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黒いワンピースの女  作者: 蒼月想
3/4

第3話:変容

それは、髪から始まった。


朝起きると、枕元に黒い毛が落ちている。

昨日よりも、明らかに長くなっていた。

寝癖を直す手が止まり、鏡を見た私は、言葉を失った。

私は、黒髪だっただろうか?


――いや、違う。

つい先週までは、肩上の明るい茶髪だったはずだ。

根元も色が抜けかけていた。

なのに、鏡に映る私は、艶のある漆黒のロングヘアをしている。

その髪は、妙に、彼女の髪と似ていた。


そして次に、服。

クローゼットを開けると、黒い服しか残っていなかった。

Tシャツも、ブラウスも、ジャケットも、すべて——黒。

それどころか、私の手が、淡い色の服に触れようとすると、静電気のような拒絶感が走った。


不快ではない。

むしろ、どこか快感に近いものさえあった。

黒を身にまとった瞬間、身体の輪郭が世界と溶け合うような感覚があった。

その「静けさ」に、私は安心していた。


職場では、誰も私に気づかなくなった。

声をかけても、反応はない。

注文を取っても、客はレジの奥を見て「すみません、店員さんいますか?」と尋ねる。


鏡に映る私は、まだ「私」だった。

でも、その反射する姿に、もう“名前”はついていなかった。

思い出そうとすると、頭の奥で砂が流れるような音がして、自分の名前だけが抜け落ちていく。


ある日の閉店後、私は無意識のうちに、例の席に座っていた。

彼女がいつも座っていた、あの窓際の隅の席。


何をしているのか、分からない。

ただ、そこに“いる”ことが自然だった。

まるで、毎日そこにいたかのような、静かな安心感があった。


そして、その瞬間——視界の端に、彼女が現れた。


私と同じ髪。

同じ輪郭。

同じ、黒いワンピース。


けれど、それは“彼女”ではなかった。

それは、“私”だった。


ガラス窓に映っていたのだ。

そこにいたのは、黒いワンピースの女だった。

彼女ではない。

私だった。


その夜、私は夢を見なかった。

けれど、まぶたの裏に、ずっと光のない店内が浮かんでいた。

時計の針が止まったままの空間。

そこに、誰かが静かに座っていた。


それはもう、誰でもなかった。


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