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スクライディ  作者: 柊里
10/11

ココロ


いつかの時代、氷に閉ざされたどこかの極寒の地。

そこに、慧はいた。

限りなく薄い青に染められた前髪以外は儚く消えるように白い、その少女。

もしその場に人がいたなら妖精を見たと騒ぎ出すであろう容貌をしたその娘は、確かに人間ではない。

しかし、妖精でもなければ天使でもない。

 スクライディ*2班*№1

細い手首に掛けられた銀のブレスレットに刻まれたその言葉が、慧の名前であり、存在であり、すべてだった。

慧は、人間でない。

今も今までも、そしてきっとそれからも。

「何を思い出しているのかな?」

色のない空間にふっと現れた、無機質な金。

トンと音を立てて氷の上に立った子供は、どこかいつもと勝手が違っていた。

天界にいるときにはある背の羽は消え、全てを見通したような表情は薄らいだ少年。

虚ろな顔をしてどこか遠くを見つめる慧を視界の端に置き、微笑んでみせる。

「上るんだよ、慧。これから忙しくなる」

「……」

返事をしない慧に対して嫌味一つ言わないで待っているのもおかしな話。

天界では考えられない状況。

「似てる……、ここ。私の……」

故郷に、と続くはずの言葉は声にならず、慧はおもむろに金の少年の方を向いた。

焦点の合っていなかった目がかすかに丸くなり、即座に覚醒した。

「上る」

先程までとはうってかわって、はっきりとした口調で宣言した慧は、時空を操りにかかった。

やれやれ、とやはり人間の動作で呆れてみせた子供は、何を思ったのか後ろを振り返る。

「………………」

何か単語を呟いたが、時空をつなげた慧の術に飲まれて消えた。

いや、消えたのは言葉だけではない。

白い少女と金の少年の姿も、跡形もなく消えていた。

残されたのは氷一色に染まるその地だけだった。


タイムマシンとは言い得て妙で、そう言えば一言で説明がつくのが慧の能力だ。

そんな訳で監視者は、慧で遊ぶネタを探しに訪ねた創造主の部屋から、一言の答えだけで追い出された。

「……つまらん」

はたから見れば、小さな子供がすねているようにしか見えない光景だが、事実その通りである。

最も、後の行動が駄々をこねるだけで済まないのが難点なのだが。

ほどなくその問題行動が始まる。

「慧は……2班だったな」

この場に創造主がいたなら、よせばいいのに、と苦笑したに違いない。

ターゲットロックオン、狙いは――

「……また懲りずに来たのかよ」

2班の№2にして班長、雄。

任務のついでに買ってきた雑誌と睨めっこしたまま、かの監視者のほうを見向きもせずに言ってのけたつわもの。

隣には、一通りお土産を物色し終えた夢が大の字になって寝ており、それを若干あきれた目で真麻が見ていた。

「いつも思ってたんだけど、雄」

突然現れた監視者に、こちらは少し警戒しつつも口を開く真麻。

「何で監視者の気配、分かるの?」

真麻の疑問は尤もで、一応天上界では上位に位置する監視者の能力は(元とはいっても)人間の及ぶ範囲ではない。

ついさっきも足音を立てず、気配まで消して部屋に入ってきたのだ。

そんなことを物ともせず、雄は視線を泳がすことなしに監視者に文句をつけた。

「あー……訓練のたまもの?」

ははっ、と笑ってみせた雄だが、そんなことで真麻の追求を逃れられるとは思っていない。

もちろん、監視者の執拗な視線も。

ついでに言うと、寝ていたはずの夢が一瞬見せた研究者のごとき観察眼も。

どうしようかと明らかに言い訳を考えているような顔で、雄はしぶしぶ口を開く。

「あのな、俺はどんだけか細い気配でも察知できんの。そーゆー風に育てられたんだからよ」

こう言われると、気配が察知できる理由は聞けない。

他でもない本人が、はっきりと過去に関わることだと言っているから。

それがスクライディの暗黙のルール。

だからそれを逆手にとって、監視者には特に敏い理由を伏せたのだ。

そこまで解っていても真麻には先に踏み出すことができない。

それも、雄は見越している。

「……それはすごいね」

だからこうして幕を閉じる。

…………いや、閉じてはいけない。

「お主ら、この空気は何じゃ」

本題は監視者だったはずだ。

「で、何の御用?」

手馴れた具合に監視者のぼやきをスルーした雄は、再び問い直す。

面倒臭いことは早めに済ませろ、がモットーなのだ。

しかも監視者についてならば尚更だ。

「あぁ…慧について、なにか知らぬかと思っての」

『慧?』

雄と真麻の声が重なる。

監視者の口からその名前が出たのが相当珍しいらしい。

「なんでまた…慧の話を……」

そう問うた真麻が穿った見方をしている訳ではない。

慧の話題は、スクライディの中でもタブー中のタブー。

あの創造主自身が減口令をしくほどのトップシークレットなのだ。

「創造主は何も教えてくれぬのだ」

そりゃそうだろ、と3人の心の声はハモる。

目の前の黒髪の少女なんかに話した暁にはどうなるか分かったもんじゃない。

性質の悪い快楽主義者なのだ、監視者は。

「タイムマシンってことしか知らねーよ、俺も」

「右に同じですよ」

「さすがの夢ちゃんも分かんないかも~」

いつの間に夢が起きたのかの方が謎だ、と3人は違う話題で騒ぎ始め、のけ者にされた少女はしぶしぶ部屋を後にした。


