TS巫覡と臆病な私
貴方は『ミタマ』を知っているだろうか。
防御の御に、精霊の霊で御霊。
人々が霊や神に恐れ慄き、その霊魂を尊敬したことによって作られた語だ。
この国には元々「八百万の神様」と言う言葉があるように、私達の生活と神々は密接に関わり合っていて、助け合いながら今日まで生きている。
その中で、御霊との関わりが特に深い職業を一つ紹介しよう。
巫覡と呼ばれる、神々と契約した女性たちだ。
彼女らの仕事は御霊の力を借り、災いを鎮める。現代まで続く、歴史ある役目だ。
そしてこの街も例に漏れず、ある一人の巫覡がこの地の災いを鎮めている。
端から見れば、他と変わらないただの少女の巫覡。
しかしその少女は、皆が思っているものとは少し毛色が違う。
「元男の巫覡って、神サマからはどう見えてるんだろうなぁ……」
コンコン、とドアをノックする。
「いるかな……」
ダメもとで押しかけた、私にとっての最後の希望。どうしようかと悩んでいた時に、チラリと目にした今まで見向きもしていなかったある張り紙。
『ユーレイのお悩み、何でも受け付けます』
まさに渡りに船だった。この張り紙はまるで狙っているかのようにふらりと私の前に現れてくれて、一目見ただけで私の心を鷲掴みにした。ここならなんとかしてくれそう、ここがダメならもう無理だ、と。そんな根拠も理屈もない考えが私の中を一瞬で支配したのだ。
「こんにちは、どうかなされましたか?」
……と、不意に後ろから声をかけられる。
「ひゃあっ!?」
そんな突然声をかけられたものだから、私は情けない声を出してのけぞってしまった。
「あ──ごめんなさい、驚かせてしまいました。」
わざとでは無いんです、と彼女は弁解する。
……綺麗な女の人。いや、けど雰囲気は気品ある紳士って感じ。かわいい、と言うよりかはかっこいい寄りの優雅で礼儀正しそうな女の子だ。
多分年齢も私と大差ないんじゃないだろうか。
「い、いえ私が単に敏感過ぎただけで謝る必要なんか……」
歳もそう大差ない女の子に私が少し驚いただけで謝られると何だか私の方が申し訳なくなって来て、咄嗟にその場にあった言葉で取り繕う。
「いえいえ、貴方が気にする必要はないんです。────ここを訪ねたと言うことは何か普通の人では対処出来ない困りごとがあったということ。そんな神経質になっている時に驚かせる真似をした私が悪かった。どうか気にしないで下さい。」
そして彼女は私の前に立ちドアを開いて、
「まあここで立ち話もなんです、続きは中で話しませんか。余り振る舞えるものはないのですが……お茶くらいなら出せますよ。」
「う────」
まさかここまで完璧に言い負かされてしまうとは。しかも礼儀とか言葉遣いとかも私より断然しっかりしてるし。こんなことされると逆に取り繕った自分が恥ずかしくなって来る。
……いやいかんいかん。
しっかりするんだ、私。
平常心を保たなければまたあの子に心配されてしまうじゃないか。
ふう──とその場で軽い深呼吸を行なって、意を決し彼女の案内を受けながら建物の中へと入る。
「では私はお茶を淹れて来ますので、そこで寛ぎながら待っていて下さい。」
と言って私を近くのソファーに座らせ、彼女は奥の方へと行ってしまう。
すると一人になったお陰で気が少し緩んだのか、彼女がいなくなった途端強張った身体に入っていた力がふりゃりと抜け、力なくソファーへと寄りかかる。
ああ……死にたい。歳も大差ない女の子に初っ端からあんな無様な醜態晒して。しかも挙句の果てには悪かったって謝られちゃったし。
あまりの情けなさに笑いが出てくる。
「あーどうやったら私もあの子みたいに──」
「横を失礼します、お茶出来ましたよ。」
コト、と言う音と同時にティーポットが置かれる。
「えっ」
────その事実を飲み込むのに数秒かかった。
そして目の前の状況を把握すると、顔が沸騰しそうなほど赤く燃え上がっていく。も、もしかして聞かれちゃった……?
