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スクライディ  作者: 柊里
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古傷


オレは、一国の大名の跡継ぎだった。

そんな過去は忘れたと言うことは簡単で、スクライディにはそうしているやつの方が多い。

そうでなければ、慧のように壊れてしまうか、霞のようにいつまでも囚われ続けてしまうからだ。

しかしたとえ№2のように平気なふりをしていても、その背後に見え隠れする「生きていたころの自分」は、どうやったって拭いきれない。

だってその何かしら問題を抱えていた過去の自分がいなければ、オレたちはスクライディじゃなくて天国だとか地獄だとか(他の種族の奴らは違う世界だとか)に行けていたはずなんだから。

自慢じゃないがオレは、そんなスクライディのなかで唯一過去を克服したモノだ。

その点ではあの創造主にも勝ってるんじゃないか?

だけどオレは今、そう思ったことを後悔している。

オレだって、過去の俺と周りの環境全てを許せたわけじゃないし、弱点だって当然ある。

掘り返されたくない過去だって、他のやつらと同じようにあるんだ。


遡ること3時間前、創造主の部屋に任務をつつがなく終えた褒美だと呼び出された。

任務をこなすことはスクライディの義務だから(しかもシナリオがそうなってる以上、オレらがどうにかしたところで任務不遂行なんてできやしないし)、普通わざわざ呼び出してほめられることなんてあり得ない。

他のメンバーだと何をされるのかと震え上がるところだろうが、正直なところオレにとって創造主はあまり恐れる存在じゃない。

その認識が甘かった。

「雄、真麻の過去を知ってるかい?」

まさか、

「いや…いくら仲良くても他班までは知らねぇし、知りたいとも思わないけど」

「そう。でも、僕は知っておいた方がいいと思ったからさ」

「………知っておいたほうが…?」

「そう。話してあげるよ、安芸様」

まさか、こんなことが、あるなんて。



「姫のおてんばは少々度が過ぎるようですな」

少々というか、結構度を越してるぞ。

おてんばよりもさらに進んでじゃじゃ馬だよな、あれは。

まぁそこがつたの良いところなんだけどよ。

「本当に。安芸様といい、蔦様といい、身分違いも超えて異形とのお付き合いがお好きのようで…」

よく言えたもんだ。

俺が身分違いの親友をつくった時も引き離そうとあくどい手を使ったくせに。

この城には、俺の敵しかいない。

妹と妹が拾ってきたいきだおれの少年ルーツ以外は、だれも俺の能力しか見ようとしない。

その能力だって、確かにこの国じゃあちょっとは賢いかもしれんが、井の中の蛙というもんだろう。

こんな城、蔦がいなければ、国民がいなければ、今すぐにでも崩落させてやるというのに…。

「いやまぁ、いずれにしても相応しい身分の方とお付き合いして欲しいものですね」

悪かったな。どうせ俺が親しくするのは庶民か妖怪だよ。

でも、もう庶民には近付いてないからいいだろ?

