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第七話:鬼ヶ島、慈悲という名の刃

 荒れ狂う冬の海。陽炎が上空から導き、巌が丸太のような腕で荒波を漕ぎ、吹雪が船首で飛沫を切り裂く。

 辿り着いた鬼ヶ島は、禍々しい黒雲に覆われ、島全体がひとつの巨大な生き物のように不気味な脈動を繰り返していました。


「主様、あれを。門の前に、この世の者とは思えぬ異形が」

 陽炎の鋭い視線が捉えたのは、かつてお爺さんや、お婆さんの里が封印したはずの「鬼」の軍勢。しかし、それは伝説にあるような怪物ではなく、強すぎる力を制御できず、肉体が歪み、自我を失った「かつての強者たち」の成れの果てでした。


 島の正門には、数千の鬼兵がひしめき合っていました。


「主、ここは我らにお任せを。お主の道を作るのが、我らの誇り」

 吹雪が、お静直伝の神速で敵陣を駆け抜けました。彼は決して命を奪わず、喉元を寸前で止め、急所を打って無力化していきます。


「キィィッ! 重いのは俺が引き受ける!」

 巌が、剛造譲りの剛腕で、鬼たちが放つ巨岩や鉄球をすべて正面から受け止めました。彼はその質量を逆手に取り、投げ返さずに地面へ優しく叩きつけることで、敵の戦意を物理的にへし折っていきます。


 桃太郎は、仲間たちが作ってくれた道を真っ直ぐに進みました。彼の前には、この島を統べる主、「赤鬼・羅刹らせつ」が立ちはだかっていました。


 羅刹は、かつて剛造と覇を競った豪傑の成れの果てでした。しかし、彼は老いと弱さを恐れるあまり、禁断の秘術で己の魂を「暴力」に売り渡していました。


「剛造……ではないな。だが、その瞳。胸がムカムカするほどに澄んでおる」

 羅刹が巨大な金棒を振り下ろすと、島全体が地震のように揺れました。

「力とは奪うもの! 踏みにじるもの! 貴様のような『まがいもの』の慈悲ごと、粉々に砕いてくれるわ!」


 桃太郎は、背中の不殺の杖を抜き放ちました。

「羅刹。君も、お爺さんと同じように……本当は孤独だったんだね」


 激突の瞬間、桃太郎は二人の教えの結晶を放ちました。

 羅刹の金棒が、桃太郎の頭上数センチで止まります。いや、止まったのではありません。桃太郎が杖の先で、羅刹の力の「芯」を完璧に見抜き、最小限の力でその力の流れを円を描くように反らしたのです。


 お静の「柔」で軌道を逸らし、剛造の「剛」で相手の重心を完全に封じる。

「これが、僕が教わった『愛』という名の力だ」


 桃太郎は杖の石突きで、羅刹の胸の中央――力の暴走を司る「核」を、優しく、しかし確実に打ちました。

 破壊するための衝撃ではなく、乱れた気を整えるための、祈りにも似た一撃。


 羅刹の体から、真っ黒な瘴気が噴き出しました。

 肥大化していた筋肉が萎み、異形だった姿が、一人の老いた男へと戻っていきます。


 静寂が訪れました。

 膝をついた羅刹の瞳には、久方ぶりに理性の光が宿っていました。彼は自分の震える手を見つめ、静かに涙を流しました。

「……俺は……何を……。ただ、あいつ(剛造)に、認めてほしかっただけなのかもしれん……」


 桃太郎は、最後の一粒となった団子を羅刹に差し出しました。

「お婆さんの団子だよ。これを食べて、一緒に村へ帰ろう。……お爺さんも、君とまた話がしたいはずだから」


 島を覆っていた黒雲が晴れ、温かな朝日が差し込んできました。

 鬼ヶ島にいたのは、倒すべき敵ではなく、救われるべき「孤独な力」を持った者たちでした。桃太郎は、二人の教えを見事に完遂したのです。

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