「え、えと、随分と早いんですね……」
恥ずかしさに顔を焼かれながらも、何とか体裁を保つ為にそう誤魔化す。
「ええ、少し裏技を使いましてね。」
そう言いながら彼女はティーセットを置き終えて、今度はカップに茶を入れていく。良かった、どうやら聞こえてなかったらしい。
「普通お茶を淹れるのは早くても十分程度は掛かってしまいます。湯を沸かし、茶葉を淹れ、適度に蒸らす。より美味しいものを淹れようとするならそれは尚更。今の私のように、たった数十秒くらいじゃそうそう茶などは出来ない。」
だとしたら、何故。その質問が私から出る前に彼女は察したのか
「だから、少し神サマに手伝って貰ったんです。」
そう、不思議なコトを口にした。
「いや、神様ってそんな非科学的な……」
そんな突飛な話をされたので、思わず私は反論する。
だが彼女はその反論すらもまるで知っていたかのように、
「世の中と言うのは全部が全部理論立ったものには置き換えられないのですよ。それに貴方もここへ来たと言う事は薄々気づいているのではないですか?理論では説明出来ない、超常的なモノが存在していると言う事実に。」
そして茶をこんなにも早く用意したのも貴方に改めてその存在を認識させる為ですよ、と付け加える。
「でも、それは────っ」
反論しようと口を開いたけど、言葉が出て来なかった。
それはきっとあの子が言ったことが核心を突いていたから。
「さあ、では本題に移りましょう。貴方はどのような用件で、ここを訪れたのですか?」
……どうやら、もうここに入った時点で逃げ場はなくなっていたらしい。
私は覚悟を決め、彼女にこう懇願する。
「友達をっ、友達を帰して欲しいんです。」
「というと?」
「友達が……飲み込まれてしまったんです。」
得体の知れない何かに。
あれは、今日から数えて、丁度二週間前のことだった。
肝試し感覚で廃れた廃病院へと私含め三人で行ったとき、それは突然何の脈絡もなく、私たちの前に現れた。
それ恐怖する間もなく、まず一人呑まれた。
自分はこのままじゃ呑まれてしまうと、殺されてしまうと思って逃げようとしたけれど、身体は金縛りにあったかの様に動かなかった。脳は逃げろと全力で信号を出している筈なのに、肝心の身体の方は全く動いてくれそうになかった。
そしてそれは私と同じく足がすくんで動けないもう一人を捕食した後、何事もなかったかのように私の視界から姿を消した。……ただ一人、恐怖に怯える自分だけを残して。
「ほう、では貴方は私にその友を呑み込んだ得体の知れない何かを始末し、友人を助けて欲しいと?」
こくん、と頷く。
すると彼女は、
「用件は分かりました。確かに、つい二週ほど前に行方不明として二人の捜索願が提出されている。そして張本人が願い出たとならば、私も本格的に手を出すことが出来ます。」
と言って席を立つ。
「では行きましょうか、事は早く済ませた方が良いです。」
そして私の横を通って、部屋の出口へと向かっていく。
「ちょっ、ちょっとどこに────」
「何処って、決まっているじゃないですか。事件があった所、病院ですよ。」
瞬間、私は反射的に彼女の腕を掴んでいた。
「だっ、ダメですっ……今女の子一人なんかで行ったらどうなってしまうか……」
行かせられない。あんな化物を一人で相手にするなんてどう考えても無謀だ。彼女がたとえその道に精通した猛者であったとしても、あれに一人で太刀打ちできるとは思えない。私は一度実物を見ているからこそ、こんな小さくてか弱い少女に相手が務まると思えないのだ。
「何故止めるのですか?私がやらなければ、誰があの霊を祓うと言うのです?」
しかし彼女は私の思いを裏切るかのように、どんと私を彼女から引き離す。
「それ、でも行かせ……ません。何か、何か他に祓う以外の方法を一回考えてみてから……」
……
………………
………………………………。
しかし、それに続く言葉が出てこなくて沈黙が続く。
「ぷっ」
それを打ち破ったのは、笑いだった。
「ちょっと!何で笑ってるんですか!」
「いや、ごめんなさい、そんな真剣に言ってくるもんだから笑えてきちゃって………」
そんな言葉を、少し口調を崩し笑いを堪えながらも彼女は言う。
「今日行くと言ってもそれはあくまで偵察です。敵を把握し、今日で準備を整え明日確実に祓う。……何も、考えなしに動いている訳じゃないんですから。」
そして、あるコトを、私に告げる。
「あ、それといい機会だから言っておきます。今私は体こそ女の子になっちゃってますが……本当は男だったんです。だから貴方が女の子だからなんたらって、そんなこと気にする必要はないんですよ。」
────え?
