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第三話:継承の完成、あるいは愛の送り出し

 月日は流れ、桃太郎は十五歳の春を迎えました。

 かつては寝返り一つで庵を揺らしていた赤ん坊は、今や、剛造の「剛」とお静の「柔」を完璧に融合させた、静かなる賢者へと成長していました。


 彼は、自分がどれほど「危うい力」を持っているか、そしてその力を二人がどれほどの愛と技術で包み込んでくれたかを、骨の髄まで理解していました。


 旅立ちの前夜。桃太郎は、お婆さんのお静から一冊の手帳を渡されました。

「桃ちゃん。これは、お爺さんと私がこれまでに出会った、力に呑まれ、自分を見失った者たちの記録です。……そして、その中には『鬼』と呼ばれ、今は人としての心を忘れたかつての知己もいます」


 手帳をめくると、そこにはお静の端正な文字で、各地に潜む脅威や、かつて二人が「止めることができなかった」悲劇が記されていました。

「私たちはもう老いました。隠居した身でこれらを解決することは、私たちの望む『今の平穏』を捨てることになります。……けれど、あなたならできるかもしれません。誰かを壊すのではなく、その力を正しく導くことが」


 剛造もまた、静かに口を開きました。

「桃太郎よ。お前に教えたのは、敵を倒す技ではない。お前という巨大な存在が、世界と共存するための作法だ。……お前が鬼ヶ島へ行くのは、討伐のためではない。奴らに『お前たちも、本当は誰かと手を繋げるはずだ』と伝えに行くのだ」


 剛造は、囲炉裏の奥から、布に包まれた重厚な太刀を取り出しました。

 それはかつて、数多の戦場を平らげた「鬼神・剛造」の愛刀。しかし、今はその刃は潰され、さやに収まればただの黒い杖にしか見えません。


「これは『不殺の杖』だ。お前の力があれば、刃などなくとも事足りる。……むしろ、刃があればお前の優しさが鈍るかもしれん。これを持って行け」


 桃太郎はその杖を両手で受け取りました。ずしりと重いその質量は、二人が十五年間、自分を支え続けてくれた愛の重さそのものでした。

「……お爺さん。僕、行ってくるよ。二人が僕にくれたこの平穏を、今度は僕が、外の世界の人たちや、道を見失った鬼たちにも分けてあげたいんだ」


 翌朝。霧が立ち込める村の境界線。

 桃太郎は、二人に深く、一度だけ頭を下げました。

「お爺さん、お婆さん。僕を、ただの『力』としてではなく、一人の『人間』として愛してくれて、ありがとう。……いってきます」


 桃太郎は、一度も振り返ることなく歩き出しました。

 一歩、一歩。その足取りは、かつての剛造のように大地を揺らすことはありません。お静のように、気配を完全に断つこともしません。

 ただ、そこに「確かな一人の人間がいる」という、あまりにも自然で、あまりにも静かな、究極の調和を体現した歩みでした。


 庵の軒先で、二人はその背中をじっと見送っていました。


「……剛造さん。あの子、本当に素敵な子になりましたわね」

「ああ。……俺たちの人生の、これが最大の功績だな」


 最強の老夫婦が、己の武のすべてを投じて育て上げた「最高傑作」。

 それは、世界を滅ぼす兵器ではなく、世界を抱きしめるための優しい拳を持った、一人の少年でした。


 桃太郎の旅路が始まります。

 最初に出会うのは、同じく「持ちすぎた力」ゆえに孤独に陥った、一匹の白い犬でした。

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