紅
何年前だったとか、細かいことは覚えていない。
それはもう随分前のこと。
私は、地上を彷徨っていた。
居たくも無い土地。見たくも無い世界。
まざまざと見せつけられた現実に、打ちひしがれていた。
「知らなかった……のに」
逃げていた。
自分の罪から。
自分の過去から。
それは、私が死んで間もない頃の話。
「如月水那」
名を呼ばれて振り返ると、まだあどけない顔の少年が扉から現れた。
外見は4・5歳だが、それにしては年の功を感じさせる空気を纏ったその子供は、人間を平気で殺せそうな冷たい瞳をしていた。
背に純白の羽を持ち微笑む姿は、天使そのものだというのに。
「制服は選んだかな?選んだなら、名前を決めよう」
名は体を表すなんていうから、大切だよ。と感情のこもらない声で言われた。
「問題がある」
「なんだい?」
答えなどとっくに分かっていて、それでもあえて問うのだろう。
嫌悪なんて感情はまだ持ち合わせていなかったけれど、その瞬間だけはそれを痛感していた。
「殆どサイズが合わない。だけど…これは、嫌」
唯一サイズが合ったその服は、その時の私には視界にも入れたくない物だった。
嫌がらせとしか思えない、紅い服。
生前私が暗殺用に身に着けていた紅葉の着物や、刃を突き立てた後にに飛び散る血を、嫌でも思い起こさせた。
「いいじゃないか。自分の罪を思い起こさせてくれる服なんて、そうないだろう?」
自分の罪。
私のそれは、罪とは知らずにただ一族の命令のまま人を殺めたこと。
それ故に一族は全員殺された。
まだ5歳だった妹も、臨終間近だった長老も、もちろん私も。
そして地獄へ堕ちた。…否、堕ちる筈だった。
私だけが地上に残された。
『罪を犯した体を、天は受け入れられない。しかし、ヤミに染まらないその心は、地獄には相応しくない。だから、此処に残された』
創造主――この子供に初めて会った時に聞かされた答え。
『しかし、君が人を殺したという事実に変わりは無い。だから、僕は君の元に来た』
「『君がこの仕事を引き受けるのなら、もう一度人間として生きられる』かな」
「流石…全部お見通しか」
「当たり前だよ。僕は、君が考えていることまで事細かに覚えている」
創造主は、世界で起こったこと、そしてこれから起こることを全て知っている。
人間の心の内も、なんてことない虫の最期も、動物が餌を捕る時間も、何もかも。
「そしてそれをシナリオに表す。その上で、世界がその通りに動くようにする。君たちスクライディは、その手助けを担当するだけさ」
単純だろう?と言って口の端をあげて微笑む姿は、悪魔を思い出させた。
しかし、気付いた。
暗殺者であった時、私もこんな表情をしていたのだ、と。
人間のソレではない笑みを浮かべ、人を殺めていたのだ、と。
人間の感情を知ったばかりの私には、そこまで考えるのが限界だったけれど。
そして今、私はスクライディの一員として働いている。
あの紅い制服を身に纏い、如月水那の名を捨て霞として。
それでも、私の罪が消える事は無い。
むしろ増えているのではないかと、時々思う。
この仕事が私たちの罪を増やしているのではないか、と。
スクライディの仕事は幅が広い。
動物の狩りを手伝ったり、成仏出来ない霊を成仏させたりという平和なものから、政治家の抹殺や、宗教団体の殲滅といった非道徳的なものまである。
能力や性格などによって、振り分けられる仕事の種類は人それぞれであり、“演技派”と呼ばれる私が最も多く受け持っているのは、咎人の処理。
人間の魂だけを殺し、その人間に成りすましてシナリオをまっとうし、そして今度は体ごと死ぬ。
そんなサイクルを延々と続けている。
この行為を正しいと思えるわけが無い。
「生前も、似た事を思ったな」
そして出した答えは、命令に従うという単純なもの。
一族の命令のまま、紅葉の着物を着て罪を犯した人間の自分。
創造主の命令のまま、紅い服を着て罪を犯す人間ではない自分。
迷うことは許されない。逆らうことは許されない。
人間として生きていたいのなら、ただ従えば良い。
そうやって、一族から解放されてもまた同じ運命を辿っている。
違うのは、私はそれが罪だということを知り、知りながら犯していること。
次死んだらなんてありえないが、もしそうなったら確実に地獄行きだろう。
私がこんな違反ともとれる感情を抱いていることを、創造主は知っているだろう。
それでも仕事を続けている限りは、何も言ってはこない。
仕事を辞めることのできない私は、やはりただの駒でしかない。
これは、悔しい、だ。
自分の罪を胸に刻み、傍観者となることで知った人間の感情。
皮肉なことに私は、人ならざるモノになって、それを手に入れた。
初投稿、初連載です。
設定も文章も未熟ですが…よろしくおねがいします。