────────???
「はああああああああ!!?!?!?」
「じゃ、そういうことで今日する話はここまで。また明日会いに行くので、準備していて下さい。」
いやっ…………え?
頭が回らない。脳が考えることを放棄している。
ちょっと、この衝撃事実はそうホイホイと言って良いようなものじゃない気がする。
「あ!それと貴方が最初聞いていた事だけど、貴方もしっかりと礼儀正しいし、そう気にすることは無いと思いますよ。」
……ん?何のことだろう、私そんな質問とかしたっけ。
「ほら、貴方独り言で言ってたじゃないですか、どうやったらあの子みたいに──って」
「あ」
今この瞬間、恥ずかし過ぎて世界で一番死にたいってと思ってたと思う。
◆◆◆
昼休みが始まった。
私はいつも昼は一人で食べる派なのだが、今日ばかりはそういう訳にいかない。
────お。
ようやく見つけた。この学校に在籍していることまでは分かっていたものの、どのクラスにいるのかまでは把握していなかったので少々時間を取ってしまった。
「失礼、お隣宜しい?」
「ああ、別に────ってうわっ!?」
「貴方ここの教室だったのね。結構探しましたよ。」
驚く彼女を横目に、隣の席に座る。
「貴方、お昼はいつも一人で食べているの?」
初っ端から本題に入るのもどうかと思ったので、ちょっと親交を深めるがてら気になるところを聞いてみる。
「今は、一人、なんですけど、いつもは三人で……」
「ふーん」
まあ、一人でいてくれたのは助かったと言えば助かった。私だって仲良く友達と食べている中引き剝がすのはあんま良い気しないし。
「えと……私も、ちょっと聞きたいことがあって。大丈夫ですか?」
「ん、なに?」
と、不意に彼女から質問される。
聞きたいこと……何だろ。あの霊について知りたいとかかな?
「名前……名前はなんていうんですか?」
「む」
ああ、そういうことか。そう言えばまだ自己紹介をしていなかったな。
「……私は柊、柊ユイ。ユイでいいよ。」
「じゃ、じゃあユイちゃんで!あっそれと、私は──」
「藍町ミサキちゃんでしょ、知ってる。」
彼女が言うよりも前に、私が答える。
「えっ、何で知って……」
「私は巫覡としてこの街の管理をしているからね、管理者として皆の名前くらいは覚えとかないと示しがつかないでしょ。」
そう、私は巫覡なのだ。神霊の力を借りて、私が管理している土地を守る。そのためには守る人を知っておかなければ。間違ってでも霊災で死んでしまうことだけは防がなくてはいけないのだ。
「全員知ってるって、それは」
「言葉を通りの意味、私はこの街に住む全員の顔と名前は把握してる。」
「そ、そうなんだ、凄いね……」
「あ──ごめん、ちょっと今の気持ち悪かったね。」
はっと、そんな反応をされて我に返る。
ちょっと、今さっきの言い方はキモかった。こんなの捉え方によっちゃみんなの動きを監視してるストーカーに見られてもおかしくない。
何やってんだ、仲を深めようと話しかけた筈なのにこんな突き放すような発言して。これじゃ距離なんか全然縮まらないだろ。もっとデリカシーのある言葉を喋れ、私。
「とにかく、今日貴方に会いに来たのは少し提案があって。」
警戒しながらコクコクと頷く彼女に、私は思い切ってこう言う。
「今日の放課後、私とデートをしてくれない?」
そう聞いて、目を丸くした彼女を向こう一週間私は忘れないだろう。
◆◆◆
学校が終わり、今の時刻は午後三時。
そして、今私はあの子の事務所の前。
「デート、かぁ」
困惑気味に、肩を落としながら呟く。
