並ぶと青年に見下ろされる形となるが、それでも少年の威圧感は消えない。

「流石は黒魔女ルストナニアダルの弟子だ。初めてにしては上出来だよ」

「…いえ、今のは只の浮遊霊でしたから」

「自分が死んでいた事にも気付いていなかったしね。 それにしても面白い」

何が、と言わずとも、青年は気付いている。

「此処は君が死んだ所だ。君も、あの少女と同じ様に自らの死に気付いていなかった。

そしてルストナニアダルに拾われ、魔道を叩き込まれた。その魔道で少女を成仏させた。

まぁ、どうでもいい事だがね。さあ、行こうか」

先程と同じ様に宙に浮き、少年は消えて行く。

桜の木の下には青年――No.2だけが残された。

その黒髪の青年は、どうかあの少女が天国で幸せに暮らせますように、と桜に祈り、

「結局、名前教えなかったな…」

と微かな後悔を残して、消えた。

ただ、青々とした葉をつけた桜の木だけが、そこには残った。

登場人物少なすぎですね…。

3話でどばっと出て、ちょっと毛色が変わってくるので、お付き合いください。

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