もう龍次で懲りたんだよ。

そう、お前らの思い通りにな。


安芸だったころ、つまり生きていたころの俺は、平均よりもちょっと頭の切れる青年だった。

城で渦巻く権力争いや、なんとか世間体を保ちながら俺の能力だけを生かそうと策略する父親にほとほと嫌気が差し、きまぐれで城を抜け出した先で龍次に出会った。

龍次というのは、俺がソルゥの前に親友だと信じていた男。

しかしほどなくして龍次の妹が城の者に暗殺された。

遠見安芸に近づくな、という警告だった。

龍次には自分が遠見の子だと告げていなかったし、相手もまさか大名の子息が農村に降りてきたとは思わなかっただろう。

突然無罪の妹を亡くした龍次が安芸を責め、ナイフのような言葉を刻みつけてくるのも当然だった。

しかし、当時の俺はそれですっかりまいってしまった。

龍次は、初めて蔦以外に信じることのできた人間だった。

裏切られたと罵ることもできず、かといって仲直りをしようと前向きになることもできず、ただ城にこもっていた。

周りの連中は、やれやれこれでやっと大人しくなったと思ったようだ。

しかし龍次と別れて半年も経つと、前よりも一層冷めた状態になっていた。

蔦以外の人間は信じないし、心も移さない。

そうすれば誰も傷つけることはないし、自分も傷つかないから。

そう決めてしまえば、逆に心は楽になった。

また城を抜け出し、国中を一人で歩き回った。

城からの追手をまくぐらい簡単だったし、なにより強い味方ができた。

妖怪、ソルゥだ。

ソルゥを初めて見つけたのは、ルーツだった。


金の髪と金の瞳を持つ少年を、城のものは異形だと表現している。

ただ、父大名の存在がルーツを危険にさらさない保険であった。

息子の周りは何事も排除する父だが、娘にはほとほと甘い。

蔦が病弱なのも手伝ってか、娘の望みには首を横に振った試しがなかった。

蔦がそばに置いておきたいと望むのなら、と父は城中にルーツには危害を加えぬよう勧告を出したのだった。

「何か御用でございましょうか? 蔦様?」

含み笑いで背後にいる妹に声をかけた。

「兄上…!なぜいつも蔦の気配を読むことに長けておられるのですか?」

齢は数えで八つ。それにしてもなお幼くか弱く見える妹は、それでも勝気な目をしている。

蔦が現れると、一瞬で周りの陰口は消え去った。

「お前の気配ならいつでもわかるさ。毎回いたずらを仕掛けられているからな」

「それでは蔦がいたずらできませぬ!」

そう言って不満げに口をとがらせる。

その背後に、いつもいるはずの色素の薄い影はなかった。

「蔦、ルーツはどこにいる?一緒ではないのか?」

「何かを見つけたようで、城の庭に走って行ってしまいました。兄上に、それをお伝えしようと…」

ルーツが野放しになっていると知って、周りが少しざわついた。

が、

「じゃあ探しに行こうか」

そんなことを気にしていては、この城では生きていけない。


「…ルーツ!お前、人に見つかったらどうするつもりだ!!」

金の少年は枯山水にいた。

砂利には足跡はないが、庭師以外の者が庭の造形に触れたと知られたら罰則はかなり重い。

ましてやそれが居候ならばなおのこと。

大名の保護下にあるといえども、規則を破った罰は受けねばならない。

その罰に乗じて、普段のうっぷんをはらそうと城の輩が陰湿な嫌がらせをするだろうことは目に見えていた。

「安芸様…申し訳ありません。あの……」

言い淀んだルーツをかばうように、蔦が声を上げる。

「兄上、ルーツが何をみつけたのか、まず聞きましょう。蔦はそれが気になって…」

何をみつけたのか、の部分で、ルーツの背後が微かにゆがんだ、気がした。

「……ルーツ、後ろにいるものを、見つけたのか?」

「はい。ものというか…」

「ソルゥ、もの、違う。妖怪」

ゆがみは完全に消え、絵巻物でしか見たことのない妖怪が現れた。

身の丈は8尺程、細身で随分と弱気そうな顔をしていた。

さすがに唖然として見ていると、ぬっと手を差し出され、

「人間、会う、嬉しい」

奇妙な交流が結ばれた瞬間だった。


こうして俺はソルゥと出会った。

ソルゥの魔法は便利で、姿を隠してどこへでも遊びに行けた。

しかも妖怪は一度信頼関係を結ぶと、裏切ることはない。

また、城のどんな猛者でも妖怪と戦う阿呆はいない。

ソルゥと親友になるのは、時間の問題だった。

そして再び城を抜け出すようになった。

安芸として、俺はこのことを後悔すべきだったとは思わない。

結局ソルゥは俺を失ったこと以外の被害は受けていないから。

だけど……


「いらっしゃいませー。団子はいかがですかー」

その時、俺はいつも通りに姿を消してソルゥと城下町を散歩していた。

客引きの声が聞こえ、それが団子屋だと思った瞬間、足は止まっていた。

ソルゥはすぐさま俺の考えを読み、記憶を探り、姿を消したままその団子屋に入って行った。

龍次は俺の正体こそ気づいていなかったものの多少の身分差は感じていたようで、食べ物を持ってくるときはいつも『お前の口に合うかは分からねぇけどよ』と断りを入れていた。

質こそ普段口にしていた料理には劣るものの、心をこめて作られた料理の数々はどれも美味しかった。

だが、ある日自信満々に『これだけはな、不味いとは言わせないぜ』と持ってきた団子があった。

聞けば、幼馴染が作ったという。

『俺がな、親友に食べさせてやるから作ってくれってわざわざ頼んだんだよ。絶対うまい!』

親友という言葉がくすぐったくて、照れ隠しで早々に口に運んだ団子は、確かに美味しかった。

『うまいよ。俺が今まで食べた中で、一番に』

龍次を喜ばせるためだけじゃなく、本心でそう思った。

「団子、それ。安芸、心、ある。……うまい」

ソルゥが団子一本を片手に帰ってきた。

「お前、それは泥棒だぞ…」

苦笑した、つもりだった。

「安芸、安芸………涙」

懐かしくてたまらなかった。

龍次と別れて、一年近くが経っていた。

もう諦め切れたはずだった。

人間の友達なんて要らないと思っていた。

だけど…。


そして俺はその日から、その団子屋の周囲でだけ姿を見せることを決めた。


そんなことしなければよかったのに、と後悔するのは、その1年ほど後のこと。

俺は、龍次の幼馴染を巻き込んだ。

そしてその子は――



「話してあげるよ、安芸様」

「あなたが安芸として唯一乗り越えられなかった失敗」

「君を好きになってしまったあの子は…」



自慢じゃないがオレは、スクライディのなかで唯一過去を克服したモノだった。

そう思えば、楽になった。

「は……ホント、根本は変わってねぇな…」

俺は、俺を利用する周りのことを見下して生きてきた。

オレはそんな風にして、スクライディの仲間たちも、見下してきたのかもしれない。

そうそれは、


『本当に、申し訳ありませんでした。あなたに近付きたいと思ってしまって。あなたの事を好きになってしまって』


真麻のことを、見下していたのと同義なんだ。

安芸が巻き込んだあの純粋な幼馴染を、オレは。

そろそろ過去と現在をつなぐ物語も終わりを迎えそうです。

この話だけではただの短編連作なのですが、実はここから派生していく長編の構想もあるのです。

スクライディシリーズは、そこまでいかないと完結しません;

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