監視者が出て行って数分後、話題の人物が部屋に現れた。

「おー、慧。お疲れ様」

「慧ちゃん!おっかえりぃ~」

「おじゃましてまーす」

三者三様の声に出迎えられた慧は、ちょっとだけ顔を団欒風景に向け、そのまま共有スペースからつながる自室の扉に手をかけた。

「監視者に会わなかったか?」

それを遮るわけでもないが、雄が急いで声をかける。

スクライディでは、身を守る術として情報共有は必須といっても過言ではない。

それが創造主や監視者に関することなら、尚のことだ。

「会ってない」

「そっか…いや、さっき慧について探りに来てたからさ。ちょっと気をつけた方がいいかもな」

班長の忠告を聞いた慧は素直にうなずくと、今度こそ自室に入って行った。

慧の入った部屋からは、物音一つしない。

共有スペースにもまた、奇妙な沈黙がおりていた。

「変なことに巻き込まれないといいけど…」

真麻のつぶやきが、その場にいる全員の心を代弁していた。

慧はほとんどしゃべらないし、その表情は彼らが知る限り変わったためしがない。

スクライディはみんな胸に一物を抱えたモノたちだが、そのなかでも慧のガードの固さはピカイチだった。

しかも周りが雄や夢といった屈指に騒がしいメンツだから、その静けさはより際立つ。

加えてタイムマシンと評される時空をこえる能力。

ある意味、悪目立ちするタイプなのだ。

これで監視者にまで目をつけられたら……。

「さすがに創造主が守ると思うけどな。じゃなきゃスクライディ存続の危機だぜ」

スクライディの仕事は基本的に時の流れを無視して行われる。

雄はそもそも1600年代の人間だったが現在は21世紀で仕事をこなすし、かと思えば100年前の事件に手出しをしたりもする。

それらの移動はすべて慧が担っているから、さきの言葉が出てきたのだ。

慧がいなければシナリオは完成されない。

「確かにね。じゃあ創造主が泳がせてる以上、監視者が何をしようと慧には害がないってことでいいのかな?」

「一概には言えねぇけどな。…少なくとも能力には支障をきたさないんだろうよ」

能力以外の部分がどこまで保障されてるのかは分からない、と言外に言ったその台詞に、しかし誰も対策なんて思いつくはずもないから、ただただ沈黙した。


慧は、三人の会話を自室から聞いていた。

――能力に支障をきたさないなら、十分

それは、精神や肉体を傷つけられるという選択肢をまったく考慮していない言葉。

慧にとって、そんなことは当然だった。

無感情――水那だったころの霞のそれは与えられなかったことによるものだが、慧は違う。

時空者一族の長の娘として生きていた氷河期の時代から一族が滅亡した未来へ一人飛び立ち、人間たちに利用されていくうち、慧は自らの感情をすべて捨て去っていった。

『時空者なんて、もうとっくに絶滅してるんだよ』

『あぁ、あった。ほら、ここがお前ら一族の墓場だよ。悪かったな、全部俺が掘り出しちまった』

『役に立てよ、せっかく俺が拾ってやったんだから』

捨て去らないと、生きていけなかった。

幾度殴られたか分からない。

幾度切りつけられたか分からない。

幾度力を使わさせられたか分からない。

『お前は人間様の道具なんだよ!』

心も体もボロボロになって、どこにいっても自分の一族は見つからず、その稀有な力をもったばかりに自害さえも叶わず。

そしてスクライディにいる今も、自分を気遣う仲間に対しても何の感情も抱けない。

感謝だとか猜疑心だとか、正も負もどちらでもない、まったくの無。

慧にとって誰もがそこに存在するという事実でしかありえないし、監視者が自分のことを何と言おうが、何も感じない。

「雄は、知ってるはず…」

そのつぶやきも非難なんて全くこもっていない。

そこにあるのは、純粋な疑問。

慧は思いつきもしないのだろう。

雄が慧を心配していて、慧に感情がないと知りつつも傷ついてしまうのではないかと思ってしまう、その心情は。

そして、

「ま、こうして心配していることもあいつにとっちゃ害なのかもしれねぇけどな」

人間を嫌悪しているのではないかという仮説もまた、慧にとっては的外れでしかない。

“辛い”や“苦しい”と一緒に、“嬉しい”や“憎い”も全て捨てた。

慧にとって宿敵ともいえる自分を苦しめた人間も、感情の下で評価する存在ではない。

無論、元人間だろうがなんだろうが、スクライディのモノたちも同等である。

――別に、なんでもない

監視者が自分の過去を暴いて何をしてこようとも、仲間たちが自分の心を心配しようとも、そのどちらの存在も慧にとっては同じ価値をもつ「スクライディで働くもの」でしかない。

もしそう言ってしまえば仲間たちはひどく傷つくだろうと、そんな自分の心が正しいのだろうかと、そんなことも思えない。

だけど、だから、決して傷つくことはないし、過去に囚われることもない。

スクライディ共通の弱点を、慧は持っていない。

その意味では、

「スクライディの中で一番シアワセな過去を持ってるんですよ、慧は」

再び監視者の追及にあっていた創造主が告げたその言葉が、実は皮肉でもなんでもなく、一番真実に近いのかもしれない。


難産でした。

「何も感じない」ことを表現するのがこんなに難しいとは…。

そしてオチが特にない…。

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