なにせ最初言われたときはあまりに突然過ぎて思わず放心してしまった。デートしよう、だなんて。……それもあの子とだよ?緊張しない訳がない。
「ごめんねー、私が財布を忘れてたばっかりに。結構待った?」
と、そうこう考えてる内にガチャリと正面のドアが開き、彼女が出て来る。
「い、いや別にそんなことないよ!むしろ早すぎて私の方がまだ心の準備ができてないくらい。」
彼女から財布忘れたからウチに寄らせてくれ、と言われた時は内心驚いた。めちゃめちゃしっかりしてそうな子で完全無欠だと思ってたのに、忘れ物なんかするんだ、って。私と似ているところもあるんだなぁって、ちょっと親近感が湧いた。
「……何笑ってるのよ。」
「いや、別に。ちょっと安心しただけ。ユイちゃんも抜けてるところもあるんだなーって思っただけだよ。」
それにあまり認めたくはないのだけれど……彼女は可愛い。いや、もちろんかっこよさもあるんだけれど、彼女がふと見せる表情とかを見てると同性である私ですら思わず胸を射止められそうになってしまうし……その彼女が親しい口調で話しかけて来るのだから尚更だ。
「まあ、褒め言葉として受け取っておく……けど呼び方ユイちゃんでいいの?一応元男だったんだよ?」
「いいのいいの、別に今は女の子だからそんなの関係ないでしょ?傍から見たら普通の可愛い女の子なんだし。」
「う……それでいいなら、別にいいけどさ……」
────ん?
「……どうかした?」
「な、なんでもない!!とにかく行くよ!後で遊び足りないって言っても知らないから!」
そう言って、彼女は私に顔を見られないよう早足で前に進んでいったのだった。
◆◆◆
まさに、夢のようだった。
いったい、帰らなきゃいけない門限の時間など忘れて遊びに夢中になったのはいつぶりのことだろうか。
「あーもうこんな時間、もうちょっと遊んでいたかったなぁ。」
「まあまあ、でも十分ハメを外せたから良いじゃない、それにあんまり遊び過ぎちゃうと明日に響いて来るし。」
「あはは、まあ確かに。」
正直まだ遊んでいたかったのだけど時間というのは残酷で、時計は早くも午後九時を指し、かく言う私も遊び疲れて今は彼女と駄弁りながら帰路についている。
「……ねえ、最後に行きたいところがあるんだけど、いいかな。」
と、あと十分程で我が家に着きそう、と言う時になって彼女がそう聞いて来た。
「行くって言っても……すぐに着くトコロだからさ、少し付き合ってよ。」
「ん──別にいいけど、どこ行くの?」
「それはひみつ!」
そういう訳で私たちは帰り道から外れ、私は彼女の案内されるがままに夜の路地を進んでいった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「さ、あとこの階段を登ったら着くよ。」
彼女に案内された場所は、どうやら神社らしかった。
上へと続く階段は石段になっていて、奥には暗くて良く見えないのだけれど鳥居みたいなものがあるのが分かる。
「ちょっと──私は疲れちゃったから先行ってて。少し休憩したらすぐ追いつくから。」
「あ、うん。分かった。」
彼女を抜かし先に階段を上っていく。まあ、彼女も遊び疲れていたんだろう、私たち昼からずっと遊んでいた訳だし。
「今日、貴方は楽しめた?」
ふと、私が階段を上っている最中、そう聞かれる。
「うん、私あんまり友達と遊ぶことなんてして来なかったから……今日ユイちゃんと一緒に遊べて、それで色んなことが知れて楽しかったよ。」
「……そう」
彼女はそれだけを言って、他に何を言うでもなく半ば強引にその話を切った。
────?
