ハリボテ貴族令嬢の憂い 【フレリア】
私の家は先代から継いだ豊かな土地と長い系譜を持つ名家だ。
名家とはいっても、使用人が一人しかいない名ばかり貴族で、"泣く子も黙るアリアストリ家"なんていう異名があるくらいに慎まし…いや、慎ましいなんて言い方じゃ生ぬるい没落寸前の伯爵家である。
我が家が大きく傾いているのにはもちろん理由がある。
数年前、代々仕えてくれていた執事長が流行病で亡くなった。彼は少ない使用人で効率よく家を統治し、経理なども一人で担う、とにかく仕事の出来る人だった。
何より世間知らずなお父様とお母様のお花畑思考に、はっきりノーと言えるアリアストリ家の関所のような人だった。
お父様とお母様、二人共それはそれはお人好しで、我が家の資産も"領民の為に"とお願いされると、ホイホイ使ってしまう。
そういう善意溢れる金持ちというのは、ハイエナのような狡賢い輩が寄って来る事が多く、我が家もお手本のような危機が何度もあったらしい。それを未然に防いでいたのが亡き執事長だった。
強固な番人を失った獲物を嗅ぎつけるハイエナの能力は凄まじく、我が家は執事長を亡くしてからあっという間に瀕死の貴族になってしまったのである。
このままではさすがにマズイ!と、まだ幼い私が気付いた時でさえ、お父様もお母様も「心を清く持てば、必ず、また光溢れるアリアストリ家に戻る!」と笑顔でトンチキな事を言うばかり。
執事長の心労と能力の高さを、私はこの時初めて知る。
まだ私の下にいる幼い弟妹、この二人が自立するまで没落させずに何とか存続させねば!…そう私が長子としての使命に燃えたのが、齢十二の春だった。
我が家に唯一ある武器は伯爵家という肩書き。これを一番効率よく使えるのは王室騎士団への入隊試験を受ける事。
入隊試験は爵位があればすぐに受ける事が出来るので、先ず私は騎士団へ所属するのを目標にした。
騎士団は王家直属の第一部隊から第四部隊まであり、私が狙ったのは第三部隊、いわゆる医療団と言われる部隊だった。
剣術や武術などの実戦試験がある他の隊と違い、医療部隊は基本的に座学を頑張れば合格出来る隊だからだ。
本当はあちこち飛び回る第二部隊が良かったのだけど、どんなにお転婆娘とはいえ流石に前線で飛び回れる程の身体能力は私には無かった。
とにかく最短で私でも稼げる部隊へ!私が猛勉強をして何とか医療団の見習いに滑り込んだのが十四の夏。見習いとはいえこれでも結構異例の早さで入隊する事が出来た方らしい。
そしてもう一つ、私が医療に携わりたい理由があった。
我が天使、マークスである。彼がジェナの甥として我が家にやって来た時、私は初めて天国を信じた。
何て美しい子なんだろう。私より頭一つ分小さくて、綺麗な濃いブラウンの髪。手足は細くていつも瞳は潤んでいる。その瞳は奥に深緑色を湛えていて、まるで宝石のようだった。
彼の母親も執事長と同じ流行病で儚くなってしまい、ジェナが彼を引き取ったそうで、彼と初めて会ったのは、私とマークスが九歳の頃。
まだ我が家の財政事情に気付いてなかった私は、この天使を連れ回して遊ぶのが大好きで、天使はいつも私が遊ぶ様子を困った顔で見ていて、その困った顔も美しかった。
ただマークスは体が弱かった。青白い顔で休む様子は神々しくて美しいけれど、やはりとても辛そうで、私がお医者様ならすぐに診てあげられるのに…そういつも思っていた。
私が第三部隊に入れば、家は潤い天使の健康管理まで出来てしまう。一石三鳥くらいの利があると信じて私は猛勉強し、合格の報せを受けた時は、あまりに嬉しくて最初にマークスへ報告へ行ったのだった。