その声に、少し。申し訳なさを感じたのは気のせいだったろうか。
「つ、疲れたぁ……」
そんなこんながあって、私は疲労困憊になりながらも彼女より一足早く頂上へとたどり着く。思いの外石段が急勾配になってて、それで今まで温存していた体力を根こそぎ奪われてしまった。くそ、こうなるんだったら一緒に休んでおくべきだったかな。
へな……と鳥居の横にいた稲荷像にもたれかかるように座り込む。
ああ────けっこう疲れちゃった。
ちょっと…数分くらい…休憩……して──も──────
「────はっ!?」
不意に目が覚める。どうやら寝てしまっていたらしい。
急いで立ち上がって、服についていた砂ぼこりをはたく。
やばい、どれくらい寝てた!?それにユイちゃんは────
「あ」
いた。本殿を背にするようにして、彼女は立っている。
やばい、結構待たせてしまったかな……?
「ユイちゃ──」
声をかけようとした瞬間、何故か一気に私の声が凍りつき、言葉を発せなくなる。
……違う。
アレは彼女なんかではない。アレは、アレは彼女の皮を被った偽物である、と。私の中の第六感が大音量でそう告げている。
「は──ぁ」
アレは、私の声が聞こえていたのかくるりと、私に、顔を、向け、
「ひぃっ!!?」
思わず後ずさりをする。
彼女の顔は、おおよそ人間と呼べる形になっていなかった。
「……だ……ちゃ…」
近づいてくる。
なにか意味の分からない言葉を呟きながら私に近づいてくる。
怖い。怖くて一秒でも早く逃げ出したいのだけど、恐怖で身体が固まってしまってちっとも動かない。
「あ…あぁ」
あのときと同じだ。また私は、足がすくんで動けない。
「……こ……る」
そして、ソレ、は、手を伸ばし、私を────
────────?
何も起こらない。
怖いけど、何がどうなっているのかが気になって、恐る恐る目を開けてみる。
「え……うそ…」
意味が分からなかった。
そこには、私を偽物の彼女から守るように、あの、見覚えのある黒い影が、立っていたのだから。
「やっぱり、主の危険によって顕現して来たか。色々と引きずり出せないか試行錯誤してたけど、まさかここまでしないと出てこないとはね。」
と、その声が聞こえた途端、異形の顔を持った偽物は人の形から徐々に狐へと変化していき、そして私の横に、本物であろう彼女が現れる。
「……驚かしてごめん、ミサキちゃん。」
「あ、ああ、ユイ、ちゃん。」
「二人を呑み込んだヤツって、たぶんアイツでしょ?────最初、貴方が来た時はびっくりしちゃった。何せ人を取り込んだ所為か禍々しく黒く変色したアイツを貴方が後ろに付けていたんだから。呪術師が私にからかいにでもきたのかと思っちゃったんだよ?」
────ああ、そうか。
だからあのときも、私の前にあの影が現れたんだ。……いや、現・れ・て・く・れ・て・い・た・と言う方が適切か。
「貴方、これまで中々に質の悪い友達と付き合ってたそうじゃない?同じクラスの子から聞いたよ?『あの子、良いように使われてる』って。」
そうだ。
この前、現れてくれた時も、あの人たちに、乱暴されそうになって、それで────
「つまりそういう事よ。アイツは貴方の守護霊。二週間前に二人を呑みこんだのも、恐らく貴方を危険から守る為でしょうね。」
「私は今からアイツを祓う。霊が人に契約も無く干渉するのはルール違反だからね、ましてや人に悪影響を与えるなんて御法度。これからアイツにはその落とし前をつけさせなきゃならない。」
そう言うと彼女は私に背を向け、私の守護霊と対峙する。
「さあ、早く逃げて。いくら守護対象の貴方であっても大本の霊があの状態なら何をして来るか分からない。」
「あ、危な────」
しかし、そう言った時には、私の守護霊はその大きな腕を伸ばして────
「全く、ただ話しているだけなのに君は見境なしかい?こんな大雑把な攻撃じゃ、いつか主人も巻き込んじゃうよ?」
止め……ている。彼女は狐と共に正四方に結界らしき領域を作って、それを受け止めている。
「早く、もう時間がない、死にたくないなら早く逃げて。」
「あ──う──」
その、冷たくも懇願が籠った声は、私の足を動かすには十分な原動力となった。
◆◆◆
「さ、ようやく二人になれたけど……どう?主を取られた感想は。」
あの子の姿が見えなくなるまで見送った後、私は霊にそう問う。
……さっきのはかなり危なかった。家に道具取りに行って無かったらあの子を巻き込んじゃってたな。
『■え■■■せ……』
「……ふん、人間の魂の力が大きすぎて最早霊としての体裁を保てていないのね。主を守護する為とは言え、そんな怨霊みたいな姿になってるのは流石に私も同情するわ。」
でも、それとこれとは別。
今のアイツは、私一人だけではとても手に負えそうにない。
「じゃあ、ちょっと巫覡らしいことでもしようかな。」
だから、借りる。
付近に舞う、名も知らぬ八百万の神やここの神社に祀られた霊。その御霊達の力を借りる。
ふう、と一回深呼吸をし、ゆっくり目を閉じる。
【ほう、私達の力を借りたいとな?】
ああ、対価舞いはしっかりと私がいいもの用意する。
【その言葉、二言は無いか?】
無いよ。良し、ならこれで契約成立ってことで……OK?
【把握した。では今ここに私の力を貸し与え、貴殿は対価して舞いを舞ってもらおう】
「……来たな。」
御霊との契約により、私の中を循環する霊力が一気に数倍、いや数十倍に跳ね上がっていく。
『■■■■■■■■■!!!!!』
と、そんな私を見て霊は異変を察知したのか、私を一刻も早く排除すべく、その巨体を覆いかぶせて来る。
「────神器」
がしかし、霊による攻撃は私の肌には触れることはなく、代わりに私がいた辺り……大体霊の右脇腹の所に大きな円状の穴が空いた。
「おー流石は大蛇殺しの剣。相変わらずどんでもない威力してるね。」
まあ、そうは言っても今の私には消耗激し過ぎて二、三回くらいしか大技は出せないんだけど。
「本来ならここで止めを刺すべきなんだけどさ、生憎対価の支払いがまだでね。君には私と一緒にもうちょっとだけ舞ってもらわなきゃいけない。……あと、取り込まれた二人も出来れば助けてあげたいしね。」
そう、御霊の力を貸して貰う為に要する対価の神楽。
御霊である彼らは総じて女の舞いを見るのを好む。だから、私たち生身の人間は舞うことの対価として、御霊から力を一時的に授けてもらう。
最も、私が女になったのもそれが理由。一応男性の巫覡であっても舞うことにより御霊の力を借りることはできるのだが、女性の巫覡、すなわち巫女であるほうが出力は数倍上がる。
何故そうなるのかと言うと、当の御霊達曰く『興が乗らない』らしい。……まあ、つまるところ御霊も人間の男と同じく可愛い女性が舞うのを見たいのだ。
そういうわけで。
私は女になることで半ばその制限を突破してる。
『■■■■■■■■────!!』
「遅い、不意打ちするならもうちょっと迅く展開しなきゃ。」
霊から繰り出される拳を苦も無く躱し、お返しと言わんばかりの斬撃を霊に複数叩き込む。
……だが、
「二人の身体が見えない……もう身体は溶かされてしまったか。」
でも霊が黒ずんでいるのを見るにまだ魂までは吸収され切ってないだろう。魂さえ回収すれば後は適当な器に受肉して蘇生が出来る。まあ、体の構造とかはちょっと変わっちゃうかもだケド。
「よし、そろそろ攻めるか。」
私はあの子を騙す為に使った────式神である狐、狐こんを呼び出す。
「行くよ狐こん、準備はいい?」
そう言って私と狐は二手に分かれて走り出す。……簡単な作戦だ、片方に気を取られているうちに、もう片方が魂を強奪していく。二人を助けるってのもあるが、霊は霊力の核である魂を失うと、そう強力な攻撃は繰り出せなくなるからだ。
「……見つけた。右腕に一つあるね。」
右腕に狙いを定め、全身の力を使い大きく跳躍する。
『■■■■■■!!!!』
が、霊にはそれがお見通しだったようで、私を止めるべく左がら拳が繰り出される。
……ここまで全て想定通り。
「残念、本命の攻撃は私じゃないよ!」
すると右腕の方に──狐が現れ腕を嚙み千切る。
『■■────
力を動力源の一つを失った為か霊は大きくよろめき、そして私にするはずであった左腕の攻撃が中断される。
────来た。
千載一遇のチャンス。……恐らくもう一つの魂は霊の中でのバランスを保つ為に左腕の中にあるはず。
「神器────」
決める。
足に力を込め、全速力で翔んで加速する。
「ハァ────ッ!!」
全力を込めた、反撃の一矢。
その攻撃は、霊の左腕をほぼ完璧に両断した。
「ええっと魂たましい──良し!捕まえた。」
何処かに飛んで行かないよう、しっかりと懐の中に入れる。
あとは狐がもう一つ持ってるはずだから……これで霊は相当弱体化した筈だ。
ってあれ?狐が戻って来てない。
どこいってんだアイツ、いつもならすぐ私の所に戻るんだけど……
その瞬間、ぞわりと悪寒がした。
「まさかこ────────
……いやぁ、はは。
ちょっと油断したなぁー。
「痛っ…この調子じゃ骨二、三本は折れてるかも。」
まともに立ち上がることも出来ない。多分足もやられてるなこりゃ。
「あーもう、なんで切られる前に私の式神取り込んでるんだよ。お陰で計算が狂っちゃったじゃん。」
じっと、私を見つめる霊に問いかける。
『■■■■う■■■……』
「ははっ、相変わらず意味不明な言葉。」
悪あがきのように、霊にそんな言葉を吐き捨てる。
「さあ、早く殺せよ。欲しいんだろ、私の魂が。」
霊の手が伸びる。
そして、私は霊に────────
「だめーーーー!!!!」
しかし、すんでのところで邪魔が入った。
「何で、貴方が…」
それは、つい数分前に逃がした、ミサキちゃんの声だった。
「友達を置いて逃げるなんてできない。……当たり前でしょ?」
そして、彼女は霊の下へと近づいていく。
「……守護霊さん、ありがとうございます。私を守ってくれたんですよね?あのとき、私が二人に暴力を振るわれそうになったときも、私がさっき恐怖で怯えていた時も。自らの、自らの世界で決められていたルールを破ってまで私を守ってくれた。」
「────けど私、襲われたんだと勘違いして、ユイちゃんの所を訪ねてしまった。……だから、今こんなことになってしまっている。」
「違う、貴方は……」
当然のことを、しただけじゃないか。誰だって得体の知れないものを見たら恐怖する。それなのに、あたかも自分が悪いなんて、そんなことを────
「だからもう止めましょう、守護霊さんもどうかあの二人を帰してあげて下さい。」
『そう■か…』
彼女がそう言うと、霊の身体から一つ、魂であろうものが出てくる。
『そ■が、■だ。主■■す。』
「……ありがとう、守護霊さん。」
そう彼女が言うと、霊は消えてしまった。
「ユイちゃん……ごめんね、私のせいでこんなことになっちゃって。」
「何、言ってるの、貴方は何も悪くなんか────」
「いや、全ては私が始まりだったんです。だからユイちゃんにもこんな酷い怪我をさせてしまって……」
「……そんな自分を悪く言うなら借りを返すまで私の所で働いて貰うわよ。」
「えっ……でも、それなら──」
「冗談よ、だからもうそんなに卑屈にならないで。」
「う……」
「────あ、だけどもう質の悪い友達とはつるまないようにね。またこんなんされたらたまったものじゃない。」
「ふふっ、大丈夫です、それは安心してください。だって私はもう────────
臆病なんかじゃありませんから。
出来れば感想等頂けるととても励みになります。